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カメラが捉えた現場、2021年(下)

[24日 ロイター] - 2021年に撮影されたロイターの優れた写真を、撮影した写真記者の言葉とともに紹介する。

イスラエルとパレスチナの戦闘の中、イスラエル軍の空爆を受けて煙が上がり、がれきが飛び散る建物。ガザ地区南部のカーンユニスで5月20日撮影(2021年 ロイター/Ibraheem Abu Mustafa)

(3回シリーズの3)

イブラヒーム・アブムスタファ記者

「私は2002年から4つの戦争を取材し、今年のイスラエルとハマスの11日間にわたる衝突を含め、何度も困難な状況を経験している。イスラエル軍は、ガザの住民に退避を促すために、建物の上部に小型のミサイルを発射する「ルーフノック」攻撃を行うことがあった。続いて、より強力なミサイル攻撃が行われ、地域全体を震撼させた。

ガザ市の爆撃を取材して11日目、私は家族に会うためにガザ地区南部の都市、カーンユニスに戻った。数時間後、イスラエル軍が市内の市場中央にある民家を爆撃すると予告した、というニュースが入ってきた。イスラエルは、民間人が避難するための事前警告を行い、武装勢力が活動していると思われる建造物を標的にすると伝えてきていた。前日までの取材で疲れ果て、宿泊していた地域が爆撃される不安で寝不足だったが、私は現場に駆けつけ、その様子を撮影した。

周囲の人に民家の位置を確認し、爆撃による破片が当たらないよう、複数の建物を盾にして構えた。

威嚇攻撃が命中すると、集まっていた人たちは一斉に沈黙した。続いて、複数のミサイルが家を爆撃した。

『神は偉大なり』と叫んで逃げ惑う人々の姿を、私はレンズを通して見ていた。ある人たちは携帯電話で爆撃の様子を撮影するために近づいていき、警察はまだ不発弾が残っていると群衆を遠ざけようとしていた。この攻撃による負傷者や死者はなかった。

これまでも爆破攻撃の取材で建物から炎や煙が上がるのを見てきたが、今回は、家の家具やドア、窓、石などが空中を飛んでいくのを目の当たりにした。ある家族、私の家族と同じ様な家族の日常生活が消えていくのをその一瞬に感じた。ガザには安全な場所はないと思い、現場を後にした」

警察官に付き添われるベラルーシのクリスツィナ・ツィマノウスカヤ選手。東京五輪陸上女子200メートル予選に出場予定だった。羽田空港で8月1日撮影(2021年 ロイター/Issei Kato)

加藤一生記者

「『ベラルーシのオリンピック選手が本人の意思に反して帰国を強制され、助けを求めている』。空港に急いで向かう途中、分かっている情報はそれだけだった。その選手が陸上短距離競技のクリスツィナ・ツィマノウスカヤ選手だと続報でわかったが、彼女が空港のどこにいるのか、何が起こっているのかは誰にも分からなかった。

東京の羽田空港に到着すると、チェックインカウンターの近くで、数人の警察官に囲まれて一人不安そうに立っているツィマノウスカヤ選手を偶然見つけた。少し離れたところでは、他のベラルーシ代表選手や関係者が帰国便のチェックインをしていた。私は、首から下げた五輪の関係者証から彼女が助けを求めている選手であることを確認。自分がこの状況を取材しているロイターのカメラマンであることを彼女に伝えた。現場には報道関係者が数人しかいなかったが、我々の存在が、彼女に帰国を強制したり、危害を加えたりしようとする人に対しての抑止力になるのではとの期待もあった。

ツィマノウスカヤ選手は日本の警察に助けを求めており、警察は彼女を空港内の別の場所に移動させることにした。私は、警察が荷物を運ぶのを手伝いながら、彼女を安全な場所に連れていく瞬間を捉えた。

無事出国したツィマノウスカヤ選手は、数週間後、新しい生活を求めてワルシャワで夫と再会した。彼女はポーランド代表として競技を続けられるよう、同国のビザを申請している。将来、どこかの陸上大会で彼女の活躍を取材できたらと願っている」

食料を買うためにメキシコに渡った後、リオグランデ川沿いで米国に戻ろうとする移民のシャツを掴む米国の国境警備隊員。メキシコ・シウダードアクニャから9月19日撮影(2021年 ロイター/Daniel Becerril)

ダニエル・ベセリル記者

「米国は、テキサス州デルリオのキャンプに数百人のハイチ移民を収容していた。彼らの多くは、猛暑の中、長蛇の列に並ばされ、毎日、一人につきパン一枚と水一本しかもらえないと話していた。『食料をもらえない。私たちを飢えさせようとしている』と聞かされた。

多くの移民は、メキシコで食料と水を調達すべく、リオグランデ川を行き来していた。米国境警備隊は当初、移民たちが米国とメキシコを隔てる川を渡るのを許していた。だが、午後遅くになると、移民たちは川を離れてキャンプに戻るよう命じられた。警備隊たちは、鞭のようなものを振るいながら馬を移民にけしかけた。ある警備隊員が言い放った『クソみたいな国に帰れ(”Go back to your shitty country. “)』という言葉が頭から離れない。

この写真を撮ったとき、私は川の中で腰まで水に浸かっていた。ある隊員が、川を渡って米国のキャンプに戻ろうとしているハイチ移民のシャツを、馬上から身を乗り出してつかんでいた。国境線を越えないように、そして多くの移民が溺れていた危険な水流を避けるようにしながら、私は夕暮れまで川中から写真を撮り続けた。

仕事柄、残酷な行為に遭遇することがよくある。この写真が世界中で、人種や国籍、社会階級、生き方を問わず、私たちが皆持っているはずの人間性を思い起こさせてくれるよう、願っている」

(翻訳:大澤優花)

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