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コラム:デフレ通貨は買いか、ユーロの「円」化という仮説=唐鎌大輔氏

ユーロ相場の焦点は、緊急性の高い「欧州債務問題」から緩慢な不安を誘う「ぜい弱な実体経済」へとシフトした感が強い。これにより相場急落は想定しにくくなったとの見方もできるが、昨今のユーロの意外な底堅さは「為替市場の不可思議」として多くの市場参加者が共感するところではないか。

6月27日、みずほコーポレート銀行・マーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏は、「デフレ通貨は買い」という円の経験則がユーロにも当てはまり始めている可能性があると指摘。提供写真(2013年 ロイター)

振り返れば、2009年末に欧州債務問題が浮上し、10年6月にかけて第一次ギリシャ・ショックを経験する中でユーロドルは急落したが、それでも史上最安値(0.8225)から4割ほど高い1.1875でとどまった。その後も断続的に対象国を変えて混乱が生じつつも、再び1.20を割り込むことはなかった。

足元でも、ユーロ圏の実体経済は日米欧三極の中で明らかに最悪だ。いったいなぜユーロは底堅さを保っていられるのだろうか。

<ユーロに適用される円の経験則>

欧州当局者などと意見交換をした結果、筆者が辿りついた一つの仮説として「デフレ通貨は買い」という長らく日本円に対して適用されてきた理屈がユーロにも当てはまり始めている可能性を指摘したい。つまり、ユーロの「円」化が始まっている可能性である。

繰り返しになるが、ユーロ圏の実体経済は最悪である。若年層を中心として域内労働市場は悲惨な状況に陥っており、失業率が早晩反転してくるような兆しはない。もはや、「ユーロ導入以来、最悪の失業率更新」は毎月恒例のヘッドラインと化している感もある。この点、着実に失業率が改善している米国とは対照的であり、それだけに1.30前後で推移するユーロドル相場の堅調さには違和感を覚える向きも多いはずだ。

そうした実体経済を反映してユーロ圏HICP(総合消費者物価指数、以下CPI)は前年比1%台前半で安定推移しており、最新5月分は4月の同1.2%から同1.4%へ上昇幅が若干拡大しているものの、それでも前年同月から1.0―1.5ポイント程度の落ち込みが常態化している。

昨年は悲惨指数(失業率とインフレ率の絶対値を足した数値)の高まりが「欧州中央銀行(ECB)の手詰まり感」の象徴として注目されたが、実体経済の弱体化に沿ってインフレ率が下がってきたことで悲惨指数もピークアウトしている。なお、ユーロ圏生産者物価指数は断続的にマイナス圏に沈んでおり、経済の上流ではすでにデフレの兆候が見受けられる。

こうした物価情勢を踏まえると、ユーロドルが「物価が下がる状況では通貨の購買力が高まる」という購買力平価説に則った動きをしても不思議ではなく、それはすなわちユーロの「円」化を意味する。

もちろん、そのようなディスインフレ傾向は米国を含めた世界的な現象であり、ユーロ圏の物価だけが突出して下がり続けているわけではない。足元で、米国のCPIや個人消費支出(PCE)デフレーターもユーロ圏と同等(もしくはそれよりやや遅い)ペースで下落しているため、ユーロの購買力が一方的に高まるようなインフレ格差は、今のところ、生じていない。だが、それはあくまで「今のところ」の話である。

今や米国経済とユーロ圏経済は世界経済の「明」と「暗」と言えるほど格差が生じており、ユーロ圏の物価先安感が米国のそれよりもはるかに強そうであることに関し異論は少ないだろう。「デフレ通貨は買い」という経験則は円相場の歴史が体現してきた通りであり、ユーロ圏が今後長期間にわたってデフレ局面に入っていくと仮定すれば、途中で振れはあるにせよ、思いのほか、底堅いユーロ相場が続く可能性もある。

<ユーロドル「1.20」の持つ意味>

振り返れば、金融危機後のユーロドルは「1.20」を一つの下値目途としつつ、それを割り込んだことは10年6月の数日間だけだった。12年7月も1.20割れをうかがう時間帯があったが、結局は割れずに守りきった。

この「1.20」はCPIベース(99年1月基準)で算出したユーロドルの購買力平価そのものであり、長らく下値抵抗線として機能してきた。これは購買力平価説に絡めてユーロの「円」化を考える上で興味深い事実だ。ユーロドルが購買力平価を明示的に下回っていたのはユーロ導入直後の5年程度であり、それ以降は購買力平価に比べて過剰に評価された水準が常態化してきた。

今後、ユーロ圏のディスインフレ傾向が強まる一方、米国経済のインフレ率が徐々に高まってくることを前提とすれば、ユーロドルの購買力平価は徐々に切り上がることになる。その場合、「下値は購買力平価」との経験則が意識される中でユーロ相場が予想を超えて堅調に推移する可能性はある。

こうしたユーロの「円」化シナリオがすでに意識されているかは定かではないが、実際、ユーロ相場を支えるような資本フローは慢性的に確認できる。ユーロ圏国際収支統計を用いて、ユーロ圏の対内・対外証券投資及び両者をネットアウトした資本純流出入を調べてみると、金融危機以降のユーロドルの動きは、概ね資本純流出入の趨勢と平仄(ひょうそく)が合ってきた印象が強い。

興味深い事実として、1)対内証券投資が常時、高い水準で純流入していること、2)対内証券投資が細る「悲観の極み」とも言える時期でも対外証券投資が処分(流入)超になり、レパトリ(資金還流)主導で純流入が保たれてきたことが指摘できる(たとえば、リーマンショック直後の08年下期などがそうした動きだった)。

結果、ユーロ圏の証券投資に係る資本フローが純流出となったのは07年以降でも稀であり、イタリアに焦点が当たった11年11月からスペインの金融支援要請やギリシャ債務の民間債権者負担(PSI)そしてギリシャ総選挙やそれに絡んだ同国のユーロ離脱が取りざたされた12年5月頃までの約半年間に限られる(その期間のユーロドルは確かに1.20割れ直前まで下落した)。それ以外の期間では対内証券投資の買い越し、もしくは対外証券投資の売り越しという形で資本純流入が確保されてきた。

<欧州債務危機という「コップの中の嵐」>

ユーロ圏から資金が流出していないとするならば、南欧諸国やアイルランド、すなわちPIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)から資金が流出し、国債利回りが危機的水準まで上昇したことはどう理解すれば良いか。これは単純に「ユーロ圏国債の間で資金の付け替えが行われただけ」という仮説が有力だろう。

国際通貨基金(IMF)公表のデータによれば、PIIGSへ投資されている海外保有分債券のうち、70%超がユーロ圏による保有分である。つまり、PIIGSに投資されている海外保有分債券といっても、純粋にユーロ圏外で保有される分は少ないのが実態ではないかと推測される。

たとえば、ギリシャ国債やスペイン国債を売却してドイツ国債へ戻す動きは、ギリシャやスペインから見れば海外投資家のキャピタルフライト(資本逃避)に映るが、為替市場の観点からは単なる域内資本移動であり、ユーロ相場への影響はない。北海道債を売却して、東京都債を購入しても円相場には影響がないのと同じである。

PIIGSの海外保有債券の70%超が域内原資で賄われていることを考慮すれば、債券市場の混乱に乗じて危機的状況が喧伝された割にはユーロ相場が下がらなかったことの辻褄(つじつま)は一応合うのではないか。つまり、一連の欧州債務問題をめぐる混乱はユーロ相場にとって「コップの中の嵐」に過ぎなかった可能性がある。

「売る円」を保有している機関投資家を筆頭とする日本人が本格的に円売りに踏み込まなければ、基調的な円安にならないことは過去の寄稿でも述べさせて頂いた。ユーロ圏もこれと似通っており、圏内居住者が本格的にユーロ売りに踏み込まない限り、基調的なユーロ安には至らないのではないかと思われる。

それはつまり、ドイツがストッパーに成り得ない状況であり、文字通り、ユーロが瓦解するようなタイミングだろう。筆者はそこまでのシナリオは考えていない。

現段階ではユーロ圏と米国のインフレ率に顕著な格差が生じておらず、購買力平価説に則ったユーロの「円」化はあくまで仮説である。だが、底の見えない労働市場の悪化に加え、慢性的に下がり続ける域内の不動産価格をかつての日本と重ね合わせる向きも見られ始めており、だとすれば域内の金融システム不安もどこかで再燃する恐れはある。

こうした点を踏まえると、ユーロ圏と米国との間に無視できない物価格差が今後生じても不思議ではない。今後、ユーロ相場の中長期見通しを考える上では「実体経済が駄目だから下落」ではなく、「実体経済が駄目だから底堅い」という発想もある程度持つ必要があるのかもしれない。その上で下値目途を示すとすれば、まずは購買力平価の支持する「1.20」を据えておけば良いのではないか。

*唐鎌大輔氏は、みずほコーポレート銀行国際為替部のマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より現職。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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