[東京 21日 ロイター] 2012年は欧州ソブリン危機の不透明感が続く中で幕を開け、さらに年後半には米大統領選挙や中国共産党大会などビッグイベントが目白押しだ。世界の金融マーケットがどう反応するか、市場参加者の見通しは分かれている。
欧州各国には大量の国債償還が迫っており、ソブリン危機のあおりで堅調な米国や中国の経済も減速リスクが高まる可能性がある。米欧中という「三頭の龍」の不安定な動きに日本が大きく翻弄される展開は避けられそうにない。
<欧州債務問題という「泥沼」>
経済協力開発機構(OECD)が11月末に発表したエコノミック・アウトルックには通常の経済見通しだけでなく、珍しくリスクシナリオが用意されていた。リーマン・ショック後にもなかったことだ。しかも通常の経済見通しも下方リスクが現実化しないことを想定した「マドリング・スルー」の見通しであるという。「マドリング・スルー」とは泥(Mud)のなかを進むことであり、何とかしのぐことを意味している。いかに来年の経済が不透明要素が多く、かつ困難を乗り切っていかなければならないかを示している。
来年も世界経済にとっての最大の不透明要因は欧州債務問題だ。欧州内では今年、何度も「包括的な」対応策が合意されたが、安全網となるべき資金をどう調達するかなど肝心な部分は先送りが続いており、マーケットは不安感を抱いたまま越年することになる公算が大きい。市場センチメントは来年も欧州次第で「リスクオン」と「リスクオフ」の間を大きく揺れ動き続けるとみられている。
乗り越えなければならないハードルは年序盤に到来する。来年第1・四半期だけで約2500億─3000億ユーロの国債が期限を迎えるほか、2300億ユーロ前後の銀行債が償還となる。欧州安定メカニズム(ESM)は来年7月に発足が前倒しされたが、想定資金枠は5000億ユーロにすぎず、IMF拠出の1500億ユーロと欧州金融安定ファシリティー(EFSF)の残りの利用可能枠2500─3000億ユーロを合わせても1兆ユーロに届かない。
イタリアの政府債務だけで1兆8000億ユーロ。市場を安心させるには、少なくとも2兆ユーロの「見せ金」が必要とされているが、事態解決のカギを握るドイツ、欧州中央銀行(ECB)ともに新たな資金拠出には依然消極的だ。
ロイターが為替市場関係者を対象に実施した調査によると、ユーロ/ドルの予測平均値は下値1.22ドル、上値1.46ドル。欧州当局への期待感からユーロ崩壊や底割れを懸念する声は少なかったが、先行きの見方は分かれた。大和証券投資情報部部長の亀岡裕次氏は「ユーロ圏共同債導入やECBによる国債買い入れの拡大、IMFによる融資拡大は来年3月ぐらいまでにメドがつくとみており、その後はユーロがアク抜けし、市場センチメントも改善するだろう」と指摘する。政策対応への期待は途切れていない。
一方、SMBC日興証券シニア債券為替ストラテジストの野地慎氏は「財政赤字を減らせば景気が悪くなり、景気が悪くなればまた財政赤字が増えるというギリシャのパターンが続く」としてユーロ/ドルは1.2ドル台が中心になる可能性があるとの見方を示している。OECDによると、欧州の2012年の実質域内総生産(GDP)成長率見通しは日米欧のなかで最も低い0.2%増。緊縮財政が経済を過度に圧迫すれば税収は減少し再建は覚束なくなる。
<米国も「ねじれ国会」、財政リスク抱える>
現時点の救いは米国経済が底堅く推移していることだが、米国も同じく財政問題を抱える。今年8月に債務上限引き上げ問題で議会が紛糾し、デフォルト(債務不履行)リスクが意識されたのは記憶に新しい。比較的堅調な米消費だが、「所得が伸びないなか、貯蓄を取り崩して消費に充てているとすれば長続きしない」(三菱UFJ投信・戦略運用部副部長の宮崎高志氏)との見方もある。
今年頻発したデモの背景には米国の格差拡大がある。1%の富裕層が富を独占しているとして、平均的な国民が高い失業率に苦しめられている一方、税金投入で命拾いした金融機関が巨額の利益を享受していると不満が高まっている。こうした状況下で、来年は11月に米大統領選挙があるが「オバマ優勢になれば、金融市場至上主義のバッシングにつながる可能性があるので、リスク性資産は上値を重くする材料になりそうだ」(クレディスイス証券・債券調査部長の河野研郎氏)との見方が出ている。
また米国も日本と同じく「ねじれ国会」という問題を抱える。年内で終了予定だった米給与税減税と失業保険給付が無事延長されるかは不透明。「一般教書演説や予備選など重要イベントが始まれば両党の主張は一段と先鋭化する可能性が高い」(シティグループ証券チーフエコノミストの村嶋帰一氏)という。村嶋氏によると、両施策が来年2月末で失効した場合、4─6月期にはGDPは前期比マイナスになると試算されている。
量的緩和第3弾(QE3)の実施はハードルが高い。QE2で生み出された過剰流動性が商品相場などに流れ、インフレを高進させる要因になったためだ。現在の米経済好調の要因は低金利と落ち着いた原油価格であり、QE3の実施は好調の要因を損なうおそれがある。
またQE3で米経済が回復し米株が上昇すれば日本株にとってもポジティブだが、米金融緩和は円高要因にもなる。ロイターが株式市場関係者を対象に実施した調査によると、2012年末の日経平均.N225の平均予想は9975円となった。20日の終値8336円から19.6%上昇した水準だが、震災前の高値1万0891円には程遠い。ソシエテジェネラル証券・グローバルエクイティ部長の久保昌弘氏は「2008年の金融危機以降、財政刺激策と量的緩和政策で景気や株価を押し上げたが、カンフル剤の効果が切れてきた」とし、1万円回復は難しいと予想している。
<かつてないほど海外の影響受けやすい日本経済>
中国はOECD予想で2012年の実質GDP成長率は8.5%に低下する(11年は9.3%予想)。ピークアウト感が出てきたとはいえ、不動産価格は依然高水準。約3年ぶりに預金準備率を引き下げたが、大胆な金融緩和は行いにくい。
コマツ6301.Tの中国建機販売台数は、政府の金融引き締めの影響で10月以降は前年同月比6割減の水準が続いている。同社の野路國夫社長は16日、ロイターとのインタビューで、回復のタイミングについて「先日行われた中国の中央経済工作会議では『金融緩和は従来通りだ』とし、これまでも金融緩和をしてきたと主張しているが、実際は厳しい金融引き締めを行っている。あいまいな表現であり、読み切れない」と述べている。
ただ、いざとなれば財政出動できる強みが中国にはある。政府債務はGDPの2─3割程度。リーマンショック後の4兆元の経済対策がインフレを加速させた悪い記憶があるため、財政支出には慎重になるとみられているが、今回は多少インフレ拡大のリスクがあったとしても経済失速を食い止める積極策を打ち出すだろうとの見方が多い。来年は共産党大会の年であり、胡錦濤氏から習近平氏への権力移譲の重要なターニングポイントだ。
SMBC日興証券・国際市場分析部部長の白岩千幸氏は「共産党大会もあり、それほど低い成長率は出せないだろう。最終的には上振れるとみている」と話す。上海総合指数.SSECは年初から20日までに21%下落したが、いつ底打ちするのか注目される。
また欧州安全網への出資や金正日総書記死去後の北朝鮮とどう関係していくのかについても、日本に大きな影響を与えるだけに引き続き目が離せない。
リーマンショック後、危機の震源地である米国の2009年1─3月期のGDPは6.7%減にとどまったのに対し、日本は17.7%落ちた。ゴールドマン・サックス証券の調査によると欧州が日本の上場企業の海外利益に占める割合は10年3月末時点で6%に過ぎないが、海外全体でみれば、上場企業の営業利益に占める海外の割合は過去10年間だけで約11%から22%に倍増している。「日本経済の外需依存度がかつてないほど高まっており、下方リスクへの感応度がかなり高い」とゴールドマン・サックス証券の日本株チーフ・ストラテジスト、キャシー松井氏は指摘する。
ロイターが債券市場関係者を対象にヒアリングした2012年の長期金利見通しによると、平均予想レンジは0.85―1.35%となった。今年は国債入札の札割れをきっかけにした「ドイツ・ショック」が日本にも波及するなど、日本も財政に大きな問題を抱えている。
震災からの復興需要が加わり、2012年の日本の実質GDP成長率は2.0%増であり、日米欧のなかで最も高いが、海外の影響を大きく受けやすい「体質」に変わりはない。三菱UFJモルガン・スタンレー証券・投資情報部長の藤戸則弘氏は「中国の最大の輸出先は欧州。中国を含めたアジア向け輸出が5割を超えているのが日本だ。海外情勢が国内の経済やマーケットに大きく影響する構図が続くだろう」と話す。
「大欧州」のひび割れに苦しむユーロ圏、影響力の衰えに揺れる米国、そして成長シナリオがきしみ始めた中国、それぞれの動向が2012年の行方を決める大きなカギになる。巨大なドラゴンの間に挟まれた形の日本にとって、来年は安定より波乱を内包する「辰年」となりそうだ。
(ロイターニュース 伊賀大記;編集 北松克朗)
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