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オピニオン:米3月利上げで円安加速は本当か=青木大樹氏
2017年3月7日 / 06:15 / 8ヶ月後

オピニオン:米3月利上げで円安加速は本当か=青木大樹氏

[東京 7日] - 市場では、米連邦準備理事会(FRB)による3月利上げとドル円上昇を予想する向きが増えているが、米利上げが必ずしも円安につながらないことは2004年の教訓が示していると、UBS証券ウェルス・マネジメント本部最高投資責任者(CIO)兼チーフエコノミストの青木大樹氏は指摘する。

当時、FRBは6月末に金融引き締めに転じたが、米長期金利は上げ渋り、ドル円もほどなくして下落基調に転じた(7月下旬の112円台から12月初旬には101円台まで下落)。

今回も、米経済の先行き不透明感から米長期金利が上昇せず、一定期間にわたってドル安円高方向に振れる可能性があるという。

同氏の見解は以下の通り。

<利上げは時期尚早、弱さ見え始めた米経済>

3月の米利上げ実施でドル円上昇に拍車がかかるとの予想が、短期投機筋を中心に、高まっている。イエレンFRB議長が3日の講演で、雇用をめぐる指標とインフレが力強さを維持すれば14―15日の連邦公開市場委員会(FOMC)で利上げを決定すると発言したことから、そうした期待がさらに強まっているようだ。

ただ、我々は、イエレン議長が過去繰り返してきた「Data Dependent(指標次第)」という利上げの条件を十分にクリアできているとは思っていない。

確かに、1月の米消費者物価の前年比伸びは2.5%に届き、同月の非農業部門雇用者数も前月比22.7万人増えるなど、及第点に達しているように見えるが、ここにきて実体経済の弱さを示すデータが増え始めている。

例えば、1月の個人消費支出はインフレ調整後で前月比0.3%減と、昨年8月以来初めてマイナスとなった。インフレ調整後の可処分所得も同0.2%減だった。金融機関の貸し出しペースを見ても、消費者・事業・住宅向けのいずれも減速し始めている。

また、堅調と言われる雇用統計にしても、非農業部門雇用者数の増加分は大半が低生産性・低賃金のサービス分野であり、賃金の伸びは予想に届かず、労働参加率も低いままだ。10日発表の2月分雇用統計で、雇用の「質」がよほど改善していれば話は別だが、足元の実体経済は3月利上げに耐えられるような状況にはないと考える。

<「コナンドラム」再現も、円高が続くリスク>

ただし、以下のように、イエレン議長が見ている場合は、3月利上げという短期投機筋の読みが当たる可能性はある。

第1に、米経済はすでに身の丈(長期的な均衡水準)を上回る成長を遂げており、ここからは過熱(不均衡の蓄積)が懸念される。第2に、トランプ政権の拡張的な財政政策(トランプノミクス)が実現することで、そうした過熱ぶりに拍車がかかる恐れが高まっている――。

筆者自身はまだ米経済に対して強気な見方を持てない。まず、これまでのデータから分析すれば、1―3月期の国内総生産(GDP)成長率は1%半ば程度にとどまる。また、詳しくは後述するが、トランプノミクスの経済効果は発現までに時間がかかる上、インパクトは限定的とみられる。

加えて、前回指摘したように、リーマン・ショック以降進行している米経済の「日本化」(高貯蓄・低生産性・高齢化)に歯止めがかかることは期待しにくい。よって、拙速な追加利上げが続けば、米景気の腰折れを招きかねない。

むろん、イエレン議長の目に映る米経済の景色が筆者と異なり、過熱が懸念されると言うのならば、答えは早期利上げとなろう。また、その場合は、日本化を受け入れて、現在の低成長ペースが米経済の実力という認識になるのだろう。

では、仮に3月に利上げがあった場合、ドル円は上昇するのだろうか。実は「米利上げ=ドル高円安」と限らないことは過去の事例が示している。そのことが一番顕著に表れたのは、グリーンスパンFRB議長時代の2004年だ。

同年6月30日、FRBは利上げを決定し、2年に及ぶ金融引き締め局面に入った。それを受け、107―108円台で推移していたドル円相場は7月下旬に112円台まで上昇したが、その後、年末(12月初旬)にかけて起こったことは101円台への円高進行だった。

利上げに伴って短期金利ゾーンは上昇したものの、長期金利ゾーンが上げ渋り、イールドカーブのフラットニングが進み、ドル高圧力は遮られた。当時のグリーンスパン議長が長期金利の低下について「コナンドラム(謎)」と呼んだのはいまだ記憶に新しい。

今回も、同じことが起こる可能性はある。前述した通り、米経済のファンダメンタルズに不安がある中で利上げを急げば、先行き不透明感からイールドカーブにフラットニング化の圧力がかかる。米利上げが中国など新興国経済に与える負のインパクトも勘案すれば、リスクオフの円高にも注意が必要だろう。

<過剰なトランプ政策期待、米成長はよくて2%台後半>

もちろん、想定以上のペースで利上げが進んだとしても、米経済が利上げを乗り越えて成長していくのであれば、中期的にはドル高円安圧力が増すだろう。グリーンスパン議長時代に話を戻しても、ドル円相場の基調は2005年半ば以降、ドル高円安方向にシフトしている。

ちなみに、昨年末にFOMCメンバーが示した政策金利見通しから素直に想定すれば、利上げは今年3回、来年2―3回となる。この回数はすでに市場に織り込まれているが、仮にペースがさらに速まるならば、ドル円上昇圧力は高まる。

鍵を握るのは、いわずもがな、トランプノミクスだろう。具体策が明かされていない状況では正確な分析は難しいが、仮に財政赤字を大幅に膨らませるような拡張的なものになるとすれば、実際、長期金利に上昇圧力がかかり、イールドカーブがスティープニング化していく可能性はある。その場合、イエレンFRBも先回りして、追加利上げで対処せざるを得なくなるだろう。

もっとも、我々は、そうしたシナリオが実現する蓋然性は現時点では高くないと考えている。均衡予算主義者の多い議会共和党との調整が進めば、財政政策の拡張度はかなり控えめなものに落ち着くと予想されるためだ。

例えば、トランプ大統領が議会演説で言及した1兆ドルのインフラ投資計画にしても、金額は官民合計額であり、実施期間も10年など複数年度にわたるものだ。実際の年間政府支出額は400億ドル前後にとどまると予想される。この程度の規模はすでに市場に織り込まれており、GDPの押し上げ効果はせいぜい0.2―0.3%ポイントにとどまる。

法人税制改革に対する期待も先走りし過ぎているように思われる。米企業の海外利益に対するリパトリ減税は政策実現上のハードルが比較的低く、早い段階で実現するかもしれないが、企業収益の拡大は主に自社株買いや配当に使われ、設備投資や賃金への波及は限定的だろう。

また、国境税導入も視野に法人税制改革を目指すことになれば、議会との調整が紛糾するのは必至であり、立法化は早くとも今夏以降となろう。しかも、共和党案の国境調整税は輸入産業には増税となる。輸出産業に対する減税効果は相殺され、GDPに対しては0.5%ポイント未満の押し上げ効果しか期待できない可能性がある。

一方、規制緩和ではイノベーションを生み、生産性を向上させるようなものは見当たらない。優先度の高いオバマケア(医療保険制度改革法)の廃止や環境関連規制の見直しなどは、一部の産業では恩恵が期待できるが、脱・日本化を促し、成長を加速させることは期待できないだろう。

このように考えると、トランプ政権下の米経済成長はせいぜい2%台後半程度にとどまる可能性が高い。したがって、拙速な金利上昇は続かず、中期的なドル高ペースも限定的なものとなる公算が大きいと見ている。

ただし、これは世界経済にとって悪いシナリオとは言えない。急激にドル高に振れないことで、まず新興国経済への負のインパクトが限られる。目下、人民元安を食い止めることに躍起になっている中国から見ても、好ましい流れだろう。

むろん、世界的な低成長の中でカネ余りが続けば、通貨のボラティリティーが高まるリスクには一層の警戒が必要になろう。今は実感が湧かないが、より長期的な視野に立てば、通貨の信認低下に伴い、金などの実物資産、あるいはビットコインのような仮想通貨へのマネー流入に拍車がかかるシナリオにも備えておく必要がいずれ出てくるのかもしれない。

*本稿は、青木大樹氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(聞き手:麻生祐司)

*青木大樹氏は、UBS証券ウェルス・マネジメント本部の日本における最高投資責任者(CIO)兼チーフエコノミスト。2001年より内閣府で政策企画・経済調査に携わった後、2010年にUBS証券入社。2016年、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査の日本経済エコノミスト部門にて5位(外資系1位)に選ばれる。

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