for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

焦点:アルケゴスに深入りした野村、フアン氏復活に賭けた事情

[ニューヨーク/香港 2日 ロイター] - かつて米投資家のビル・フアン氏は、不正取引が発覚し有力ヘッジファンドの閉鎖に追い込まれた後、ウォール街で再起するチャンスをうかがっていた。そこに手を差し伸べたのが、野村ホールディングスだった。

 4月2日、かつて米投資家のビル・フアン氏は、不正取引が発覚し有力ヘッジファンドの閉鎖に追い込まれた後、ウォール街で再起するチャンスをうかがっていた。写真は野村証券のロゴ。都内で2016年11月撮影(2021年 ロイター/Toru Hanai)

フアン氏のかつての「タイガー・アジア・マネジメント」は、中国株を巡るインサイダー取引で米国と香港の規制当局から処罰対象になり、2012年に閉鎖した。このタイガー時代から野村はフアン氏と関係があった。

事情に詳しい関係者の1人によると、フアン氏がファミリーオフィスのアルケゴス・キャピタル・マネジメントを立ち上げた当初は、野村も他の銀行と同様、取引再開に踏み出さなかった。ただ米国やアジアのハイテク、メディアなどの株式に巨額の投資をしようとするフアン氏の意欲の大きさは、取引相手として無視するにはあまりにも抗しがたい魅力があったようだ。

フアン氏との関係が復活した状況を知る野村の元従業員によると、当時の社内の雰囲気は「彼らは相応の罰金を支払い、問題は全て解決した。そしてビジネスに積極的になっている。大丈夫だ」といった調子だった。それでも野村の東京本社の経営陣がフアン氏との関係再開を承認したのは16年ごろと、やや時間はかかったという。しかし、2人の元従業員によると、いったん認めた後は取引が拡大し、アルケゴスは野村の米国事業で、収益性が10本の指に入るほど高い顧客になった。

野村の米国広報担当者はファン氏と同社との関係についてコメントを控えている。ファン氏もアルケゴスもコメントの要請に応じていない。

フアン氏はうまみのある取引関係を期待した野村に気に入られ、ウォール街の舞台に返り咲いた。その背景を取材して見えてきたのは、米国という世界でも最激戦の金融資本市場で野村が事業を拡大するため、いかに大きなリスクを引き受ける態勢を整えたかだ。

ロイターは10人余りに取材した。フアン氏やアルケゴスについて知っている、もしくは彼らとウォール街との関係を知っている人たちで、野村とアルケゴスとの取引に詳しい2人も含まれる。

そうした野村にとって、フアン氏やアルケゴスとの関係を強化したことが大変な誤算だったと分かったのが3月下旬、米メディア大手バイアコムの株価が急落した時だった。アルケゴスはバイアコム株に対して高いレバレッジを効かせたポジションを構築していたため、金融機関からリスク量増大に見合うだけの相当規模のマージンコール(追加証拠金差し入れ要求)に直面したのだ。

フアン氏の取引資金の調達を助けていたゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどの金融機関は、当初、関係する自分たちのポジションの巻き戻しを自重することを検討した。しかし、フアン氏のポジションを支えていた株式銘柄の下げが続いたことから、金融機関は損切りに動いた。保有株を急いで売り始めたのだ。そうした結果、クレディ・スイスと野村がそれぞれ数十億ドル規模の損失に直面している。

<フアン氏の2つの顔>

ウォール街のバンカーが描写するフアン氏の人となりは、堅実で物腰の柔らかい人物だ。結婚して子どがいて、同氏を知る市場関係者たちによれば、派手で浮世離れした暮らしをしているようにはとても見えない。フアン氏自身もキリスト教の敬けんな信仰心に強く影響を受けていると話していた。同氏の住居はニューヨーク市郊外のニュージャージー州テナフライにあり、不動産情報サイトによると、資産価値は310万ドル(約3億4200万円)ほどだ。大富豪となっている他の多くのファンドマネジャーに比べれば、つつましやかと言える。

ところが投資家としてのフアン氏の行動は、対照的に「超アグレッシブ」で「信じられないほど進んで大胆に振る舞う男とみなされる」と、同氏の経歴を知るあるヘッジファンド投資家は説明する。

3人の関係者によると、フアン氏は投資対象にレバレッジを効かせ、運営するファンドの規模が約100億ドル(約1兆1055億円)の段階で、500億ドル相当まで株式投資ポジションを膨らませた。こうした取引ができたのは、裏付けとなる株式を直接保有せずに株価の方向に賭けることができる「トータル・リターン・スワップ」というデリバティブを購入したからだ。投資家に代わって金融機関が株式を購入し、投資家にはパフォーマンスに連動するリターンの提供を約束。投資家は金融機関に取引の安全性を保証するための担保を差し入れるという仕組み。

あるバンカーは「圧倒的なリターン」を生み出すこのフアン氏のビジネスが、金融機関にとって非常にもうかる取引だったと述べた。

別の複数の関係者は、フアン氏自身が金融機関側の「最上位顧客」の立場を利用して、求められる担保水準の引き下げを強く働き掛けたと明かす。この担保こそ、本来は金融機関にとって、顧客が持つリスクを緩和する重要な手段だ。

しかし、ゴールドマンやモルガン・スタンレーといった最有力プライムブローカーによる市場支配に挑もうとする投資銀行の間では、特にフアン氏との取引獲得を巡る競争が激化。そのうちの1社が野村だった。プレキンのプライムブローカー世界番付に基づくと、野村の現在のランキングは23位。野村はフアン氏との関係復活を決めた後、大手米ヘッジファンドとの取引強化を実現する戦略の一環として、アルケゴスとの取引も急速に拡大した。

日本最大の証券会社である野村は世界金融危機後、当時の米リーマン・ブラザーズから欧州、アジア、中東部門を買収し、それを弾みに世界的な投資銀行を目指してきた。米国での市場シェア拡大は、そうした目的を達成する鍵だ。

アルケゴスと野村の関係に詳しいもう1人の人物は、野村とアルケゴスとの関係はここ4-5年で、実に活発化したと指摘し、これが野村の米国市場シェア拡大への努力と結びついていたとみる。

クレディ・スイス、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーの代表者はロイターへのコメント提供を控えている。

<リスク管理の過信>

アルケゴスがリスクテーク姿勢を強めたのは、複数の投資銀行と取引関係があったためだ。一部の取引では株式投資ポジションが、差し入れた証拠金の20倍に達するケースまで出てきていたという。

関係者によると、ファミリーオフィスであるアルケゴスは情報開示の義務が限られ、投資銀行側はレバレッジ取引の全容を把握できなかった可能性がある。

それでも、アルケゴスへのアプローチにもっと慎重だった金融機関もある。例えばバンク・オブ・アメリカは近年、フアン氏を顧客として受け入れていない。アルケゴスのレバレッジや、特定証券への集中的な投資、同氏が過去に規制当局ともめたことなどが理由だったという。

ゴールドマンの法令順守担当幹部もずっとフアン氏への警戒心を緩めず、昨年になって担保率を非常に高水準にするという条件で、ようやく取引開始に同意したという。

今回、一部の投資銀行は投げ売りでうまく立ち回ったことから、今や関心の的は、顧客に対するデューデリジェンスをプライムブローカーが強化する必要があるかといった点になっている。

麻生太郎金融担当相は2日、野村と三菱UFJ証券ホールディングスの海外子会社がアルケゴスとの取引によって生じる可能性がある巨額損失に関して「日銀などと情報を共有し、引き続き状況を注視していく」と表明した。

関係者によれば、米証券取引委員会(SEC)や英金融行動監視機構(FCA)もアルケゴス問題で予備的調査を開始した。

野村の場合、顧客へのデューデリジェンスがうまく機能していなかったのではないかとの疑念がとりわけ重大なのは、同社が2019年に米国でリスク管理と法令順守の専門家たちの雇用を削減していたことにある。ある関係者は、その人員削減と、アルケゴス取引で野村が取ったリスクには関連があると指摘する。「恐らくリスク管理できると思ったのだろうが、それが間違いだった」

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up