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焦点:北朝鮮の金正恩氏、「狂気」の裏に潜むしたたかな計算
December 5, 2017 / 4:10 AM / 9 days ago

焦点:北朝鮮の金正恩氏、「狂気」の裏に潜むしたたかな計算

Hyonhee Shin and James Pearson

[ソウル 30日 ロイター] - 2011年12月の凍てつくような寒さのある日、北朝鮮の新指導者となった金正恩氏は、亡くなった父親の正日氏の棺を載せて平壌の通りを行く霊きゅう車に、7人の顧問らと共に付き添っていた。

現在、その顧問らは1人も残っていない。正恩氏は10月、父親の側近だった最後の2人を降格させた。どちらも年齢は90代だった。韓国情報機関、国家情報院(NIS)傘下の国家安保戦略研究所(INSS)によると、彼らは正恩氏によって粛清あるいは処刑された約340人の一部だという。

トランプ米大統領の目には「紛れもない狂人」と映る正恩氏は、韓国が恐怖政治と呼ぶ支配体制への移行を6年かけて完了させた。同氏の予測不可能で好戦的な態度は、世界に恐怖を植え付けている。29日に「画期的」なミサイルの発射実験を実施した後、正恩氏は北朝鮮が米国に対する攻撃能力を有する核保有国だと宣言した。

だが、正恩体制をよく調べると、「狂気」の背後にあるメソッドが見えてくる。

現在33歳の正恩氏は、世界でも有数の若い国家元首だ。同氏が受け継いだのは、冷戦時、共産主義国の中国と資本主義国の韓国とのあいだに緩衝国をつくる狙いで超大国が後ろ盾となり、社会主義国として誕生したという輝かしい歴史のある国である。

父親である金正日総書記は経済政策に失敗し、ソ連崩壊によって重要な支援源も失った。最大300万人が餓死したといわれる。

弱い立場からの脱却を目指し、若き指導者は3つの主力を開発することに注力してきた。軍事と核戦力、暗黙の民間市場経済、そして神の恐怖と崇拝だ。これらの達成に向け、正恩氏は重鎮2人を処刑し、実妹の与正(ヨジョン)氏を昇格させた。

与正氏は正恩氏の主な宣伝担当者だと専門家らは指摘する。彼女はまた、正恩氏にとって政治に関わっている唯一血のつながった親族である。実兄の正哲(ジョンチョル)氏は、父親が後継者に選ばなかった。

元上層部の脱北者を雇うINSSによると、2016年12月までの5年間で、正恩氏は29回に及ぶミサイル・核実験に3億ドル(約340億円)、家族の彫像460体の建立に1億8000万ドル、また、2016年の朝鮮労働党大会では、花火打ち上げ費用2680万ドルを含む10億ドルを費やしている。

「大勢の最高司令官や高官をいとも簡単に更迭し、一部は情け容赦なく殺害している。正気の沙汰とは思えない」と、韓国の梨花女子大学統一研究所の北朝鮮指導部の専門家、李生根氏は話す。

「だが、まさにこれこそが、長期にわたって政権の座にあり続けるための歴史的な支配方法なのだ」

<偉大なる指導者>

はるか昔、平壌は、現代の「朝鮮」という言葉のルーツとなっている強大な国家、高句麗の首都だった。歴史をさかのぼると、「偉大なる指導者」という概念は、全能の神、親や天命をもつ王を敬う儒教の教えといったような、時と共に受け継がれてきたいくつかの思想が混ざり合って形成された。韓国国会立法調査処のLee Seung-yeol上級研究員はそう説明する。

北朝鮮指導部の主要研究者であるLee氏は、同国の継承理論に基づくなら、正恩氏は父親の存命中にもっと早く後継者に選ばれていてもおかしくなかったと指摘する。父親の正日氏は最高指導者となる20年前に後継者に選ばれ、側近や支配体制を築く時間があった。

正恩氏の場合は、後継者に選ばれてからわずか3年後に政権の座に就いた。

1984年生まれで継承順位が第3位だった正恩氏は、気難しく負けん気の強い子どもだったと、金一家の専属料理人を務め、子ども時代の同氏について知る数少ない人物の1人である藤本健二氏は言う。現在、平壌で日本料理店を営む藤本氏は、2010年に出版した回顧録のなかで、叔母の高英淑(コ・ヨンスク)氏に「小さな将軍」と呼ばれて正恩氏がかみついたことがあったと明かしている。「同志の将軍」と呼ばれたかったのだという。

正恩氏が間もなく後を継ぐことを知った父親の正日氏は、息子を守るための措置をいくつか講じた、と研究者らは指摘する。Lee氏によると、そのなかには、エリート層にライバル関係が生まれるよう権力基盤を変え、正恩氏が2つのグループを争わせることができるようにしたことなどが含まれるという。

<貧者の兵器>

正恩氏がまず最初に変えたのは軍事戦略だった。父親は、支援を得るための交渉の切り札として核軍縮の約束を使ったが、正恩氏も2012年2月、それを踏襲し、米国からの食糧支援と引き換えに自国の核プログラムを凍結すると約束した。

しかしそれから数週間後、同氏は方針転換し、北朝鮮が長距離ミサイル実験を実施することを明らかにした。「交渉は金正日氏の遺産として継続されていた」。2012年2月の合意に寄与した前年の6カ国協議で韓国代表を務めた魏聖洛氏はこう語る。

「これ以来、彼の戦略的な考えが出来上がっていった」

正恩氏は、イラクのフセイン元大統領やリビアの元最高指導者カダフィ大佐が弱体化して破滅したのは、核兵器を保有していなかったせいだと考えている。北朝鮮メディアはそう伝えている。

「強力な核抑止力は、外国からの攻撃を阻止するのに最大の力を発揮する宝刀であることを、歴史は証明している」と、国営の朝鮮中央通信社(KCNA)は2016年1月、論説でこう述べている。

北朝鮮が核抑止力の保有に向かってひたすら走り続けているのは、同国が脅威を感じており、正恩氏がカダフィ大佐のような運命に直面するかもしれないことをことさら危惧しているからだ。カダフィ大佐は2003年、大量破壊兵器の放棄に同意し、2011年に米国とその同盟諸国が支援する反政府勢力によって殺害された。

 11月30日、トランプ米大統領の目には「紛れもない狂人」と映る北朝鮮の指導者、金正恩氏(写真)は、韓国が恐怖政治と呼ぶ支配体制への移行を6年かけて完了させた。だが、正恩体制をよく調べると、「狂気」の背後にあるメソッドが見えてくる。KCNA9月提供(2017年 ロイター)

正恩氏が指導者となって数カ月後、北朝鮮は憲法を改正し、核保有国と明記した。

正日氏の葬儀で棺をかついだ主要人物の1人、朝鮮人民軍の李英鎬(リ・ヨンホ)総参謀長は2012年7月、正恩氏によって解任された。韓国の情報当局はのちに、李氏が処刑されていたことを確認している。

北朝鮮は2012年12月までに、別のミサイル発射実験を成功させている。

2013年、正恩氏は核兵器開発と経済成長を平行して進める「並進路線」という新しい政策を打ち出した。

この政策には核抑止力が不可欠だと、2016年に韓国に亡命した太永浩(テ・ヨンホ)前駐英公使は指摘。完全破壊という脅威は、核爆弾を「貧者の兵器」にさせ、それにより自国支配を強化し、長期支配が確保されると太氏は語る。

「使用可能な核兵器を手に入れたら、彼(正恩氏)はもっと柔軟にリソースを配置し、民間の建設事業にも軍を送り込む余地が生まれる」

<愚かな夢>

北朝鮮は国内総生産(GDP)の約4分の1を防衛費に充てている。正恩氏は核プログラムを放棄するより、国民に「草を食べさせる」だろうと、ロシアのプーチン大統領は語っている。

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その一方で、飢きんに見舞われた教訓から、国民の繁栄を促進したいとも正恩氏は語っている。

元専属料理人の藤本氏は、2000年にスイスの学校から夏休みで帰国した際、正恩氏は父親の北京訪問に夢中だったと話す。

「話をしよう」と、未来の指導者である正恩氏が父親の専用列車で酒を飲みながら、こう切り出したことを藤本氏は思い出す。「上から聞いた話だが、中国はエンジニアリングや商業、ホテル、農業などあらゆる面で成功を収めているようだ。多くの点で、手本とすべきではないか」と正恩氏は語ったという。

2012年、政権の座に就いてから間もなくして、正恩氏は中国が1980年代に行った改革を真似し始めた。農家は収穫物の大半を手にすることが許された。国営企業は市場価格で売買したり、労働者を雇用・解雇したりする権利が与えられた。民間の起業家やトレーダーは国家プロジェクトに党や軍の機関などと共に参入することを奨励された。同氏はまた、父親が封じ込めることができなかった非公式市場に目をつぶるようになった。

同年4月、正恩氏は国民に向け演説した。北朝鮮国民が指導者の声を聞いたのは17年ぶりのことだった。「国民が二度と生活を切り詰めることがないようにすることが、党の確たる決意である」と同氏は述べた。

ただし、経済的自由が自身の追い落としにつながらないよう、同氏は細心の注意を払っていた。

2011年の正日氏の葬儀に付き添っていた幹部のなかには、改革を率いていた張成沢(チャン・ソンテク)氏もいた。張氏は正日氏の妹と結婚し、中国との窓口となり、数ある新経済特区を監督していた。

張氏は2013年12月、カメラの前で党中央委員会政治局から外され、クーデターを企てたとして糾弾された。「そのような愚かな夢を夢見ていた」と国営メディアは伝え、改革派としての自身の計画が諸外国によって認められることを期待していた、と付け加えた。

NISによると、張氏は高射砲によって「何十回」も撃たれ、同氏の遺体は火炎放射器で始末されたというが、確認することはできない。

<開発独裁者>

この時期から、正恩氏は個人崇拝を強化している。張氏の粛清が発表された日、党機関紙「労働新聞」は、正恩氏にささげる歌「われわれはあなたしか知らない」を掲載した。

またINSSによれば、正恩氏は翌年、自身の偶像化に重点を置き、核兵器やミサイルの画像を含むよう学校の教科書を改訂することを指示した。

偶像化キャンペーンは2016年に本格化し、ポップカルチャーや若者に向けて発信された。正恩氏が選んだ女性歌手で構成されるモランボン楽団が演奏や芝居を通して指導者への忠誠を求める一方、主要な建設事業を担う「青年突撃隊」が約1200点もの詩などの文芸作品を生み出したという。

「彼(正恩氏)は自身の正当性を経済状況の改善と結びつけている」と、延世大学のジョン・デルーリー氏は指摘。「金正恩氏は『開発独裁者』になりたいと考えている」

国内では、豊かさをもたらす者というイメージを打ち出している。2015年に撮影された正恩氏の写真のほぼ半数が経済イベントだったことが、韓国統一省のデータは示している。しかし今年は、相次ぐミサイル実験などにより、軍事的な場面での露出が再び目立っている。

「金正恩氏は、権力基盤と独裁政権を非常に巧みに強化しながら、既存のシステムをうまく利用している」と、INSSのLee Su-seok研究員は語った。

(翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

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