[31日 ロイター] - 世界的な大手石油会社は、数十年単位で稼働する海洋油田の開発投資を長らく削減してきた。だが、ここにきて積極姿勢に転じ、何十億ドルもの資金を注ぎ込もうとしている。そうしたプロジェクトの中には、カナダの大西洋岸からはるか沖合の流氷が浮かぶ海域が、開発地点というケースもある。
彼らの背中を押しているのは、原油価格の高騰や、ロシアとウクライナの戦争にきっかけに増大している欧州のエネルギー需要だ。
海洋油田を開発して生産拠点を築くコストは、陸上のシェール開発を上回る。しかし、コンサルタント会社のライスタッド・エナジーによると、いったん生産が軌道に乗れば、別のさまざまな種類の油田よりも、より低い原油価格の水準で黒字を確保できるという。
一方、数十年という期間を踏まえると、世界中が2050年までに気候変動対策として温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指している現状では、財務上のリスクが高まってもおかしくない。
確かに海洋油田プロジェクトは、その規模の大きさのおかげで他の油田に比べて1バレル当たりの温室効果ガス排出量は少ない。ただ、大気汚染を促進してしまうことに変わりはない。
複数の環境団体からは、遠い沖合で原油流出事故が起きた場合、海を元通りきれいにするのは難しいと警鐘を鳴らす声も聞かれる。
これらのプロジェクトのうち、海岸から最も離れた海域で進められている案件の1つが、カナダのニューファンドランド島とラブラドール地方の沖合500キロにある「ベイデュノール」計画だ。
ノルウェーのエネルギー大手・エクイノールASAが、ここでの開発に間もなく最終的なゴーサインを出そうとしている。
同海域は陸上から非常に遠いため、もはやカナダ領海外の公海に属し、カナダは国連にロイヤルティーを支払う必要が出てくる。こうしたケースは世界初で、最長で30年間は持つような石油資源を求めて、生産者側がはるか沖合まで開発の手を伸ばそうとしている姿が、浮き彫りにされている。
<政府のお墨付き>
カナダは、2030年までに温室効果ガス排出量を05年比で40─45%減らすという目標を掲げている。それでも政府は今年4月、エクイノールによる160億カナダドル(123億7000万米ドル)に上るベイデュノール計画を承認。重大な環境問題を引き起こさないことをその理由に挙げた。
同国のウィルキンソン天然資源相は、温室効果ガス排出量が少なく、業界最高の技術を備え、50年までに排出量実質ゼロ化ができるのであれば、ほかにも海洋油田プロジェクトを認める可能性があると発言した。
エクイノールの試算に基づくと、ベイデュノールが排出する二酸化炭素(CO2)は1バレル当たり8キログラム以下と、国際的な平均の半分未満にとどまる。
ウィルキンソン氏は「排出量がゼロかゼロに近い石油・ガス生産施設が、これらの施設の中で最後まで残る」と話す。
ニューファンドランド・ラブラドール州が運営するオイルコのジム・キーティング最高経営責任者(CEO)は、ベイデュノールは同州の沖合で展開される開発案件の1番手になるかもしれないと述べ、有望視されている20件の埋蔵量は、それぞれ10億バレルと見積もられていると付け加えた。
もっとも海洋油田は、陸上油田にない課題に直面する。
エクイノールによると、ベイデュノールの場合、浮上式の貯蔵・積み出し設備は都市の1つの街区より大きくなるし、冬には波の高さが最大15メートルに達する氷の海で原油を生産しなければならない。この海域には3月から7月まで流氷が漂い、絶滅が危惧される2種類のカメが生息している。
また、ニューファンドランドで長らく石油業界のコンサルタントをしているロブ・ストロング氏は、ベイデュノールがあまりに陸地から離れているため、3週間交代で働く従業員をヘリコプターで1回に運べる人数は余分に燃料を積んでもわずか8人と、通常の半分に過ぎないと指摘した。
<低い採算ライン>
当然、ベイデュノールのような海洋油田は、初期投資としての建設費用も高くつく。それでも石油会社を引きつけるのは、20年間は稼働を続けられる5億バレルという可採埋蔵量の大きさだ。
エクイノールは生産コストの試算を明らかにしていないが、30年末までに稼働する主要プロジェクトは、平均で1バレル=35ドルの原油価格が採算分岐ラインになると述べた。
ライスタッドによると、一般的な海洋油田の採算分岐ラインも石油換算で1バレル=18.10ドルと、陸上油田の同28.20ドルより低い。それもあって世界的な海洋油田開発投資は2024年に21年比27%増加し、総額1730億ドルに達するはずだという。
ニューファンドランドの海洋油田開発業界における大御所的存在とみなされているストロング氏は「私の気持ちは、ずっと浮き沈みを繰り返してきた。2年前はすっかり落ち込んだが、今はとても楽観的だ」と先行きに期待している。
ただ、海洋油田開発プロジェクトの収益性は将来の石油需要に左右され、その需要予測には非常にばらつきがある。
国際エネルギー機関(IEA)は昨年、世界中の輸送が50年までに完全に電気自動車(EV)と再生可能エネルギーで賄われた場合、石油需要は75%減って日量約2500万バレルに落ち込むとの見通しを示した。
英エクセター大学のジャンフランソワ・メルキュア准教授(気候変動政策)は、石油需要が25─30年の間にピークを付け、世界全体のニーズが中東産などよりコストの低い原油で満たされてしまえば、ベイデュノールは稼働期間が終わる前に「座礁資産」になる恐れがあると警告。「財務面のリスクは非常に大きくなるだろう」と主張した。
これに対してウッド・マッケンジーは、ほとんどの最も野心的な50年までのエネルギー移行シナリオの下でさえ、石油需要はせいぜい半減するのみで、状況次第では増加もあり得るとみている。
<環境リスク>
米自然保護団体シエラクラブの大西洋ディレクター、グレッチェン・フィッツジェラルド氏は、海洋油田開発にはなお膨大な環境リスクがあると訴える。
例えば、原油流出事故が起きても、激しい波のためにエクイノールは原油を恐らく制御できず、化学剤を使用して希釈化することになるだろうが、それは周辺で暮らすキタトックリクジラや深海の珊瑚礁に有害な影響を及ぼしかねないという。
フィッツジェラルド氏は「はるか沖合の話なので、人々はそこがどんな環境なのか想像するのは難しい。しかし、かなり貴重で壊れやすいのだ」と強調した。
エクイノールの広報担当者は、同社としては「安全で環境面の責任を果たせると確信」しない限りは、プロジェクトを承認しないと明言。厳しい環境で事業を行ってきた長年の経験もあると自信を示している。
(Rod Nickel記者、Sabrina Valle記者)
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