Reuters logo
アングル:福島原発事故6年、避難解除でも帰還の足取り重く
2017年3月9日 / 03:52 / 8ヶ月後

アングル:福島原発事故6年、避難解除でも帰還の足取り重く

[浪江町(福島) 8日 ロイター] - 東日本大震災から6年──。ほとんど人けのない福島県浪江町では、壁がひび割れ、看板が落ちた店が建ち並ぶ暗い商店街を、トラックが時折猛スピードで通り過ぎて行く。

 3月8日、福島第1原発事故の放射能汚染で住民が町を去ってから6年近くが経過した今、福島県浪江町ではようやく人の気配が復活する兆しが見えつつあるが、帰還の足取りは重い。写真は震災で損壊した家屋。同町で2月撮影(2017年 ロイター/Toru Hanai)

近くでは作業員たちが損壊した家屋を修理している。震災の影響がほとんどうかがえない庁舎では約60人の職員が、元住民の帰還に向けてせわしなく準備している。そこからさほど遠くない場所で、イノシシ2匹が誰かの家の庭で食べ物を探して匂いを嗅ぎながら歩き回る。

浪江町で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

浪江町で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

震災による巨大津波が引き起こした東京電力福島第1原発事故の放射能汚染で、住民が町を去ってから6年近くが経過した今、ようやく人の気配が復活する兆しが見えつつある。

とはいえ第一陣としてこの町に帰還するのは、元住民2万1500人のうち、ほんの数百人にすぎないだろう。かつて種苗店を営み、町の復興計画に加わった佐藤秀三さん(71)はそう予想する。

「私は商売が種屋なので、まだ今は種をまく時期だと思っている」と佐藤さんは言う。「収穫は、まだまだ先かもしれないけれど、何とかかたちにしたい」

浪江町で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

浪江町で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

昨年11月以降、登録した住民は浪江町に泊まることが許されていたが、浪江町の一部を含む福島県内の4町村が、避難指示を3月末(富岡町は4月1日)に解除する政府案を受け入れたため、住民は特別な手続きを経ることなく町で暮らすことができるようになる。

福島第1原発からわずか4キロの浪江町は、2011年3月11日に震災が発生して以来、住民の帰還が許された地域としては同原発から最も近い位置にある。

しかし以前のような町に戻ることは決してないだろう。帰還が許されたとはいえ、放射能汚染により町の大部分が立ち入り禁止となっており、そうした地域では二度と居住できない可能性がある。

浪江町で1日撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

浪江町で1日撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

昨年9月に政府が発表した調査によると、元住民の53%が帰還しないと答えている。その理由として、放射能や廃炉作業に40年が見込まれる福島第1原発の安全性に対する懸念を挙げている。

<高齢者>

同調査では29歳以下の75%超が帰還する気がないと回答しており、浪江町の人口の多くがこの先、高齢者で構成され、子どもがほとんど存在しないであろう可能性を意味している。

浪江町の元住民である藤田泰夫さん。都内で1月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

浪江町の元住民である藤田泰夫さん。都内で1月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

「若い人は戻らない」と、浪江町の元住民で、現在は東京でレストランを経営する藤田泰夫さんは言う。「仕事はないし、子どもたちの教育もない」

藤田さんは、汚染土の中間貯蔵施設が置かれる隣町からそれほど離れていない場所に住みたくないと話す。

浪江町で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

浪江町で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

2月28日の浪江町役場の放射線量は毎時0.07マイクロシーベルトで、日本の他の地域とほとんど変わらない。

しかし近隣の富岡町では毎時1.48マイクロシーベルトと、都心部の30倍近い数値を示すところもあり、 今なお放射線量の高い「ホットスポット」の存在を浮き彫りにしている。

避難指示の解除には、年間の放射線量が20ミリシーベルト以下で、電気や水道、通信システムなどのインフラ、基本医療、高齢者介護、郵便事業などの復旧が条件となる。

<イノシシ狩り>

かつて小学校6校と中学校3校があった浪江町は、いずれ小中併設校を開校する計画だが、それまで子どもたちは当面の間、他の町の学校に通学する必要があるという。

浪江町で1日撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

浪江町で1日撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

病院は今月後半に開く予定だが、フルタイム勤務の医師は1人で、パートタイムの医師があと数人いるだけだ。

3月後半に開く予定の病院で、唯一フルタイムで勤務する木村雄二医師。浪江町で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

3月後半に開く予定の病院で、唯一フルタイムで勤務する木村雄二医師。浪江町で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

復興作業で雇用が生まれる可能性もある。馬場有町長は、研究機関やロボット開発企業を呼び込みたいと考えている。

ビジネスの先行きは短期的に明るいとは言えないが、朝田木材産業の朝田宗弘社長は、復興促進の一助となるべく工場を再開したと語る。

復興促進の一助となるべく工場を再開したという朝田木材産業の朝田宗弘社長。浪江町で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

復興促進の一助となるべく工場を再開したという朝田木材産業の朝田宗弘社長。浪江町で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

「売り上げは元の十分の一も無いぐらいだが、とにかく稼動することが第一ということでやることに踏み切った。誰も帰らなければ、町は消えてなくなる」と朝田社長は言う。

坂本正一郎さん(69)の仕事は一風変わっている。富岡町付近の住宅地にやってくるイノシシを狩るというものだ。有害狩猟鳥獣捕獲隊の隊長坂本さんと13人の隊員は、イノシシをわなで捕まえて空気銃で仕留める。

富岡町で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

富岡町で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

「最近、わが町にいるイノシシは人を怖がらない」と坂本さん。「お前らなんだ、というような顔で、私たちをギュッとにらみつける。もう完全にイノシシに私たちの町の領分を分捕られたという雰囲気だ」

一部の浪江町の元住民は、放射線量が低下し、福島第1原発の廃炉作業が進むまで避難指示は解除されるべきではないと語る。

ロイターのインタビューに答える浪江町の馬場有町長。二本松市で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

ロイターのインタビューに答える浪江町の馬場有町長。二本松市で2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

だが、今戻るか、さもなければ町が永遠に無くなってしまうと馬場町長は思っている。

「これ以上延ばすと、6年も経過しているので心が折れてくる。これ以上延ばすと、完全に町が無くなってしまう」

浪江町から避難した住民が暮らす二本松市の仮設住宅。放射線を測定するガイガーカウンターは毎時0.106マイクロシーベルトを示している。2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

浪江町から避難した住民が暮らす二本松市の仮設住宅。放射線を測定するガイガーカウンターは毎時0.106マイクロシーベルトを示している。2月撮影(2017年 ロイター/TORU HANAI)

 

福島県「ホットゾーン」への帰還

福島県「ホットゾーン」への帰還

(竹中清、笠井哲平、花井亨)

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」
0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below