February 21, 2020 / 11:09 PM / 2 months ago

アングル:五輪に満を持す五十嵐カノア、サーフィン界に新たな波

[19日 ロイター] - ハリウッド映画の台本から借用したような生い立ち、多方面にわたるカリスマ、デューク・カハナモクさえ感嘆しそうなサーフィンのスキルを持つ五十嵐カノアは、いま、五輪の金メダル獲得と、サーフィンというスポーツに新たな隆盛をもたらすチャンスを掴みつつある。

 2月19日、伝説のサーファー、デューク・カハナモクさえ感嘆しそうなスキルを持つ五十嵐カノア選手(写真)は、いま、五輪でのの金メダル獲得というチャンスを引き寄せつつある。写真は2019年8月、米カリフォルニア州ハンティントンビーチで撮影(2020年 Robert Hanashiro-USA TODAY Sports)

1年前の五十嵐は、才能あるサーフィン選手として、ワールド・サーフ・リーグ(WSL)に参戦し、マイナー競技であるサーフィンを舞台に、十分な生活を築いていた。だが、競技関係者以外の人々にとっては、彼は目の前を通りかかっても気づかないほど、ほぼ無名の存在だった。

いま、サーフィンが五輪種目に採用されたことにより、五十嵐を取り巻く状況は変わりつつある。

ブリーチした髪が特徴の米国生まれの日本人サーファーである五十嵐は、現在、新たなイメージを切望しているサーフィンというスポーツの「顔」となるにふさわしい立場を占めている。

社会が「次の大ブーム」に便乗してくるよりもはるかに早く、スポンサー企業やマーケティング関係者は、彼の将来性を見抜き、イメージ作りや売り込みを始めている。

ブルームバーグの報道によれば、昨年、サーフィンの五輪種目採用が話題になるなかで、五十嵐の収入は200万ドルを超えたという。

今年は、ビザなどの新たなスポンサー企業がこの「波」をつかもうと続々と五十嵐にアプローチしており、収入アップは確実だ。彼が五輪の金メダルを日本にもたらせば、勢いはさらに増すだろう。

「我々サーフィン関係者のなかにも、五輪に何を期待すべきか、状況がどう変わっていくか、まだ本当には分かっていない人が多い」と五十嵐はロイターに語った。「でも、私のメインスポンサーははっきりと五輪に価値を見出している」。

「(スポンサーが力を入れるのは)サーフィンが若者向けのカッコいいスポーツで、ソーシャル(交流)な要素をもっているからだが、日本ではまだそれが理解されていないように思う」と彼は語る。

愛想が良く、クールで、こちらが気後れするほど礼儀正しく、多言語を操り、実績もある。五十嵐は、広告やCMに登場するにはうってつけの人材だ。

それだけに、この22歳のサーファーは、誰にとっても利益をもたらす存在になる可能性がある。

<次代のスターへ理想的な選手>

「サーフィンの父」と謳われる人物はデューク・カハナモクである。1912年、1920年の五輪では金を含む5つのメダルを獲得しているが、いずれも水泳競技だ。一方、サーフィンにおける最も偉大なチャンピオンとされるのは、世界王座に11回輝いた米国のケリー・スレイターだ。

だが、この2人の間の時代には、ずば抜けた存在は見当たらなかった。サーフィン界では次代のスターの登場が待たれている。

48歳で今も競技を続けているスレイターは、サーフィン界から初めて生まれたジャンルを超越する真のスターである。彼は人気テレビドラマ『ベイウォッチ』では俳優として活躍した。

起業家、慈善活動家としての顔もあるスレイターは、現在サーフィン界における長老役であり、かつては簡単に引き受けていたスター選手の役割からは離れている。

五十嵐こそ、その役割をになう理想的な選手であるように見えるし、彼自身にもその気はある。

五十嵐のジャンルを超えた可能性を裏付けるように、彼の姿は、サーフィン専門サイトに掲載されるサーフィンウェアのブランド「クイックシルバー」の広告で見かけるのと同じくらい、雑誌『GQ』のグラビアページで目にする可能性も高い。

<「金メダルとる要素は揃っている」>

「自分にとって実に楽しいし興味深くはあるが、私が望んでいるのは、日本におけるサーフィンのイメージをもっと若さに溢れるものにして、もっと若い人を集めることだ」と五十嵐は言う。

五十嵐が父親に連れられてサーフィンを始めたのは、わずか3歳のとき。「サーフシティUSA」ことハンティントンビーチの自宅近くの波が相手だった。WSLチャンピオンシップ・ツアーの参加資格を得たのは2015年だ。

2019年シーズンは世界ランキング6位で終えた。5月にはバリでツアー初勝利を飾っている。このとき、準決勝で破った相手はスレイターだった。

東京五輪での金メダル獲得の可能性について、五十嵐は「自分にその力はあると分かっている」と語る。「自分には金メダリストになるために必要な要素が揃っていると思う」

五輪が視野に入ってきたのはごく最近の話だが、父親の五十嵐勉(トミー)と母親の美佐子(ミサ)は長年にわたって計画を練り、息子が華やかな舞台で活躍できる日を待っていた。

参考にしたのは、コンプトンの貧民街からセリーナ/ビーナス・ウィリアムズ姉妹をテニスのスーパースターへと育て上げるために、2人の父リチャード・ウィリアムズが立てた計画だ。勉・美佐子夫妻は、日本を離れて「サーフシティUSA」に移住した。まだ生まれてもいない息子を、サーフィン界の大物へと育て上げることが目標だった。

<檜舞台は父とゆかりの地>

「父は非常に控えめなので、私に対してそれを口にしたことは一度もないが、父の友人や祖父母、母からの話をつなぎ合わせると、父はとても才能に恵まれていた。しかし、海外での競技に参戦しようという競争心はなかったようだ」と五十嵐は語る。その声には、ありありと誇りが感じられる。「父は、それが才能の無駄遣いであり、居心地が悪いと感じていた」。

「父は、自分の息子にプロのサーファーになるための最善の機会を与えることを望み、私が生まれたとき、その最善の機会を与えるためには米国で育てたいと考えた」と五十嵐は言う。

「すべてを自分のために取っておいてくれた」。

五十嵐の談話だけで彼の思いが語りつくせないとしても、東京五輪で金メダルを競えば、父と息子の物語は出来上がる。競技の舞台となる千葉県の釣ヶ崎説海岸は、父・勉がサーフィンとともに育った場所でもあるからだ。

「父はたいていの場合、五輪の競技地となるビーチで波を見つけていた。そういう(特別な)精神的つながりがある」と五十嵐は言う。「(五輪の競技会場が)父とゆかりのある場所だというのは、自分にとってとても心地よいことだ」。

五十嵐はさらに続けた。「自分にとって有利な点がたくさんあると感じている。そのアドバンテージを活かしたい」。そして、「父が見ている前で、五輪で最初の波を捉える瞬間が待ち遠しい」。

(翻訳:エァクレーレン)

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