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コラム:無用な株悲観論、BRICs後の主役は日米=武者陵司氏

株や債券の乱高下を受けて、「アベノミクスは失敗」と決めつけるような批判が一部で広がっている。その最たるものは、第1の矢である黒田日銀の異次元緩和に対する「錬金術」との批判であり、「マネーの力では結局、何も変わらない」とする断定的論調だろう。

6月17日、武者リサーチの武者陵司代表は、世界経済のけん引役は新興国の物量成長から先進国の生活のクオリティの成長へと転じるタイミングを迎えつつあると指摘。提供写真(2013年 ロイター)

しかし筆者は、そうした見方こそがマネーの過大評価であると思う。また、相場についても過度の悲観は無用であり、中長期では強気なスタンスを維持すべきだと考えている。

そもそも5月23日以来の日本株の乱高下(特に急落場面)は、テクニカルな調整にすぎない。半年で7割も上昇した局面で利益確定の時期を探っていた国内外の投資家たちが、何かを口実に売却に走ったと見るのが妥当だ。特にヘッジファンドなど海外短期筋が積み上げてきた日本株ロングと円ショートのポジション解消が、6月の四半期決算を前に進んだものと考えられる。

ポジション調整とはいえ、その口実としては、2つのファンダメンタルズ要因が指摘されている。1つは中国経済に対する失望。もう1つは米連邦準備理事会(FRB)による量的金融緩和の出口が見えてきたという論評だ。前者は、何年も前から語られてきた「nothing new」な話だろう。むろん、中長期では懸念材料ではあるが、そのようなリスクが顕現化するとすれば、なおのこと、世界的な金融緩和の潮流は長期化する可能性があると受け止めるのが合理的だ。

一方、後者の出口論はさらに「ためにする」議論と言える。5月下旬のバーナンキFRB議長の議会証言を「緩和縮小の合図」と見なす論調が日本には多かったが、筆者が知る海外の金融政策専門家たちの論評はむしろ「(出口に関するバーナンキ議長のメッセ―ジは)何も変わっていない」というものだった。つまり、雇用情勢をにらみつつ、判断するというニュートラルな姿勢である。

仮に量的緩和が出口に向かうとしても、それ自体は全く悪材料ではない。量的緩和が終わるのは、失業率が低下し、実体経済が自律的回復基調に戻ったことを中央銀行が確信した時だからだ。したがって、その局面において、金融相場から業績相場への調整こそあれ、日米の株価が長期下落局面に入るとは考えにくい。

逆に失業率が十分に低下せず、自律的回復が見えてこない局面は、量的緩和政策が継続することを意味する。唯一心配すべきことは、雇用情勢と景気が回復しないにもかかわらず、量的緩和が維持できなくなることであるが、その可能性は全くと言っていいほどない。 考えられる3大障害要因(ドル信認の低下、インフレの加速、財政信認の急低下)は、どれもむしろ顕著に改善している。

要するに、米金融政策の出口議論を材料とする売りは、後付けの口実にすぎない。現実に米国の株価は大きく反応していないし、長期金利も日米で上がったとはいえ、ここ半年の異常な低水準から戻っただけであり、金利急上昇と大騒ぎするほどの水準ではない。

想起されるのは、1994年のFRB(当時の議長はグリーンスパン氏)利上げ後に、長期金利が急騰し部分的に市場がパニックに陥ったことだ。しかし、後から振り返れば5%台から8%弱まで急騰した長期金利は1年後には元の水準まで低下しており、景気拡大も持続していたことから、あの事態は市場と当局のコミュニケ―ション欠如による混乱であったと総括できる。今回はそうしたミスを繰り返さないための情報発信の準備がなされていると考えられる。

他方、日本ではこれから真性の量的緩和が本番を迎える。日銀のバランスシートが2014年末までに12年末比で2倍になるという未曽有のマネー供給のプロセスで、市場価格が実際どのように動くかは未知の領域だ。これほどの量的緩和の下での適切な相場レベル観は誰も持っていないだろう。ただ、だからこそ、最近の乱高下は相場レベル観を模索する当然の動きと言える。リスクオフによる株の長期下落やアベノミクスの失敗を示唆するような性格のものでは全くないと認識すべきだ。

<マネーは触媒、緩和批判は過大評価の裏返し>

すでにアベノミクスは、輸出セクターを中心に企業収益に明らかに好影響を与え始めている。上場企業の今年度の業績は、過去最高益を更新する可能性が高い。企業は今後、著しく潤沢になった資金の余剰を様々な形で活用しようとするだろう。つまり、アベノミクスの「第3の矢=成長戦略」の効果をあれこれ議論するのもよいが、「第1の矢」の連鎖的な好影響はこれから本格的に顕現化してくるということだ。

これはサービス価格デフレにあえいできた日本について特に言えることだが、現在の先進国経済の課題は、製造業や情報産業など一部セクターで生産性が著しく向上している一方で、余剰労働力と余剰資本の解消が進まないことだ。逆に言えば、この課題を乗り越えられれば、大きな成長余地が見込めることになる。

鍵は、先進国においては高生産性の「グローバルデマンド」よりも、むしろ低生産性の「ドメスティックデマンド(内需)」にある。生産性の高いグローバルデマンドが増えても(たとえばアップルやグーグルがいくら儲かっても彼らの雇用意欲、投資意欲には限界があり)、国内に余っている労働力や資本の吸収にはなかなか結びつかない。自社株買いなどで資産効果のチャネルを通じて一国の経済に若干還元される余地はあるが、その効果は限定的である。

それではいかにして、ハイテクなど高生産性セクターからサービスなど内需型低生産性セクターへの富の再配分を通じて、消費する力を国民に広く行き渡らせることが可能になるのであろうか。

そのために最も効果的なのは、可処分所得の増加、名目所得の上昇であり、インフレが必須である。ハイテク部門や製造業製品の販売価格が下落する一方、潜在需要が潤沢なサービス部門では販売価格が上昇し所得移転が進展する必要がある。

日本ではこれまで、円高による輸入デフレのおかげで、名目所得が増えずとも、総じて生活水準の維持が可能だった。企業は富の余剰分を労働賃金として還元せずとも許された。しかし今後、円安と景気回復(それに伴う労働市場のひっ迫)を背景に、インフレ期待が高まっていけば、政府が呼びかけずとも、企業は必然的に賃金上昇を容認せざるをえなくなるだろう。

さて、量的緩和を錬金術であるとする一見もっともらしい批判に対して、筆者は昨今の量的緩和は、新規需要創造(=遊休労働力と遊休資本の活用による化学反応)を起こすための「触媒」であると捉えている。前述した「マネーの力では何も変わらない」という批判は、裏を返せば、マネーへの無いものねだりである。筆者はそこまでマネーを過大評価していない。

繰り返すが、問題はあくまで遊休労働力と遊休資本の存在であり、マネーの役割はそれらをうまく化合させて新しい需要を作るための「触媒」に徹することである。バーナンキFRBも黒田日銀も、そのことをしっかりと認識しているから、これだけの規模の緩和を続けているのだろう。乱暴な言い方をすれば、結果が出るまで(つまり実体経済が自律的成長軌道に戻ると確信できるまで)、緩和策を続ければよいだけのことだ。

<限界に近づく新興国の物量成長、けん引役は先進国へ>

最後により大きな視点から述べておくと、世界経済のけん引役は新興国の物量成長から先進国の生活のクオリティの成長へと転じるタイミングを迎えつつあると考えている。

新興国の物量成長は早晩、限界を迎える可能性が高い。特にBRICsの中核国である中国は、成長持続性の難しさが鮮明になってきた。不動産投資、企業設備投資、公共投資の3分野はいずれも経済合理性ではなく共産党の事情によって推進されており、「不良投資化」している公算が大きい。

その一方で富は企業・政府に集まるばかりで、労働分配率は異常に低く、都市部を除き消費力も高まっていない。中国経済はいよいよ構造的な袋小路に入り込んでしまったと見られる。ロシアやブラジル(あるいはBRICsではないがオーストラリア)の隆盛も中国の「爆食経済」に支えられている面が強かった。その成長鈍化とともに起こるであろう資源価格の下落により、経済的プレゼンスの低下は避けられないだろう。

BRICsの物量成長が限界を迎えるとすれば、その代わりは中小新興国、そして何より先進国が果たしていくしかない。特に期待されるのは、リーマンショック後の調整を終え本格的な経済拡大が始まりつつある米国だ。住宅価格はピークから3割下落後、回復に転じ、再び住宅投資ブームが起きようとしている。また、教育、医療、娯楽などサービス分野での需要拡大、雇用拡大も続いている。バーナンキFRBの量的緩和は、余っている人とカネを活用して新たな需要を創造し、長期繁栄軌道の敷設に成功しつつあると言えよう。

アベノミクスや黒田日銀の異次元緩和も、この延長線上にある。その成功は日本人の生活クオリティの成長を支える内需産業の拡大をもたらし、米国に続きBRICs後の世界経済をけん引する力を与えてくれるはずだ。

*武者陵司氏は、武者リサーチ代表。1973年横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社。87年まで企業調査アナリストとして、繊維・建設・不動産・自動車・電機エレクトロニクスなどを担当。その後、大和総研アメリカのチーフアナリスト、大和総研の企業調査第二部長などを経て、97年ドイツ証券入社。調査部長兼チーフストラテジスト、副会長兼チーフ・インベストメント・アドバイザーを歴任。2009年より現職。新著に「超金融緩和の時代」(日本実業出版社)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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