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コラム:30年ぶりのCPI上昇でも、日銀が緩和修正に動かない理由=門間一夫氏

[東京 4日] - 米連邦準備理事会(FRB)は、3月に利上げを開始した。金融政策を決める米連邦公開市場委員会(FOMC)の見通しによれば、政策金利は本年末には2%近くまで上がる。ただ、これはメンバーの中央値であり、今年中に3%を超える水準まで利上げが必要との見方もある。パウエル議長も、今の見通し以上に利上げが加速する可能性を否定していない。

 4月4日、 米連邦準備理事会(FRB)は、3月に利上げを開始した。写真は都内で3月撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

<日本のCPI、2.4%突破はあるか>

米国が本格的な利上げ局面に入ったのは、インフレが40年ぶりの高さまで上昇し、短期間で沈静化する見込みが薄れてきたからである。インフレは世界的な現象であり、欧州中央銀行(ECB)も、必要なら今年中に利上げを開始できるよう準備を整えつつある。

インフレに関しては、日本も例外ではない。消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)の上昇率は、直近の2月分は前年比プラス0.6%とまだ低いが、これは携帯電話通信料の下落によって押し下げられた数字である。実態としては、エネルギーや食料を中心に物価上昇が目立ってきている。

その状況を踏まえると、コアCPI上昇率は4月以降、2%に接近する可能性が高い。日銀の黒田東彦総裁も3月の記者会見で、異次元緩和の10年目にして初めて、消費者物価が「2%程度の伸びとなる可能性」に言及した。もし、2008年夏の2.4%を上回るようなことがあれば、日本も1992年6月の2.5%以来、30年ぶりのインフレになる。

それでも、日銀の金融緩和が修正される可能性は限りなくゼロに近い。米国と日本の状況はあまりに違い過ぎるからだ。

<日米でこれだけ違う3つのポイント>

第1に、米国の場合は、供給制約や原油高に加えて、需要の強さもインフレ要因となっている。昨年10─12月期の実質国内総生産(GDP)は、コロナ前の水準を既に3%以上、上回っている。とくにモノに対する個人消費は非常に強く、コロナ前の成長トレンドを大幅に上回って推移している。

こうした経済の強さを反映して、労働需給は歴史的とも言えるほどにひっ迫しており、賃金が顕著に上昇している。このまま労働需給のひっ迫が続けば、目標の2%を大幅に上回るインフレが定着してしまうおそれがある。米国では、利上げによって今すぐ需要を抑制することが、この局面では理に適っている。

これに対し、日本の景気回復は遅れている。昨年10─12月期の実質GDPは、米国とは逆に、コロナ前をなお3%以上、下回っている。サービス消費が弱いだけでなく、モノに対する消費も強くない。日本人は巣にこもっただけで、巣ごもり消費すら盛り上がらなかった。4月1日に公表された「日銀短観」でも、企業の景況感は現状、先行きともに弱い。

第2に、日本では交易条件が大幅に悪化している。交易条件とは、輸出物価と輸入物価の違いである。米国の場合は、国際商品市況が大幅に上昇しても、原油も食料も自国で産出しているので、交易条件は悪化しない。しかし、日本のようにそれらを輸入に頼る国では、交易条件が大幅に悪化し、輸入代金の増加という形で所得が海外へ流出する。

実質国内総所得(GDI)という指標がある。これは実質GDPに交易利得(交易条件の変化による所得の流出入)を加えたものであり、考えようによっては実質GDPより重要である。

その実質GDIは、直近の昨年10─12月分が前年比マイナス2.1%であった。同じ期の実質GDP前年比はプラス0.4%だったので、その差の2.5%ポイント分が交易条件の悪化により日本から消えた所得である。

しかも、これは昨年末までの話であり、ロシア・ウクライナ戦争の影響による最近の国際商品市況高は、さらなる所得流出を引き起こす。コスト高で企業収益が圧迫され、賃上げどころではない。所得面に着目すれば、今日本が直面しているのは、インフレ圧力ではなくデフレ圧力である。

そのことがわかる物価指標もある。GDPデフレーターである。これは、交易条件の影響も加味した物価指数であり、政府が「デフレ脱却宣言」を検討する際に重視する指標の1つでもある。そのGDPデフレーターの前年比は、昨年10─12月期まで4四半期連続でマイナスである。この指標でみれば、日本で起きているのはまさにデフレであり、これは米国と大いに異なる点である。

日米で異なる第3の点は、中長期的なインフレ率である。米国のインフレ率は、コロナ前は2%にこそ達していなかったが、それでも中長期的に1%台半ば程度はあった。日本では、ゼロインフレが中長期的な常識である。今年の夏にどんなインフレが来ようとも、それが過ぎ去った後は、ゼロインフレ近辺という「日本の日常」に戻る可能性が高い。

<円安が問題なら対応するのは政府>

以上を踏まえると、米国でどれだけ利上げが加速したとしても、日銀が利上げに動く可能性はほぼ「ない」と言ってよい。所得面のデフレ圧力や、企業の景況感の悪化を踏まえれば、むしろ追加的な金融緩和が必要なぐらいである。日銀もおそらくそれを認識しており、それでも政策を据え置いているのは、追加緩和の手段がないからに過ぎない。

これほど日米の金融政策が異なれば、円安が進むのもうなずける。国際商品市況の高騰により、貿易赤字も拡大している。今年は経常収支すら、42年ぶりに赤字に陥る可能性がささやかれる。これも市場では円安要因とされる。円安は中小企業や家計にとっては望ましくないので、「悪い円安論」に拍車がかかる。

そうした状況に対応すべく、日銀が動くのではないか、という見方も市場の一部にはある。しかし、日銀が目指しているのは、あくまで2%物価目標の達成である。2%物価目標の達成とは、コスト高による2%インフレに人々が苦しむ状態のことではなく、企業収益の増加や賃金の持続的上昇を伴いながら、2%インフレが空気のように暮らしに溶け込む状態のことである。

その意味での2%物価目標の達成は、今も全くめどが立っていない。日銀の政策の基準は全て「2%物価目標」なので、円安に対応して利上げをするためには「円高になった方が2%物価目標を達成しやすくなる」と言えなければならない。これまで数々の奇策を打ってきた日銀にも、さすがに「円高が2%物価目標にプラス」という論理は編み出せないだろう。

唯一ありうる論点は「円安が経済全体にとってマイナス」と判断すべきかどうかである。その場合は「景気下振れをもたらす円安に対応する」という理由で、利上げが正当化できるかもしれない。

しかし、日銀は「円安は全体としてプラス」という考え方を変えていない。確かに、以前ほど円安で輸出数量が増えるわけではないにせよ、輸出採算や海外投資収益が好転することは間違いない。3月後半に円安が進んだ局面では、株価は9連騰だった。日本のような純債権国では、通貨安は全体としてプラスと考えるのが常識である。

もちろん、円安は物価高を通じて、家計や内需向け企業に対しては負の影響を及ぼす。おそらく経済主体の「数」で言えば、円安の恩恵を受ける人々よりも、円安の悪影響を受ける人々の方が多いであろう。しかも、コロナ禍で打撃を受けたサービス業がコスト高の追撃を受け、コロナ禍でも業績を伸ばせた製造業に円安は追い風になる。

そういう実態を踏まえると、現局面の円安が「全体としてプラス」なのかどうかは、国民にとって意味のある論点ではなく、分配面への望ましくない影響をどう和らげるかが政策面でも最大の課題である。

だとすれば、「分配」への対応手段を持たない金融政策に打てる手はない。利上げで今の状況は何も改善しない。円安のデメリットが大きい人々を必要に応じてどう支援するかは、ひとえに政府が対応すべき問題である。

編集:田巻一彦

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*門間一夫氏は、みずほリサーチ&テクノロジーズのエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し、みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト。21年4月から現職。

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