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焦点:「貨物船員が交代できない」、コロナが脅かす海の供給網

[ロンドン/シンガポール 20日 ロイター] - 「大の男が声をあげて泣いていた」とテジンダー・シン船長は語る。彼自身、7カ月以上も陸地を踏んでおらず、いつ自分の家に戻れるかも定かではない。

 7月20日、 「大の男が声をあげて泣いていた」とテジンダー・シン船長は語る。彼自身、7カ月以上も陸地を踏んでおらず、いつ自分の家に戻れるかも定かではない。写真は4月、ロサンゼルス沖で入港を待つコンテナ船(2021年 ロイター/Lucy Nicholson)

シン船長は、「私たちは忘れ去られ、軽視されている」と言う。その声は、陸上で新型コロナウイルスの変異株「デルタ株」が蔓延する中で、海上で足止めを食らっている数万人の船員たちの嘆きだ。

「みんな、近所のスーパーマーケットの商品がどうやって補充されているか知らないんだ」

シン船長と、彼の部下である20数人の乗組員の大半は、洋上で東奔西走の長旅を続け、疲労困憊している。インドから米国へ、そして中国へ。中国では荷下ろしの順番待ちで数週間、混雑した沖合で停泊を続けた。現在彼の船はオーストラリアに向かっており、太平洋上からロイターの取材に応じた。

船員たちが船で過ごす期間は通常1回につき3ー9カ月だが、シン船長らを含む約10万人の船員たちは、その期間をはるかに越えて海上に足止めされている。国際海運会議所(ICS)の調べによるもので、多くは地上での休日を1日も取っていないという。これとは別に、陸上で足止めを食らい、乗船して収入を得ることができない船員が10万人いる。

世界の商業船員人口は170万人。その多くの出身国であるアジアの一部でもデルタ株は猛威を振るっており、多くの国は来港する船舶の乗組員が上陸することを拒否している。健康上の理由でさえ上陸を拒否される場合もある。ICSの推測では、船員のうちワクチン接種が済んでいるのは2.5%に過ぎない。

国連はこの事態を「海上における人道的危機」と表現しており、各国政府は船員をエッセンシャルワーカーに分類すべきであると指摘している。国際貿易の約90%が船舶によって輸送されていることを思えば、こうした船員らの危機は、石油から鉄鋼、食品、エレクトロニクス製品に至るまで、あらゆるものに関してわれわれが依存しているサプライチェーンにとっても大きな脅威となっている。

石炭を運搬するばら積み貨物船を指揮するシン船長はインド北部出身。近日中に陸地に上がれることは期待していない。前回の乗船期間は11カ月だった。インドとフィリピン出身の乗組員は、縦約4.5メートル、横約1.8メートルの広さしかない船室で暮らしているという。

「非常に長い期間、海上で過ごすのは辛い」とシン船長は言い、他船では自殺する船員が出ているという報告も耳にしたと続ける。

「何よりも答えに窮するのは、子どもに『パパ、いつおうちに帰ってくるの』と聞かれるときだ」と彼は船上で語る。

インドとフィリピンはどちらも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の荒波に見舞われている。世界の商業船舶の80%が加盟するICSのガイ・プラッテン事務局長によれば、商業船舶の乗組員の3分の1以上はこの2カ国の出身だという。

プラッテン事務局長はロイターの取材に対し、「乗組員の交代をめぐって、2度目のグローバル規模の危機が間近に迫っているという深刻な懸念を抱いている」と語った。1度目は2020年、数カ月にわたり乗船していた20万人の船員らが陸地に上がれなかった状況を指している。

<追い詰められる船員たち>

最新の状況を見ておこう。合計で9万人以上の船員が登録する船舶管理企業10社による非営利団体「グローバル海事フォーラム」がまとめたデータでは、今月、商業船舶の乗組員の約9%が、契約期間が過ぎているにもかかわらず船上に足止めされている。5月の時点では7%強だった。

船員の保護に関する国連条約の規定によると、許容される最長の契約期間は11カ月だ。

平時であれば、毎月平均5万人ほどの船員がローテーションで乗船し、同じく5万人が下船している。だが業界関係者によれば、正確な数字は存在しないものの、最近では交代している船員がごく一部に留まっているという。

こうした乗組員交代をめぐる新たな危機の原因は、韓国や台湾、中国といった世界最大級のコンテナ港湾の多くを有するアジアの海運大国が、乗組員の上陸について制限を設けていることにある。制限の内容は、特定国出身の、あるいはその国を訪問した履歴のある乗組員に対する検査の義務付けから、乗組員交代や係留作業の全面的な禁止までさまざまだ。

1万4000人の船員が登録する船舶管理企業シナジー・マリン・グループのラジェシュ・ウンニ最高経営責任者(CEO)は、「アジアは本当に苦しい状況にあり、通常の乗組員交代がある程度可能なのは日本とシンガポールくらいだ」と語る。

「問題は、契約期間が終了したので切実に帰宅を願っている船員たちがいる一方で、陸上には、生活費を稼ぐるために切実に船に乗りたがっている船員たちがいるということだ」

<グローバルブランドも警戒が必要>

国際運輸労働者連盟(ITF)が3月に行った調査によれば、この危機の影響で、商業船舶の船員のうち約半分が海運産業を去ることを検討しているか、この仕事を続けるかどうか決めかねているという。

そうなれば、労働力不足が生じる可能性が高まり、全世界で5万隻の商船隊の運用が制約され、グローバルなサプライチェーンにも綻びが生じる恐れがある。

消費財を運搬するコンテナ船の不足や世界中の港湾での渋滞は、すでに小売産業全体に影響を与えている。輸送費が過去最高レベルに上昇し、商品価格を押し上げているからだ。

「もとより乗組員が十分にいるわけではなかった。海運産業は非常に無駄の少ないモデルで動いている」と語るのは、船舶管理企業大手コロンビア・シップマネージメントのCEOで、船舶・乗組員管理企業の国際協会で代表を務めるマーク・オニール氏。

「今はさらに問題が重なり、新たに乗船可能な乗組員が減ってしまっている」

ITFのスティーブン・コットン事務局長は、船員たちは身体的・精神的に限界に近い状態にあると話す。

「業界の一部には、新たに乗船しようという船員は、パンデミック前に比べて最大25%も減っているという試算がある」とコットン事務総長。「すでにグローバルブランドに対しては、疲弊した船員たちがついに膝をついてしまう瞬間に備える必要があると警告している」

<ワクチン接種も後回しに>

インドにおけるCOVID-19はピークを過ぎたが、バングラデシュやベトナム、インドネシアなどの諸国は感染拡大への対応に苦慮しており、新たなロックダウン措置を実施している。

「感染状況が悪化する可能性は十分に考えられるし、あるいはまた、ミャンマー、ベトナム、インドネシア 、ウクライナといった船員供給の主力である国々でも同様の問題が起きれば、本当にどうにも回していけなくなるだろう」とオニール氏は言う。

ICS理事会のエスベン・ポールソン議長も、こうした深刻な評価に同意する。

ポールソン議長は6月のICS理事会の席上、「海運産業に関わって50年になるが、世界中の船員たちにあまりにも大きな影響を与えているという点で、乗組員交代をめぐる今回の危機は過去に類を見ない」と述べた。

船員の大半は開発途上国の出身で、本国では十分なワクチン供給の確保に苦心しており、海運産業関係者の接種優先順位は低いままだ。

ICSのプラッテン事務総長は、ワクチンを相当程度に利用できる国々の政府は船員らに対する「道義上の責任」があると語る。

同氏は、「米国やオランダが示した手本に倣い、自国の港湾に物資を運んでいる他国出身の乗組員にワクチン接種を行わなければならない。船員へのワクチン接種を優先扱いすべきだ」と言葉を続ける。

人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・アット・シー」のデビッド・ハモンドCEOによると、国連の海事機関である国際海事機関(IMO)の加盟国のうち55カ国が船員を「エッセンシャルワーカー」に分類している。

IMOによれば、最新の数値では加盟国60カ国、準加盟国2カ国が船員をエッセンシャルワーカーに認定している。

エッセンシャルワーカーに分類されていれば、船員の移動や帰国はもっと自由になり、ワクチン接種も受けやすくなるはずだ。

ハモンド氏は、他のすべての国もこうした措置をとるよう求めている。

「国際海運産業も含めた総額14兆ドル規模の海運サプライチェーンには、全体として、170万人の船員たちに対する十分な配慮ができていない」

(Jonathan Saul記者、Roslan Khasawneh記者、翻訳:エァクレーレン)

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