[カラチ(パキスタン) 31日 トムソン・ロイター財団] - それは思い切った決断だった。4カ月前、タヒールさんはパキスタンを離れ、よりよい豊かな未来を求めてカナダへと旅立った。
仕事を見つけるあてもないのに故郷を去る決意を固めたのは、祖国が深刻な経済危機に見舞われているからだ。同じ理由で、何千人もの高学歴の若年労働者がタヒールさん同様に荷物をまとめている。
「状況が悪化するなら、信頼の高い国のパスポートと脱出計画が必要だと感じていた」とタヒールさん。かつては教育産業で働いていたが、現在はトロントで就職活動中だ。いずれはパキスタンとカナダの二重国籍を取得したいと願っている。
タヒールさんは、身元を伏せたいとして仮名で取材に応じた。
パキスタンの総人口は2億2000万人。規制監督機関である移民海外雇用局によれば、昨年は80万人以上が仕事を求めて国を離れた。コロナ禍前の2019年の62万5876人、その前年の38万2439人に比べ増加している。
留学やその他の理由で国を離れ、戻ってこない人はさらに多い。
パキスタンが抱える経済問題には、外貨不足に伴う主食用食料の不足や、1月には24%に達した慢性的な高インフレなどがあるが、昨年の壊滅的な洪水がそれらをさらに深刻化させた。
パキスタンは国内市場・国際市場におけるデフォルト(債務不履行)の懸念を何とか鎮めようとしている。11月に完了予定だった財政再建計画の検証をめぐって意見が対立し、国際通貨基金(IMF)からの緊急支援11億ドル分が滞っているためだ。
政府が危機の緩和に奔走する一方で、当局者らは、頭脳流出が将来、自国の回復の足かせになるのではないかと憂慮を深めている。
アフサン・イクバル計画・開発・改革相はトムソン・ロイター財団の取材に対し、「高学歴の若者たちが大挙して国を離れているのは非常に心配だ」と語った。
「流出を食い止めるために彼らが活躍できる環境を用意することは、私たちの責任だ」
同相によると、政府は複数の開発計画を立ち上げており、人材引き留め効果を期待しているという。
その内容としては、若手エンジニアを対象とした20万人分の有給インターンシップ、100億ルピー(約48億円)規模の技術革新ファンド、貧困地区20カ所を対象とした400億ルピー規模の開発計画などが挙げられる。
<苛立つ若者たち>
現在の危機が始まる前から、多くの若年労働者が購買力の低下や生活水準を向上させる機会の不足に苛立ちを募らせ、自国脱出をめざしていた。
世論調査会社ギャラップ・パキスタンが系列の非営利機関ジラーニ財団とともに、洪水発生前の昨年6月に行った調査では、30歳以下のパキスタン人のうち、ほぼ3人に1人が海外での就職を希望しているという結果が出ている。
ギャラップ・パキスタンでエグゼクティブ・ディレクターを務めるビラル・ジラーニ氏によれば、大卒の若者に限れば、海外就職を望む率は50%を超えるという。
カナダで就職活動中のタヒールさんは、数十年前の親の世代であれば、不動産を購入し、投資を行い、資産を築く道があったが、自分たちの世代はそれに比べて恵まれていない、と話す。
タヒールさんは、対話アプリ「ワッツアップ」で電話取材に応じ、「給与生活者の収入と、貯金をして資産を築き、自立して家庭と快適なライフスタイルを維持するために必要な収入との間には開きがある」と語った。
匿名を条件に取材に応じた33歳の女性は、「2桁のインフレが1年以上続いたことで生活水準はさらに圧迫された」と語る。彼女は2つの仕事をかけもちした後、4カ月前、1年有効の学生ビザを取得して英国に渡った。
「この収入ではもうパキスタンでは生きていけない」とこの女性は言う。
パキスタンにいる間、生活費はすべて両親に頼っていた。だが、自分が両親にとって重荷になっているという気持ちが高まり、現在では貯蓄を取り崩しつつ、英国のスーパーマーケットでパートタイムの仕事で補っている。
「悪循環から逃れるという意味で100%正しい決断をしたと感じている」
フリーランスの映像制作者として働く別の若者は、パキスタンを離れ湾岸諸国に向かった。まん延する汚職に嫌気がさし、報酬の支払いも滞り、成長どころかビジネスを続けていくのも困難になっていたからだという。
2カ月前にドバイに入国して以来、自分の得意分野で「報酬もいいし、期限通りに支払われる」仕事をすでに見つけたという。
匿名を条件に取材に応じたこの男性は、「パキスタンでは支払いが我慢できないほど遅れ、分割払いの最後の分が未払いのままという例も多かった」とボイスメッセージで語る。
<より良い未来へ>
2022年に5カ月にわたり財務相を務めたエコノミストのミフタフ・イスマイル氏は、若年層に生じている頭脳流出を防ぐには、教育・雇用機会の改善を進めることが不可欠だと指摘する。
「若者が国を離れるのを嘆くのではなく、その気を起こさせないために、彼らが活躍できる環境を提供するべきだ」とイスマイル氏は語った。
米国の大学院で学ぶニダ・ゼフラさん(26)は、2022年8月にパキスタンを離れ、授業補佐の仕事を見つけた。学業を終えたらジャーナリズムの世界でキャリアを重ねていきたいと考えている。
ゼフラさんは、故郷のカラチよりも米国の学園都市で暮らしている方が安心できると語る。
ワッツアップ経由で取材に応じたゼフラさんは、「ここでは誰も非難がましいことを言わないし、他の学生と対等に扱ってくれる」と語る。
「私たちには、より良い未来に向けて自分自身で決断する権利があると思う。たとえそれが、国を離れるという決断を意味するとしても」
(Zofeen T. Ebrahim記者、翻訳:エァクレーレン)
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