[張家口(中国) 7日 ロイター] - オンライン教育企業を経営するシー・ハオピンさん(32)は、仕事のストレスを解消するためにゲレンデに繰り出す。中国のウインタースポーツ産業が熱い視線を送るのは、まさにシーさんのようなスポーツ愛好家だ。
河北省・張家口にある太舞スキーリゾートでスノーボードを楽しむシーさんは、一息入れながら、「こうやってハードな運動をすると、プレッシャーから解放される」と語る。ここからそう遠くないところに、2月に冬季五輪のいくつかの競技が行われる会場もある。
シーさんの隣には、動画制作会社で働く妻のディン・ヤオフイさん、そしてペットの柴犬が座っている。北京から車を3時間走らせてきた。周囲には、競技大会「エックスゲームズ」のスノーボード競技で使われた音楽が響いている。
「最初はスキーを覚えたけど」とシーさんは言う。「昨年になってスノーボードに転向した。流行っているし、かっこいい」
中国が目指しているのは、冬季五輪の開催をきっかけにウインタースポーツの人気拠点となり、習近平国家主席が掲げる「国内のウインタースポーツ参加者を3億人に増やし、1兆元(約18兆円)規模の産業を育てる」という目標の実現に近づくことだ。
得られる利益は大きいが、目をつけているのは中国だけではない。世界中のウインタースポーツ業界が、世界で最も人口の多い中国の所得増大に注目している。業界のデータでは伝統的なスキー市場への参加率は低迷しており、それを補いたいという狙いがある。
北京五輪では、フリースタイルスキーとスノーボードの種目で有力な中国人のメダル候補がいる。中国が目指しているのは、そうした競技面での活躍から、世界レベルの冬季リゾート地から用具メーカーに至るまで、冬のスポーツにおいて活発なエコシステムを構築することだ。
中国にはスキーに適した地域が700以上もあるが、産業としてはまとまりに欠け、スキー場のほとんどは小規模だ。リゾート地として認識されているのは、太舞や近隣の雲頂リゾート・シークレット・ガーデンなど、約20カ所に留まっている。雲頂は、五輪でフリースタイルスキーとスノーボードの会場となる。
ウインタースポーツの中心地である張家口も含め、中国の多くの地域では降雪に乏しいため、人工降雪に必要な水の確保が集約的なリゾート開発のネックとなっている。
業界関係者は、用具のレンタルから指導員の質や水準、スキー後の社交活動まで、スキーリゾート体験を初めから終わりまで楽しめるものにすることが長期的課題だ、と話す。そうやって、常連になるためにもっと時間とお金を使いたいと思う初心者を増やすわけだ。
北京五輪主催団体の顧問を務めるアクシス・レジャーのジャスティン・ダウンズ社長は、2007年に中国に来たときに比べれば、中国のスキー産業は似ても似つかないほど変わったと話す。
それでも、国内のスキーに適した地域にスキー文化とインフラを構築するには何年もかかると同氏は言う。多くは農業・鉱業地域に立地しており、開発はまだこれからだ。
「スイスやカナダのスキーリゾートに行けば、何世代にもわたってそこを訪れている人々のコミュニティーがある」とカナダ出身のダウンズ氏は語る。
<「ビッグビジネス」になりうるか>
スキーと五輪をきっかけに、かつては貧しかった張家口の崇礼地区には変化が生じつつある。 崇礼駅は2年前に北京と高速鉄道で接続され、首都からの所要時間は1時間を切るようになった。
コロナ禍による打撃を受ける前、スキー目的の観光客は、2014年、つまり北京五輪開催が決まる前の1030万人から、2019年には史上最高の2090万人まで倍増した。
スキー産業の専門家ローラン・バナ氏による2021年の「国際スキー山岳観光レポート」によれば、5年間の平均で、中国はスキー観光客の数で世界第8位にランクされている。トップ3は米国、オーストリア、フランスだ。
中国政府は本腰を入れている。ある官庁は先月、現在欧米メーカーが優位に立っている人工降雪機、圧雪車、雪上車などの機器の製造基準を高めることが「急務」であるとの見解を示した。
中国のプライベートエクイティ企業ヒルハウス・キャピタル・グループの創業者である張磊氏は、自らが熱心なスノーボーダーであり、スノーボード業界の先駆者であるバートン・スノーボード(米バーモント州)の中国事業に50%出資している。
3年前、中国のスポーツウェア大手であり北京五輪のスポンサーでもある安踏体育用品を中心とするグループは、フィンランドのアメアスポーツを46億ユーロ(約5900億円)で買収した。アメアの傘下には、欧州の名門スキー用品ブランドであるアトミックやサロモン、カナダの高級アウトドア用品ブランドであるアークテリクスなどがある。
<「お金ならある」>
太舞には欧米スタイルのリゾートビレッジがあり、自家醸造ビールを出すパブや、ボグナー、パタゴニアといったグローバルブランドや中国のスノーボードメーカーであるノバデイの店舗が並ぶ。シーズン初めのある日、集まった人々は高級ウェアに身を包んでいた。
スキーヤーが中心の欧米のスキーリゾートとは異なり、中国のウインタースポーツ市場ではスノーボーダーの比率が高い。その1人、金融業界で働くアンソニー・ツァンさん(31)は、初めて本当のゲレンデに出る日のために、1万5000元(約27万円)を投じて、淡いブルーのスノースーツやピンクのスノーボードなどを揃えた。
「とてもお金がかかる。道具だけではない。トレーナーを雇うのもかなりの出費だ。北京で屋内シミュレーターを使うスクールに通っているけど、1回あたり数百元もかかる」とツァンさんは言う。
だが、その費用も苦にはならない。ツァンさんは笑いながら言う。
「お金ならあるからね」
(翻訳:エァクレーレン)
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