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オピニオン:トランプ減税、米国の日本化に無力か=青木大樹氏
2017年4月26日 / 06:41 / 7ヶ月後

オピニオン:トランプ減税、米国の日本化に無力か=青木大樹氏

[東京 26日] - 3月中旬から続く米長期金利の低下傾向は、トランプノミクスの「不発」リスクを織り込んだ結果であり、見方を変えれば、若干の法人減税など小ぶりな景気刺激策が出るだけでも市場は目先ポジティブに反応する可能性があると、UBS証券ウェルス・マネジメント本部の最高投資責任者(CIO)兼チーフエコノミストの青木大樹氏は指摘する。

ただし、現時点で実現可能性の高いトランプノミクスのメニューは米経済の「日本化」(高貯蓄・低生産性・高齢化)を食い止めるには力不足であり、このままでは中長期の成長率は良くて2%台半ば、米長期金利・ドルも上値余地は限られるとみる。1年後のドル円レート見通しは、従来の105円から引き上げたものの、110円程度とした。

同氏の見解は以下の通り。

<過剰な期待剥落の良い面>

米経済の行方を巡っては、巷間の論評は悲観論と楽観論の両極にぶれている気がするが、正解はその中間にあるように思える。

楽観論者は、好調を維持する景況感などのソフトデータを重視し、トランプノミクスに対し多大な期待を抱いている。一方、悲観論者は、鈍化傾向にある雇用や国内総生産(GDP)、ピークアウトの気配が見えるインフレ率などのハードデータに着目し、トランプノミクスは期待外れに終わる可能性が高いと考えている。

ちなみに、今年の米経済成長率見通しについて、足元のソフトデータをベースに試算すると3%程度、ハードデータを用いると1%前後となる。1―3月期は前期比年率換算で1%前後の成長にとどまる見込みであり(アトランタ地区連銀の推計モデル「GDPNow」では4月18日時点の予想で0.5%)、この期間だけ見ると悲観論者に軍配が上がりそうだとも言えるが、そもそも米国の第1四半期は近年、弱い傾向が続いており、真価が問われるのはトランプノミクスの効果が見え始める年後半となろう。

現在、当社の2017年の成長予想は2%台前半だ。確かに、ソフトデータが先行し、ハードデータが追いついてこない場合は、往々にして前者が息切れして、下方向に調整が入りがちだ。ただ、3%成長期待が行き過ぎだとしても、1%前後の低成長が続くほど、米経済のファンダメンタルズが弱くないのもまた事実である。

景気拡大局面が今年で9年目に入ることから(戦後平均は約5年)、さすがに雇用の伸びはこのところ鈍化しているが、3月の失業率は4.5%と約10年ぶりの低水準まで下がっており、労働需給のタイト化で賃金上昇圧力は徐々に増している(3月の平均時給の伸び率は前年同月比で2月から0.1ポイント鈍化したが、プラス2.7%)。

インフレ率は、食品とエネルギーを除くコア消費者物価指数が3月に前月比0.1%低下し、ピークアウトが懸念されているが、同指数を前年同月比で見ればプラス2%であり、主要先進国の中では依然として高い。要するに、2%前後の潜在成長率に沿った巡航速度で米景気拡大が続く公算は大きいと言える。

トランプノミクスの効果についても、楽観は禁物だが、今後数年については、いたずらに悲観する必要もないだろう。政権発足当初に高まった期待ほどは、インフラ投資計画も減税措置も大盤振る舞いとはならないと思われるが、来秋の中間選挙をにらんで、ゼロ回答はさすがに議会共和党も避けるはずだ。

現行35%の法人税率に関しては、トランプ政権は15%まで引き下げるとしているが、反対の多い国境調整税は実現が難しいとしても、企業の海外留保利益に対する本国還流減税(いわゆるリパトリ減税)の実現可能性は高く、税収中立にこだわる共和党保守派との調整を経て、20―25%前後で着地するのではないか。個人所得税も、実現により時間はかかるものの、最高税率の引き下げや基礎控除などの拡大が一部実現されるとみている。インフラ投資計画は、当初案の1兆ドルは無理でも、官民ファンドを活用して4000億ドル程度でまとまる可能性が高いと考える。

3月中旬から続く米長期金利の低下を見ると、金融市場はすでにトランプ政権による大盤振る舞いがないことを織り込んでいるように思える。逆に言えば、若干の法人減税や小規模の財政支出など小ぶりな景気刺激策でも十分、市場マインドを目先回復させるインパクトを有するだろう。

<減税しても貯蓄に回る可能性>

ただし、中長期的に見れば、米経済の先行きには悲観材料が残る。何より、米経済の日本化現象は決して出口が見えているわけではない。すなわち、貯蓄率の上昇、生産性の伸び悩み、高齢化の進行を背景に、潜在成長率の低下傾向が続いているのだ。

中でも気掛かりなのが、民間部門の貯蓄体質の強まりだ。2015年初から原油価格下落などを通じて可処分所得や企業収益が改善したにもかかわらず、家計・企業部門の貯蓄率(対GDP)は1%台から3%台に上昇している。

しかも、この間の家計について、限界消費性向(可処分所得の増加分を100として、どの程度消費に回ったか)を計算すると、30程度しかなかった。2001年と2003年のブッシュ減税時には、限界消費性向は70程度あったことを考えると、隔世の感がある。この3割という数字は実は日本と同じだ。トランプ政権発足後も家計の貯蓄率は大きく変化していない。つまり、トランプ政権が個人所得減税を実施したところで、消費ではなく貯蓄に回り、景気をたいして刺激しない可能性があるということだ。

ちなみに、小ぶりな景気刺激策がトランプノミクスのメインシナリオだと先ほど述べたが、その予想が外れて大盤振る舞いの政策が実現しても、日本化現象を止められなければ政府の赤字拡大は民間の貯蓄拡大となるだけであり、投資や賃金拡大を通じた成長加速とはならないだろう。資産市場のバブル化だけが進む可能性もある。その場合、本来ならば2%台半ば程度の「山」に対する「谷」も1%程度で済んだものが、ゼロ成長やマイナス成長まで落ち込む恐れすらある。

<105円に近づく局面ではドル買いを推奨>

最後に、メインシナリオ(スケールダウンした景気刺激策が取られるケース)に沿って、今後数年間の投資戦略について触れておきたい。

まず、米株は目先、トランプ税制計画に対する金融市場の期待回復はあるかもしれないが、過剰に上昇したソフトデータの悪化見通しから大きく上抜けしていくことは難しいだろう。ただし、企業業績は堅調であり、上述した景気刺激策が企業業績予想に反映されるようになれば、年後半に向けて上昇基調に転じる可能性が高い。米長期金利は足元の2.3%近辺から若干回復し2.5―2.6%で落ち着くとみる。緩やかな金利上昇は株価のサポート要因にもなろう。

一方、ドル円についてはどうか。実は当社では先日、見通しの修正を行った。これまでは、3カ月後、6カ月後、12カ月後のレートをそれぞれ112円、110円、105円とみていたが、それら3つの時点全てで110円に統一した。要するに、目先は下方修正したが、1年後の予想を引き上げた。

見通し修正の理由は主に3つある。第1に、前述したような米経済の堅調な成長を受けて、米連邦準備理事会(FRB)による金融政策の正常化がさらに進むことである。日本では早ければ年後半に日銀のテーパリング(量的緩和縮小)が開始されるかもしれないが、米国ではFRBが利上げだけでなく、バランスシート縮小にも着手する可能性がある。後者のドル高圧力は前者の円高圧力を大きく上回るものとなろう。

残りの2つは主に日本発の理由だ。まず、インフレ率の高まりで日本の実質金利が今後、大幅に低下すると予想されることだ。直近(2月)の消費者物価指数を見ると、生鮮食品を除く品目の約6割で価格が上昇しており、デフレ期の平均だった約3割の比率から大きく拡大している。

今後はさらにエネルギー価格上昇と労働市場のひっ迫による影響が加わることから、当社は2017年の消費者物価予想(除く生鮮食品)を0.5%から0.8%へ、2018年末を0.7%から1.5%へと引き上げた。日銀はしばらくゼロ%の10年金利目標を継続すると思われるため、日本の実質金利の大幅低下はドル円の下値を支えることになろう。

もう1つの日本発の要因は、日銀がドル円の為替レート防衛ラインを引き上げたと推察されることだ。直近の日銀短観によると、日本の製造業はドル円の想定レートを105.4円から108.6円に上方修正している。日銀は企業の設備投資計画と賃上げをサポートするため、ドル円の下落を避けたいと考えるはずだ。日銀は過去、実際のドル円が想定レートを下回ったタイミングで緩和を行ってきた。

なお一部には、日米経済対話などを通じて、米政権が円安けん制を仕掛けてくるのではないかとの見方もあるが、それは杞憂ではないか。4月14日に公表された米為替報告書からも分かるように、米国が日本に対して要求しているのは為替レート修正ではなく、輸入増をもたらす内需拡大、そして対米直接投資増による経常収支不均衡の是正だ。2%インフレを目標とする日銀の金融緩和は、日本の景気回復に有効と見なされている限り、批判の対象とはならないはずだ。米国からの輸入増大、米国への直接投資拡大は当然、ドル高円安要因である。

むろん、地政学リスクや欧州政治不安の高まりなどを受けて、一時的にドル円が急落する可能性は否定しない。また、かつてのような120円超のドル円上昇を見込むような状況でもない。ただ、上述した理由から下値はサポートされており、110円を大きく割れるような水準であれば、ドルロングと円ショートのポジションを構築する好機と考えて良いだろう。

*本稿は、青木大樹氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(聞き手:麻生祐司)

*青木大樹氏は、UBS証券ウェルス・マネジメント本部の日本における最高投資責任者(CIO)兼チーフエコノミスト。2001年より内閣府で政策企画・経済調査に携わった後、2010年にUBS証券入社。2016年、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査の日本経済エコノミスト部門にて5位(外資系1位)に選ばれる。

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