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特別リポート:中国で「第二の人生」歩む、日本の熟練技術者たち

[東莞(中国広東省)/東京 23日 ロイター] 1980年代の日本企業の世界的な躍進を支えた日本人技術者が、中高年期になって経済が高成長する中国に渡り、「第二の人生」を歩むケースが目立ち始めている。

4月23日、日本企業の世界的な躍進を支えた日本人技術者が、中高年期になって経済が高成長する中国に渡り、「第二の人生」を歩むケースが目立ち始めている。写真の会田政行さんも、中国に渡ったベテラン技術者の1人だ(2012年 ロイター/Bobby Yip)

会田政行さん(59)は、30年にわたって東京の会社で金型製造を手掛けたベテラン技術者だ。その後中国に渡り、50代のほとんどは「珠江デルタ」地域にある製造業の集積地、広東省東莞で過ごした。

東莞の工業地区の町並みや雰囲気は、東京や大阪のそれと大きく異なる。辺りにはクラクション音が絶え間なく鳴り響き、化学薬品の臭いが立ち込める。ほこりっぽい通りのあちこちで工事が行われており、物乞いする人の姿も多く見られる。

だが、会田さんをはじめ、日本企業の多くが定年とする60歳が間近に迫った人々にとっては、年金受給年齢に達するまでの数年間を全く無収入で過ごすか、中国本土や香港の企業で働くかという、単純な選択だ。

会田さんは、中国に来た理由をこう振り返る。「私の職業は日本では無くなりつつある。日本でモノづくりが行われなくなってきている。30年金型(づくり)をやってきて、苦労して手に入れた技術を(次の世代に)伝えたかった」

20年間にわたって経済が停滞状態にある日本の技術者が中国に流出することは、「メード・イン・ジャパン」ブランドを築き上げた技術力がライバルの中国企業に流れてしまうことを意味する。

日本政府の統計によると、人口800万人余りの東莞市には現在、2800人の日本人が居住している。

経済産業省経済産業政策局の知的財産政策室の石塚康志室長は「日本側から見れば、新興国に日本が長年培った技術をフリーライド(ただ乗り)されている。これは当然問題」だと指摘した。

日本からの「頭脳流出」が初めて問題になったのは約20年前。サムスン電子005930.KSやLG電子066570.KSといった韓国企業が、日本の大手電機メーカーから多数の半導体や白物家電の技術者を引き抜いた時期だ。こうした人的資源の流出も手伝って、韓国企業はその後、世界のトップメーカーに躍り出た。

対照的に、日本の電機大手は不振続きだ。テレビの主要メーカーのソニー6758.T、パナソニック6752.T、シャープ6753.Tは、韓国勢との競争などを背景に、2011年度の損失額が計210億ドルに上ったとみられている。

<西を目指すメード・イン・ジャパンの技術者たち>

アナリストらは、中国で「第二の人生」を見出した日本人技術者の多くは、日本企業に即刻、致命的な打撃を与えるほどの先端技術を有しているわけではないとの見方を示す。しかし、彼らの流出は高品質の製品を効率的に生産するノウハウを中国企業に与えることにつながり、長期的なインパクトは深刻なものになる恐れがあると警告する。

中国政府は国内企業による技術革新を奨励しているものの、専門家の間では暗記学習を重視した教育システムがその障害となっていると見る向きも多い。このため、社内で人材を育成する代わりに、そうした資質を社外から「買う」ことで当座の解決を図る中国企業が多いという実態がある。

東京の経営コンサルティング会社、アーサー・D・リトル(ADL)ジャパンのアソシエート・ディレクター、川口盛之助氏は「(金型製造など)生産にかかわる技術は企業の長年の失敗や経験から得たもの」だと指摘する。

川口氏自身も日立6501.Tで家電製品づくりを担当した経験を持つ元エンジニアだが、金型のほんのわずかな違いでさえも大量の欠陥商品を作り出す原因となり得るのだと説明。「(日本人)技術者の流出は当然、中国製の商品の質と生産性の向上につながる」と警鐘を鳴らした。

会田さんも「10年前に初めて中国に来たときは、モノは壊れなければ良しとされた。その頃からと比べるとかなり成長した」と、中国人技術者のレベルがこの10年間で向上したことを認めている。

それは最近の貿易統計でも一目瞭然だ。統計によれば、第1・四半期の中国の高付加価値機械・電子製品の輸出額は前年同期比9.1%増の2530億ドルで、伸び率は前年同期の7.6%から加速している。

中国の製造業へとなびく技術者の流出に歯止めを掛けるのは不可能かもしれない。

大手重機メーカーの三一重工600031.SSや自動車メーカーの吉利汽車 0175.HK、比亜迪(BYD)1211.HK002594.SZはロイターに対し、技術面でのノウハウ向上のために日本人技術者を雇ったことを認めたが、それ以上のコメントは控えた。

大手企業だけでなく、中国には本土全体で何千、何万もの中小企業が存在する。すべての企業が移住してきた技術者を雇い入れられるだけの資金力を持っているわけではないが、技術の輸入コストがかつてほど高くないことに一部の企業は気づき始めている。

供給があり余っていることがその一因だろう。日本の人口の10分の1近くを占める数百万人の「ベビーブーム」世代は定年を迎え始めており、その中には多くの技術者も含まれる。

金銭的理由だけではない。日本での定年を迎えた後も働き続けたいという思いから、多くの技術者が中国に移り住む誘いを受け入れている。

会田さんは中国企業の簡素な会議室で一服しながら、「日本にいた時より長時間働いているが、給料は日本より今は少ない」と打ち明けた。

金型技術者の岡富夫さんは、東莞にある台湾企業で働くため、1998年に松下電工(現パナソニック6752.T)の子会社を退職した。

岡さんは「家族全員が反対した。当時、松下電工という世間からすれば立派な会社に勤めていて、安定した収入もあった。妻は離婚するとまで言った」と当時を振り返った。

それでも「自分の運命の扉は自分で開けたかった。人が敷いたレールの上の人生を歩むのが嫌だった」と言う。

<海を渡った技術者の胸の内>

中国の輸出ハブとして機能する広東省で第二のキャリアを始めるに当たり、何も問題がなかったわけではない。

日本の大半の都市ではありふれた快適さや利便性は、岡さんや会田さんが住む東莞郊外の工業地区ではめったにお目にかかれない。

公共輸送機関はバスだけ。ほとんどのタクシーは営業免許を持たずに走り回っており、外国人はぼったくり被害に遭いやすい。すりや空き巣は日常茶飯事だ。

ただ会田さんは「私は戦後の混乱が残る日本で育った。その頃の環境とさほど変わらない」と納得顔で話した。

東莞に住む日本人の多くは家族を国に残してきている。日本では決して高級とは言えないアパートに居を構え、空いた時間をゴルフや街中に点在する日本料理店での日本人同士の飲食に費やす。

掃除や洗濯をしてもらうため、そうした店で働くウエートレスをパートとして雇う日本人もいる。

また、日本人男性目当てに若いホステスを置いているカラオケクラブ(通称KTV)も数多く存在する。

ソファやカラオケセット、ビリヤード台に囲まれた薄暗いKTVラウンジに腰掛け、日本の焼酎をすすっていた日本人男性は自問する。「7時に仕事が終わってから友達と飲むかカラオケに来る以外、どうやって過ごせばいいのか」

傍らで仲間の技術者がタイトスカートをはいた若いホステスの腰に手を回し、日本のヒットソングを歌う中、この男性は「独りで家でDVDを見るのって寂しいですよ」とつぶやいた。

日本には、韓国へ渡る日本人エンジニアについてライバル国に技術を売り渡す「売国奴」などと呼び、批判する向きもいる。中国へ渡る技術者たちはそうしたそしりをさほど受けていないものの、中には技術者らの動機に疑問を投げ掛けるブログも存在する。

これについて岡さんは、大半の移住者が家族の生活を支えたいだけだと話す。「60で定年を迎えて、年金が出る63とか65までどうすればいいのか」

日本の抱える債務は10兆ドルと、経済規模の2倍に相当。政府は年金の受給開始年齢を60歳から徐々に引き上げざるを得ない状況に追い込まれており、定年後、一時的に収入のない状態に置かれるサラリーマンも少なくない。

岡さんは「罪悪感というのはあまりない。罪悪感より、誰か声を掛けてくれた方に行くでしょう」と語った。

一方、日本企業は政府と同様、技能やテクノロジーの流出阻止に向けてできることはほとんどないと口をそろえる。

経団連産業技術本部の続橋聡本部長は「技術は上流から下流へ流れる」と指摘。「日本もそうやってアメリカなどから習得したとも言える」と話した。

会田さんは、製品に完璧さを求める日本の文化に多くの技術者が疲れ切ってしまったと言う。

「日本は過剰品質を求める。仕事がしたくなくなる」

会田さんの本音だ。

(By 高田 和典;Additional reporting by Samuel Shen in Shanghai; Editing by Jason Subler and Alex Richardson; 日本語版翻訳編集 植竹 知子・関 佐喜子)

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