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焦点:銀市場にもレディット軍団、「急騰狙い」は成功するか

[ロンドン 9日 ロイター] - 米ワシントン州シアトル在住で飲食店勤務一筋のケリー・クレーカーさん(56)は今年3月以来、毎週自由に使えるお金の半分に当たる約100ドル(約1万1000円)をシルバーコイン購入につぎ込んでいる。オンライン掲示板レディット上で、来るべきインフレから身を守るために銀資産を買おうと呼び掛けるフォーラムに参加しているからだ。

 7月9日、米ワシントン州シアトル在住で飲食店勤務一筋のケリー・クレーカーさんは今年3月以来、毎週自由に使えるお金の半分に当たる約100ドル(約1万1000円)をシルバーコイン購入につぎ込んでいる。写真は6月、ワシントン州シアトルの自宅で購入した銀を手にするクレーカーさん(2021年 ロイター/Lindsey Wasson)

先の金融危機で自宅を失ったクレーカーさんは、フォーラムに集う「同志」の存在も力になっている様子。ロイターに「彼らは心強いし、自分たちが変化をもたらすと確信している」と言い切った。

空売りする機関投資家をこらしめるための集団行動で有名になったレディットの株式取引フォーラム「ウォールストリートベッツ」に触発される形で1月に登場したこの「ウォールストリートシルバー」の一部メンバーは、大量の買いによって市場の既成勢力を窮地に追い込み、不公正とみなす銀行システムの打倒につながると期待をかける。

市場専門家に言わせれば、こうした試みは不成功に終わる公算が大きい。銀の供給は潤沢だし、欧米の中央銀行は物価上昇率が今後も1桁台前半にとどまると想定しているからだ。

しかしバンカーたちの言い分は、この集団には通じない。

クレーカーさんは銀行システムに対する怒りを指摘。「金持ちになる『裏技』があるなら、私はそれを使うかもしれない。なぜなら表玄関は閉じられているからだ。バンカーなどの連中は基本的に、自分たち以外の誰にも玄関を開けようとしない」と訴えた。

ロイターは「ウォールストリートシルバー」のメンバー20人余りに取材した。彼らは自らを「シルバーバック(銀白色の背中をした)ゴリラ」、「猿人」と称している。ホームページには映画「猿の惑星」を模した画像が掲載され、「猿人は光り輝くモノを好む」との説明が見える。そして組織的な一斉購入という「攻撃」を行う。

このフォーラムを創設したのは、カナダのアルバータ州で両親と暮らす元自動車セールスマンのイバン・バユーキさん(24)だ。「今こそ目を覚まし、人々の手に権力を取り戻す時だ」というメッセージを投稿している。

銀の価格はオンス当たり約26ドル。だがフォーラムのメンバーは、インフレによって通貨価値が毀損し、銀の需給がひっ迫して価格は跳ね上がると考えている。中には延べ棒やコインを買っておけば、100%か1000%値上がりして、貴金属市場を牛耳る「ブリオンバンク」と呼ばれる大手金融機関に一泡吹かせられるとの声も聞かれる。

3月には、貴金属取引を支配する米投資銀行JPモルガン・チェースのダイモン最高経営責任者(CEO)を「くそ食らえ」と罵倒するメッセージも投稿された。

バユーキさんはロイターに「1年か2年で、この運動に数百万人が加わるだろう。そうなればブリオンバンクはお仕舞いになる」と語った。

<在庫ひっ迫懸念>

伝統的に安全な保有資産とみなされている金と銀は2019年以降値上がりしており、上昇率はそれぞれ約40%と約70%に達する。

フォーラムのメンバーが同調するのは、政府による多額の借金や紙幣増刷のために通貨価値が危うくなっているという世界中に広がっている見方だ。ドイツ在住のティム・ハックさん(23)は「毎日この(通貨という)爆弾がいつ破裂するかと恐ろしくて仕方がない。銀と金は手に持っている時でさえも、本源的な価値を実感できる」と話す。

レディットの熱狂が銀市場にも波及したのは1月27日。当時ウォールストリートベッツには、十分な人数が集まれば銀をはるか彼方の高水準に押し上げられるとの複数の投稿が寄せられ、その1つは「市場を追い詰めろ」と扇動した。

さらに「運動」の勢いを加速させたのは、大手銀行が実際に保有していない銀を書類上で大量に取引し、本来の価格より低く抑え続けているとの主張がレディットで展開されたことだった。

ある意味でこの意見は正しい。ニューヨーク先物市場だけでも約8億オンスに相当する銀取引の約定が交わされており、それは取引所の登録現物量の2倍以上で、実際に全て受け渡されるわけではない。もう1つの主要拠点であるロンドンで売買される銀のほとんども借りたものだ、とバンカーやトレーダーは話す。

もし全ての「玄人」投資家が紙の上で保有する銀の現物決済を求められたとしても、現実に手に入るだけの量は存在しない。このシステムが成り立つのは、ほとんどの買い手が現物を求めていない投機筋や鉱業会社、宝飾業者であり、リスクヘッジを目的としているからだ。

ウォールストリートベッツへの投稿後には、ブラックロックが運用する銀ファンドにおよそ30億ドルが流入。ブラックロックは、3日間で銀保有を1億オンス以上増やしたと発表し、銀の卸売価格は20%近く跳ね上がった。

ブラックロックが在庫のほとんどをロンドンで確保したことで、ロンドン貴金属市場協会(LBMA)は、ロンドンから銀がなくなる懸念があると表明した。

<永久に家族>

大手のプレーヤーが銀市場に影響力を行使しているというレディット上の意見も正しい。使われる方法の1つに「スプーフィング」、つまり実際の約定を終える前に「見せ玉」として架空の売りや買いの注文を出す手がある。

昨年にはJPモルガンが、従業員が貴金属と米国債の取引でこのスプーフィングを行ったとして米当局から9億2000万ドルの罰金を科された。

もっともスプーフィングが及ぼす影響はほんの数秒か数分だ、と元貴金属トレーダーのロス・ノーマン氏は話す。

一方、レディットの投稿をきっかけにした1月の銀市場のスクイーズ(空売りの強制的な買い戻し)は3日続いたが、ウォールストリートベッツ上の関心が株に戻ると銀市場は再び静かになり、2月上旬以降で銀価格は1ドル下がっている。

ただウォールストリートシルバーには情報、分析や写真、勇気づけのコメントなどが絶えることはない。レディットの3783番目に生まれたこのフォーラムは、1日当たり投稿数ではしばしばトップ20に顔を出すほどだ。

バユーキさんは新メンバーが投稿すると返事を出すことも多く、「あなたは今から永久に家族です」と歓迎している。

<勝つのはどちらか>

レディットのフォーラムに加わって銀を買う人は、非常に長い銀の供給ラインの最後に連なっている存在とも言える。毎年生産される10億オンス前後のうち、彼らが買う延べ棒やコインに利用されるのは4分の1程度にすぎない。残りの大半は、宝飾品や産業用に消費されていく。

だからスイスにある世界最大の金・銀精錬会社バルカンビを経営するミカエル・メサリク氏によると、小口投資家が市場を追い詰めることができると考えるのは「全くの間違い」で、せいぜい一時的に需給を引き締めるだけだという。

貴金属トレーダー兼ブローカー、ストーンXのアナリスト、ロナ・オコネル氏は、銀のコインや延べ棒の価格は確かに持ちこたえると予想する。インフレが価格を押し上げるとともに、電子部品や太陽光発電パネルなどのメーカーからの需要も増えそうだからだ。しかしオンス当たり1000ドルになるというような予想は論外だと切り捨てた。

ロイターが4月に実施した調査でも、市場関係者39人のうち来年に銀価格が平均30ドルかそれ以上になると回答したのはわずか7人にとどまり、最も高い平均価格予想でも44ドルだった。

とはいえフォーラムのメンバーに動揺の気配は見えない。クレーカーさんはインフレや通貨供給量などの経済データを熱心に読み取る作業を開始。「怪物がもうそこまでやってきている。武器を研ぎ澄ませるつもりだ」と語った。

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