June 11, 2018 / 3:25 AM / 8 days ago

オピニオン:保護主義の連鎖、世界成長を乱す3つの波及経路=武田洋子氏

武田洋子 三菱総合研究所 チーフエコノミスト

 6月11日、三菱総合研究所・チーフエコノミストの武田洋子氏は、米中経済はそもそも2019年に減速が見込まれるが、そこに保護主義の連鎖が加われば、主に3つの経路から落ち込みが急峻になる可能性があると指摘。写真はカナダのシャルルボワで開催されたG7サミットの一幕、6月9日撮影(2018年 ロイター/Adam Scotti/Prime Minister's Office/Handout via REUTERS)

[東京 11日] - 米中経済は、減税効果のはく落や景気循環上の理由から、2019年に減速が見込まれるが、そこに関税引き上げなどの「保護主義の連鎖」が加われば、主に3つの経路から落ち込みが急峻になる可能性があると、三菱総合研究所・チーフエコノミストの武田洋子氏は指摘する。

米中貿易戦争に至らないメインシナリオでは、米国2%台前半、中国6%台前半への緩やかな成長鈍化にとどまると予想。ただ、二国間の関税引き上げ合戦が対象品目の総額ベースで1500億ドル規模にエスカレートする最悪ケースでは、米国2%割れ、中国6%割れの現実味が増し、世界経済失速リスクが高まると分析する。

同氏の見解は以下の通り。

<政治に翻弄される経済、企業の投資意欲減退も>

世界経済は依然として堅調であり、成長率見通しの修正は今のところ必要ないと考えている。しかし、外交・政治(特に安全保障政策)と経済の共振性が高まり、先行きに対する不透明感が増しているのは事実だ。2018年後半から2019年にかけて、米国の保護主義政策に対して貿易相手国が報復し、保護主義の連鎖が起きるかどうか。そこが最大の懸案だ。

保護主義の連鎖が広がれば、次の3つの波及経路を通じて、世界経済の下振れを招くリスクが高まる。

1つ目は、金融市場のリスク回避姿勢が高まる経路だ。

金融市場では、アルゼンチンやトルコなどファンダメンタルズが脆弱な新興国から資金が流出しているほか、政治情勢が不安定なイタリア国債の対ドイツ国債スプレッド(10年)が2013年以来の水準へ上昇するなど不安定な動きがみられる。そこに世界的な貿易戦争へ突入する動きが出てくれば、米国を中心に株価の調整圧力が強まる可能性は否定できない。

米国株価は、歴史的に見て依然割高の水準にある。景気循環調整後の株価収益率(PER)である「シラーPER」は、大恐慌直前の1929年と、ITバブル期の2000年代初頭、そして現在が歴史的なピークだ。2月にボラティリティー(VIX)指数急騰と米長期金利上昇を受けて、米株価の調整はある程度進んだとはいえ、それでもまだ割高だ。8―9日にカナダのシャルルボワで開催された主要7カ国首脳会議(G7サミット)で露呈したG7の足並みの乱れを見れば、金融面でのリスクが顕在化した場合に各国のリーダーたちが協調できない恐れもある。

2番目の経路は、米国と中国の経済が2019年に失速するシナリオが現実味を帯びることだ。

2018年中の米国経済は減税効果が発揮され、堅調が続くだろう。失業率も完全雇用水準を下回って改善しており、消費者マインドはITバブル期の2000年以来の高水準にある。

しかし、2019年は、3つの理由から年後半にかけて経済が減速する可能性が高い。まず、減税効果がはく落する。また、2018年に3回実施と予想する米連邦準備理事会(FRB)の利上げの効果は、1年程度のラグ(遅れ)を伴い2019年に徐々に顕在化してこよう。さらに、米景気拡大は約10年続いており、景気循環的にはそろそろピークアウトの局面にある。

中国経済はどうだろうか。2018年は本来なら、中国政府は段階的に財政出動を縮小するとみていたが、米国の対中貿易政策を受けて、付加価値税(増殖税)の税率引き下げや、ハイテク企業に対する法人減税を決めるなど、経済の下支えに走っている。だが、そうした政策の効果は、2019年にはく落する。また、金融規制の引き締め効果も徐々に出てこよう。

現在の標準シナリオでは、米国は2018年の2.5%から、2019年は2.1%に減速と予測、中国は2018年の6.6%から2019年は6・3%に減速すると予測している。

ただでさえ景気減速が予想されるところに、保護主義の連鎖が現実味を増せば、2019年の米中経済は当初想定よりも大きく減速する恐れがある。詳細は後述するが、2019年は最悪のケースで、米国が2%割れ、中国は6%割れの恐れが出てくる。

3番目の経路は、関税措置が発動されないまでも、世界で保護主義的発言の応酬が続いた場合に、グローバル企業の投資判断に与える影響だ。

北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しや関税引き上げは、グローバルに最適化されたサプライチェーン網を揺るがしかねない。先行きの不確実性が強まること自体が、企業の投資マインドを冷え込ませる恐れがある。2018年に投資見送りの経営判断をする企業が増加するならば、2019年や2020年に世界の投資鈍化が顕在化してくる可能性があり、世界経済の下振れを招きかねない。

<保護主義下の米中成長率3つのシナリオ>

では実際のところ、米中の「貿易戦争」が両国の経済に及ぼす影響はどの程度だろうか。関税が国内総生産(GDP)に及ぼす影響を分析する際によく使われる「国際貿易分析プロジェクト(GTAP)」モデルを用いて試算してみると、以下の結果が得られる。

まず、すでに発効している鉄鋼・アルミニウム関税だが、これが両国のGDPに与える影響は大きくはない。中国と欧州連合(EU)が報復関税を課しても、各国のGDPはほとんど変化しない。むろん、世界の鉄鋼メーカーや鉄鋼を使う米資本財メーカーなどの収益には影響するが、それがGDPに及ぼす影響は軽微との結果となる。

次に、米国が通商法301条に基づいて年間500億ドル相当の中国からの輸入品に関税を課し、中国がこれに同規模の報復措置を取った場合の影響を計算した。結果は、米国のGDPはマイナス0.1%程度、中国のGDPはマイナス0.3%程度の下振れとなる。

さらに、中国による500億ドル規模の報復措置に対し、米国は1000億ドル規模の措置で対抗するとトランプ米大統領は発言している。そこで、米側がさらに1000億ドル規模の追加関税を課し、中国が同規模の報復措置を取ったと仮定した場合のGDPへの影響も分析した。すると、米国がマイナス0.2%程度、中国がマイナス0.8%程度の下振れとなり、米国の成長率は前年比で2%割れ、中国の成長率は6%割れの可能性が出てくる。

以上は貿易を通じた影響を試算したものだが、上記の通り、金融市場の動揺に発展するリスクや不確実性を通じた投資への影響をも考慮すれば、各国のGDPの下振れ幅はより大きくなる可能性が高い。

<日本にとって最大のリスクは自動車関税>

翻って、日本経済への影響はどうみたらよいか。保護主義の連鎖により米中経済が失速する事態へと発展すれば、日本経済にも、米中向け輸出や現地子会社の収益下振れなどを通じて、マイナスの影響が及ぶ。

加えて懸念されるのが自動車関税の行方だ。トランプ大統領は、通商拡大法232条に基づき、自動車と同部品へ25%の追加関税をかける検討を開始した。日本の自動車輸出全体に占める米国向け割合は37%と高く、自動車生産の18%を占める。先のGTAPモデルに基づき日本経済へのインパクトを試算すると、貿易を通じた影響だけで日本のGDPは0.1%程度押し下げられる。産業の裾野の広さや円高・株安に発展するリスクまで含めて考えると、最終的に日本経済に与える影響はもっと大きくなるだろう。

自動車を中心とする日本企業が1980年代以降、米国での投資と雇用を拡大し、米国経済に大きく貢献してきたことは明らかだが、そうした正論が通らないリスクは高まっている。日本としては、知的財産の保護など両国にメリットが及ぶ分野での協調を模索しつつ、国際社会に対して粘り強く冷静に自由貿易のメリットを説き続けてほしい。

武田洋子 三菱総合研究所 チーフエコノミスト (写真は筆者提供)

*武田洋子氏は、三菱総合研究所 政策・経済研究センター長、チーフエコノミスト。1994年日本銀行入行。2009年三菱総合研究所入社。米ジョージタウン大学公共政策大学院修士課程修了。

*本稿は、ロイター特集「高まる貿易戦争リスク」に掲載されたものです。武田洋子氏の個人的見解に基づいています。

(聞き手:山口香子、麻生祐司)

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