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アングル:僻村からミャンマー「革命」の顔に、国軍に挑む医師

[19日 ロイター] - ミャンマー軍によるクーデターが起きた夜、ササ医師は首都ネピドーにいた。生まれ故郷であるチン州においてアウン・サン・スー・チー氏側の選挙運動を勝利に導いたことで、内閣でのポストが得られるのではないかと期待していた。

3月19日、ミャンマー軍によるクーデターが起きた夜、ササ医師は首都ネピドーにいた。写真は2月、オンラインでロイターの取材に応じるササ医師(2021年 ロイター)

だが2月1日未明、国軍部隊が市内に展開し、スー・チー氏をはじめとする大半の政権幹部を拘束、軍政の復活を宣言したため、政界に足を踏み入れていたササ氏は、タクシー運転手に変装して逃亡した。自身の言葉を借りれば、「ネズミのように捕獲されて箱に入れられたくなかった」からだ。

<軍からは国家反逆罪の告発>

それ以来、ササ氏(ミャンマーの人名に姓・名の区分はない)は、ミャンマーにおける「春の革命」の顔となり、文民政府を代表する国連特使として、国軍の支配に抵抗する重要人物になった。

同氏は任命から数日以内に、フェイスブックとツイッターで数百万人のフォロワーを集めた。治安部隊による暴行の証拠を送るよう人々に呼びかけると、数時間後には殺到するメールで受信箱は一杯になり、2つめのメールアカウントもほぼ埋まってしまったという。

ササ氏は「ミャンマー国民は国軍による支配にひどく絶望している」と語る。

これに対して国軍は15日、ササ氏を国家反逆罪で告発した。死刑につながる重罪である。

ロイターでは数字の裏付けを得られていないが、独立系の試算では、治安部隊は2000人以上を拘束し、200人以上を殺害しているとされる。

ササ氏はミャンマー西部のキリスト教徒を中心とする部族出身で、過去の軍政支配下では数十年にわたり迫害と貧困に耐えてきた。民主化を求めることで命が危うくなるとしても少しも後悔はしない、と言う。

所在を明らかにせずにロイターのインタビューに応じたササ氏は、「国軍はミャンマー国民に対して宣戦布告した」と語る。「非常にシンプルな話だ」

ミャンマー軍政府の広報担当者からコメントを得ようと電話を試みたが、応答はなかった。

<「ずっと悲劇を見てきた」>

ササ氏はマラ族の出身で、インドと国境を接するチン州南部、山岳地帯の密林に囲まれたライレンピー村に生まれた。

公式な記録はほとんど残っておらず、読み書きのできない人も多かったため、ササ氏は自分が生まれた年を知らないが、40歳くらいだろうと見当を付けている。中学校に進学したのは、その村では彼が初めてで、鬱蒼としたジャングルを抜けて2週間歩き、当時の首都ヤンゴンにたどり着いた。

医師になりたかった、と彼は言う。予防可能な疾病や出産時に命を落とす隣人たちを見ていたからだ。

「生まれてからずっと、残酷な出来事、ミャンマーの人々の苦しみを目にしてきた」と彼は言う。「妊婦が出産時に亡くなるのを見てきた。貧困や下痢、マラリアであまりにも多くの人が死んでいった」

ミャンマーの国境地帯の大半がそうであるように、ササ氏の村での生活も軍の影響下にあった。子どもの頃、少数民族地域で日常的に見られることだが、強制的に荷役に借り出されたという。家族のなかにも、兵士にレイプされた女性がいたという。

ヤンゴンで教育を受けた後、彼はインドに向かい、建設現場で働いた後、アルメニアで医学を修めた。作物を荒らすネズミを原因とする悲惨な飢餓に対応するため、2007年にチン州に戻った。

ササ氏は地域初の一次医療(プライマリーケア)センターを立ち上げ、地域医療従事者を何千人も訓練した。英国のチャールズ皇太子は、彼の組織の後援者の1人である。

英国の人権活動家ベネディクト・ロジャース氏は、ササ氏の長年の友人だ。同氏はササ氏について、「民族・宗教を問わず、すべての人に平等な権利と自由がある、という明確なビジョン」を持っていると評する。

ロジャース氏によれば、草の根のネットワークと国際的な人脈があることで、ササ氏は「連邦議会代表委員会」(CRPH)にとって格好の代弁者になっているという。CPRHは、クーデター後の混乱の中でバーチャル国会を召集した文民政治家のグループだ。

<「分割して統治」する軍政府>

ミャンマーの活動家らは、ササ氏は少数民族グループとの提携強化に取り組まなければならない、と語る。少数民族の多くは、仏教を奉じる多数派バマール族出身のスー・チー氏が主導する政府によって置き去りにされてきたと感じている。軍政府は支配下の議会における重要なポジションを少数民族出身の政治家に提供してきた。

ササ氏は国連特使に任命されて以来、国内に多数存在する少数民族武装グループの代表者とZoomによる会議を重ねており、抵抗運動の象徴となった3本指を立てる合図とともに笑顔を見せる武装グループ代表者のスクリーンショットを投稿している。

CRPHは、少数民族が長年にわたり要求してきた連邦制民主国家の樹立を約束している。

少数民族武装グループの1つ、カレン民族同盟で対外交渉を担当するパド・タウ・ネー氏は、CPRHについては慎重ではあるが楽観的に見ている、と語る。

ササ氏は、国軍は長年に渡り「分割して統治せよ」の方針を貫いてきたと話し、2017年に起きたロヒンギャ・ムスリム73万人以上の追放を非難する。これまでミャンマーでは、ロヒンギャをバングラデシュからの不法移民であると見なす人が多かった。

ササ氏はロイターに対し、ミャンマーには「レイシズムを許す場所はない」と語る。「国民を啓発する必要がある」と彼は言う。

ササ氏は国軍について「私たちの未来を奪ってしまった」と語る。「クーデターは悪だ。人道に対する犯罪であり、私たちが目的・目標を達成するまで、後戻りはできない」

(翻訳:エァクレーレン)

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