June 5, 2020 / 5:27 AM / a month ago

コラム:見直されるMMT、提唱者の新著に見る長所と短所

[ロンドン 29日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 現代貨幣理論(MMT)は時代の申し子だ。革新的で、常識もある。そして物事を単純化し過ぎ、大風呂敷を広げす過ぎるきらいもある。財政へのアプローチとして突如人気を博したMMTの偉大な美点と大きな弱点を知るのに、ステファニー・ケルトン氏の新著「The Deficit Myth: Modern Monetary Theory and the Birth of the People’s Economy」(以後、赤字神話と表記)は格好の書物だ。

5月29日、現代貨幣理論(MMT)は時代の申し子だ。ニューヨーク州ロングアイランドで2019年6月、ロイターの取材に応じるステファニー・ケルトン氏(2020年 ロイター/Howard Schneider)

MMTがここにきて一目置かれるようになったのは、彼女の力によるところが大きい。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校教授の彼女は、米大統領選に立候補した左派のバーニー・サンダース上院議員の顧問を務めた。彼女の熱心な布教活動のおかげで、理論の核となる大前提、つまり財政赤字には何ひとつ内在的な危険がない、という主張が米国の進歩主義政治の中心的な信念となり、次第に世界中でもそうなりつつある。

著書「赤字神話」の基本的な主張はシンプルで力強い。貨幣を発行できる政府において貨幣が底を突くことはあり得ない以上、入手可能な経済資源が最大限活用されるのに必要な分だけ政府は支出を増やすべきだ。どうすれば、その状態に達したと判断できるのか。簡単だ、とMMTは教える。インフレ率が不快な水準に近づけば、支出を中止する時だ。

主張の最初の部分は説得力がある。政府は支出する資金を見つけ出さなければならない、という旧来の言い分には混乱がある。財務省ないし中央銀行に必要なのは、政府の銀行口座の電子的な残高を正しい順番で増やしていくことだけだ。ケルトン氏が言うように、政府支出がマネーを創り出し、そのマネーを税金と借り入れを通じて回収することができるのだ。その逆ではない。

国内総生産(GDP)に対する政府債務の比率はどうだろう。そう遠くない昔、多くのエコノミストはこの比率が90%に達すれば成長は鈍化する、と心配していた。ケルトン氏は反論する。政府債務は人々の安全な貯蓄を可能にする資産であり、脅威どころか安定化装置だと。

ケルトン氏が指摘している通り、財政に対するMMTのアプローチは1940年代、経済学者アバ・ラーナー氏が「機能的財政論」として提示していたものだ。ラーナー氏は、均衡させるべきは財政ではなく経済だと喝破した。同氏が直接的な貨幣創造に鷹揚(おうよう)な態度だったこともあり、このアプローチは当時、やや過激だった。70年代にインフレ率が不快な水準まで上昇し、その原因を過剰な財政赤字に帰す声が広がると、彼の理論は不当にも不遇に追いやられた。

しかし2008年の世界金融危機後、大きな財政赤字が経済成長を復活させながらインフレが起きない事態になって、理論は息を吹き返した。多くの主流派エコノミストが現在、もっと財政支出を積極的に増やしていれば、特に米国では景気回復がなおさら早まっただろうと結論付けている。

ケルトン氏が「赤字神話」を著したのは、新型コロナウイルス感染の世界的大流行によって世界経済の大部分が封鎖される前だった。しかし多くの国の政府が今、基本的なMMTの処方箋に従っている。公衆衛生のために経済活動と消費が必要以上に落ち込むのを防ぐため、多額の資金を経済につぎ込んでいるのだ。少なくとも今のところ、財政赤字には目をつむって。

MMTの信奉者は時に、かなり細かい経済モデルを狂信していると批判される。幸い、ケルトン氏の著書は教義には軽く触れるだけだ。筆致は軽やかで、逸話やたとえ話を散りばめて楽に読めるようになっている。

とはいえ、MMT理論の2番目の部分、つまり政府は最適な支出水準を判断できるという主張は、1番目に比べてずっと説得力が弱い。シンプルで、ほぼ機械的な方法によって資源活用と雇用配分を最適化できると想像するなら、考えが甘いというものだ。

しかしケルトン氏による主要な政策提言「政府の雇用保証スキーム」の説明ぶりは、まさにシンプルで機械的だ。貨幣的に弊害はないという彼女の主張はおそらく正しいだろう。しかし腐敗を招き、機能しないという深刻なリスクがある。彼女は地元での管理、思いやりのある経済、環境への責任、といった曖昧な表現を使っているが、人々が実際にうまく行え、経済に役立つ職を探すには、彼女が示唆するよりずっと多くの困難な選択が必要になる。

「赤字神話」の弱点は、考えの甘さだけではない。米国の財政政策に焦点を絞り過ぎている。320ページの著書ですべてを扱うのは無理だろう。ケルトン氏は、米国の社会保障制度の資金が枯渇することはあり得ないと説明するのに紙幅を割いているが、もっと国際的な視点を盛り込めば、この骨の折れる説明を簡略し明快にすることができただろう。大半の先進国において、国民所得に占める年金生活者の割合は既に、貨幣的な問題ではなく政治問題として認識されている。

知性的な部分でもっと問題なのは、金融システムの大部分を軽視していることだ。政府は3つの経路を通じて金融システムに影響を及ぼすが、ケルトン氏が詳述しているのはそのうち2つ、財政と中銀だけだ。しかし最も重要だと言える3番目、すなわち銀行が創造する債務とマネーの制御は、たった1つの脚注に追いやられている。

自ら認める通り、ケルトン氏はより複雑な本を書こうとして制止された。従って、脱落や過度な単純化を責めるのはフェアでないかもしれない。「赤字神話」は、財政均衡という偽りの偶像をばっさりと切り捨てる初めての、そして随一の試みだ。その尺度に照らせば、この著書は成功している。

(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

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