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コラム:急浮上するインフレと景気減速の両面リスク、有事の投資戦術は何か=藤戸則弘氏

[東京 9日] - ロシア軍のウクライナ侵攻は、一気に時計の針を60─70年前に逆転させた。1956年の「ハンガリー革命」や1968年のチェコスロバキアにおける「プラハの春」が、ソ連軍の戦車で蹂躙(じゅうりん)された当時への回帰である。

 3月9日、ロシア軍のウクライナ侵攻は、一気に時計の針を60─70年前に逆転させた。写真は都内の株価ボード前で7日撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

<新冷戦構造>

現在のグローバリズムは、軍事力によって他国を侵略し、支配する蛮行はないとの前提で構築されてきた。しかし、ロシアは19世紀「帝国主義」の論理をウクライナで実践してしまった。プーチン大統領が最も恐れたのは、ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、欧米流の民主主義がロシアにも波及する事態だったのだろう。ロシアの中央集権的独裁体制の崩壊リスクが、今回のウクライナ侵攻に直結した最大要因と想定される。

欧米諸国はロシアに対する経済・金融制裁を実施し、ウクライナへ武器・燃料等の供与も行っている。しかし、残念ながらロシアとウクライナには圧倒的軍事力格差がある。時代の大枠は急速に変容し、第2次世界大戦後と同様な「新冷戦構造」が構築されつつある。

<長期化する原油上昇の構図>

相場的に注視すべきは、コモディティ価格の高騰が止まらない点だ。もし、「地政学的リスク」のみならば、湾岸戦争やイラク戦争当時を振り返っても分かるように、コモディティ高は一過性である。

だが、今回はタイトな需給が根底にある。「ウクライナリスク」の前から、サプライチェーンの混乱が続き供給が減少する中で、世界経済が回復に転じて需要が増加していることが大きい。石油輸出国機構(OPEC)の2月原油生産量(日量・以下同)は2855万バレルだが、2016年のピーク3414万バレルから依然16.4%の減産である。

米国も2020年ピークの1310万バレルから、直近で1160万バレルと緩慢な回復にとどまっている。

しかし、最も大きな影響は、今年2月の生産量が1105万バレルまで回復していたロシアに対して、欧米が原油禁輸措置を検討していると報じられたことだ。北海ブレント原油先物価格が、一時1バレル=139.1ドルまで上昇したのも、ロシア産原油が市場から締め出されるとの観測が最大要因と思われる。

また、欧州連合(EU)は天然ガス輸入でロシアに4割以上を依存してきたため、欧州天然ガス先物価格は、足元で一時1MWh(メガワット時)=345.0ユーロの史上最高値をマークする局面があった。昨年3月安値15.5ユーロからは、実に約22倍の高騰である。

天然ガスパイプライン「ヤマル・ヨーロッパ」は、ロシア、ウクライナを経由してドイツに届くが、戦場になって途絶している。ロシアとドイツを直接結ぶバルト海底の「ノルドストリーム1」も、経済制裁に対する報復でロシアが供給停止を示唆し、昨秋完成した「ノルドストリーム2」もドイツの稼働認可を得られていない。EUとロシアのエネルギー関係の緊密さが裏目に出て、緊迫感を背景にした天然ガス高騰が長期化する恐れもある。

<非鉄金属や小麦の高騰の背景>

非鉄金属価格も高騰を続けている。銅、ニッケル、アルミ等は、典型的な景気敏感の性格を持っており、米国や中国の景況感とほぼパラレルな展開を続けてきた。ところが、世界的な電気自動車(EⅤ)化の大潮流によって、非鉄金属にはイノベーション対応需要が増大して来た。国際銅協会によると、EⅤは通常のガソリン車に対して4倍近い銅を使用し、ニッケルもEⅤ車載用電池の「正極材」として使用される。また、車体の軽量化にはアルミが必須とされており、通常の需要にEⅤ化需要が加わる形となっている。

一方、供給はサプライチェーンの混乱で遅々として進まず、ニッケル鉱産出世界第1位のインドネシアが高付加価値戦略から輸出を絞り、アルミ生産では圧倒的な中国も電力不足から生産が鈍化するなど、増大する需要に供給が追い付かない状況が続いていた。

そこに、「ウクライナリスク」が加わり、ロシアはニッケル、アルミ生産でも存在感があっただけに、その影響は大きくなると想定されよう。

また、小麦先物価格も、足元で連続ストップ高を挟んで上昇している。元来、ロシア、ウクライナは小麦生産・輸出で傑出していた。米農務省によると、2021─22年度におけるロシアの小麦輸出量は約3500万トンと世界1位であり、ウクライナの輸出量約2400万トンと合計すると、実に世界シェアの約3割を占めている。

現在は当然ながら輸出停止で、経済制裁によって高騰が長期化することもあり得る状況だ。小麦以外の農産物全般も高騰が続いており、国連食糧農業機関(FAO)の食品価格指数は、2月に史上最高値140.7をマークしている。

<ジレンマに直面する米欧中銀>

本来であれば、米連邦準備理事会(FRB)や欧州中銀(ECB)は、インフレ抑制のために強い引き締め策を迅速に発動するはずである。ところが、ロシアに対する経済・金融制裁で、ロシア向けエクスポージャーの高い欧州銀行の株価が動揺を見せている。

国際決済銀行(BIS)によると、ロシア向けの与信残高はフランス、イタリアの銀行が各約250億ドル、オーストリアが約170億ドルである(2021年9月時点)。フランスのソシエテ・ジェネラルの株価は2月10日高値37.6ユーロから3月7日安値18.3ユーロまで51.3%急落する局面があり、イタリアのウニクレディトも同様な展開だ。

欧州銀行に比較すれば、米銀のロシア向けエクスポージャーは相対的に低いが、それでもシティグループは、「約98億ドル」と発表している。事業会社でも、英石油大手BPがロシア撤退を決定し、評価損250億ドルの計上を発表した。

また、ようやく回復傾向にあった自動車産業も、再びサプライチェーンの混乱で欧州メーカーを中心として株価が急落に転じている。欧米中銀としては、この状況を考慮に入れざるを得ないだろう。

パウエルFRB議長は米上下両院の銀行委員会で「3月の利上げは0.25%が適切」と述べたが「ウクライナリスク」の不透明感が、慎重な漸進主義を採らせた要因と思われる。しかし、パウエル議長が議会証言で加えたように「インフレが高止まりした場合には、1回もしくは複数回にわたり0.5%の利上げを行う」というフレーズが浮上してくる可能性もある。

一方、ECBはより厳しい状況への対処もあり、チーフエコノミストであるレーン理事が「経済の回復を支えるためであれば、いかなる措置も採る」と述べ、再び「何でもあり」の政策へ急変しつつある。

両中銀ともに「インフレ高進リスク」と「景気鈍化・減速リスク」を比較検討しなければならない。非常に難しい判断を迫られるが、緊急危機対応としては、経済・金融リスクの拡散、景気減速の進行を防ぐことに主眼を置くと思われる。だが、この緊急危機対応は、一段とインフレを高進させるジレンマを抱えている。

<資産運用の有事対応>

資産運用も平時ではなく、「有事対応」が必要と思われる。ロシア軍が原発を攻撃したように、今後も想定外の事態が起こる可能性がある。対処法としては、オーソドックスな手法で、株式を初めとするリスク・アセットの組み入れを逓減し、現金や短期国債のウェイトを高めて、情勢変化に対応できるポートフォリオの構築が志向される。

しかし、運用サイドとしては、いつまでも現金比率を積み上げれば、顧客から慎重姿勢を批判されることにもなりかねない。したがって、株式投資では、1)当面の対応、2)長期的対応に大別して考える必要がある。

1)では、第1に鉱業、石油、非鉄金属、鉄鋼、海運、商社等の「インフレヘッジ株」へのシフトである。ロシア向けエクスポージャーを個別企業で吟味する必要はあるが、コモディティの高騰を考えれば当然の策であろう。

第2には、急速にニーズが高まる「防衛関連株」に注目したい。S&P500種の航空宇宙・防衛株指数は、下落するS&P500種指数と逆相関の形で上昇傾向が続いている。日本でも、防衛省と契約実績の高い重工・造船・重機セクターが注目されよう。こうしたセクターは、収益モメンタムが最悪期を脱して回復期にあると思われることも評価できる点だ。

2)の長期的対応だが、日米を問わず、素晴らしい足元決算と良好な中期展望を発表した企業が、株価面で停滞を続けている。今はまだ「有事対応」で、正当な評価が下され難い環境にある。しかし、年後半以降には、インフレにピークアウト感が台頭し、マーケットが「平時」相場に戻る可能性もあると想定している。長期的に見た場合には、ビジネスモデルの優れた好業績株を、時間分散して拾うことも考えるべきだろう。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載された内容です。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*藤戸則弘氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券 参与・チーフ投資ストラテジスト。1979年早稲田大学卒業。1999年に国際証券入社。その後、三菱証券、三菱UFJ証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券で投資情報部に在籍。2018年7月から現職。国際証券入社前、約20年にわたって生命保険会社で資産運用業務に従事し、ファンド・マネージャー、年金資金のポートフォリオ・マネ ージャー、企画担当を経験。バイ・サイドの視点による説得力のある分析には定評がある。

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