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コラム:毎日指し値オペの裏にある日銀の本音は何か=鈴木明彦氏

[東京 9日] - 日銀は4月27日、28日の金融政策決定会合で、0.25%での連続指し値オペを原則として毎営業日実施することを決めて、金利上昇を容認しない姿勢を鮮明にした。

 5月8日、日銀は4月27日、28日の金融政策決定会合で、0.25%での連続指し値オペを原則として毎営業日実施することを決めて、金利上昇を容認しない姿勢を鮮明にした。日銀本店前で2020年5月撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

決定会合前には10年最長期国債利回りの0.25%超えを容認との観測もあった中で、日銀はマーケットの催促相場には応じないという姿勢をはっきり示した。もっとも、この決定の背後には、金融政策正常化のチャンスがようやく到来しようかという時に、余計なことをしてその芽を摘んでしまうことは避けたいという思いもあったのではないか。

金融政策決定会合前のイールドカーブの形状を見ると、日銀が0.25%の上限を定めている10年金利が低く抑えられ、それより期間の長い金利がスティープ化するという屈折する不自然な形状になっていた。10年金利の上昇を容認して、イールドカーブを市場の実勢を反映した自然な形状にするという選択肢はおかしな判断ではないのだが、今それを行うことはさまざまな理由で難しかったようだ。

<為替理由にした政策変更、最悪の選択>

まず、「悪い円安論」が広がってしまったことが問題だった。為替を所管する鈴木俊一財務相までが、悪い円安論に理解を示すような発言をしていたが、為替水準を調節するために金融政策を変更することは、日銀としては最悪の選択だ。

1985年のプラザ合意後に円高が進んだ時は、経済の低迷を防ぐために長期にわたって低金利を維持させられ、その後のバブル景気をもたらす一因となった。この時は円高による購買力の拡大という面は考慮されることはなく「円高は日本経済にとって悪い現象」という価値判断が絶対的であり、日銀は政府の意向を受けて低金利を続けざるを得なかった。

今は、悪い円安という主張に変わっており、これまでの円高悪者説とは反対だが、特定の為替の水準に、日本経済にとって悪いというレッテルを貼り、金融政策を左右しようとしているという点では同じだ。ひとたび悪い円安論に乗っかって金融政策を変更すれば、円高が進んだ時には利下げを迫られることになる。

日銀は、2%の物価安定目標を掲げて、金融政策の方向性を決める基準にしている。そこに「悪い円安(円高)」という定義もあいまいな判断基準を加えたら、金融政策が混乱するだけだ。

そもそも、マーケットの期待に合わせて10年金利の上振れを容認したところで、為替が円高に動くことはない。プラザ合意以降の円高基調は2012年初めには終わっている。東日本大震災を契機に、日本が巨額の貿易黒字を持続的に計上することはなくなり、貿易収支が赤字になることも珍しくなくなった。

国際収支の基調がすでに変わっていたところに、異次元の金融緩和が登場して円安が一気に進んだ。今、日本の金利が多少上がっても、国際収支の基調が円高を示唆していない以上、円高方向に大きく進むとも思えない。

もし、日銀が市場の誘いに乗れば、さらなる金利上昇の容認を迫られることは間違いなかった。日米の消費者物価上昇率の違いを考えれば、日米金利差が縮まるはずもなく、日銀はデフレ戦争に続いて円安との泥沼の戦いに陥ることになっただろう。

<5年に基準変更なら、長期金利急上昇へ>

インフレに火がついてしまった欧米の轍(てつ)を踏まないように、金融調節を早めに修正するという選択肢がないわけではなかったが、無理はできなかった。

オーバーシュート型コミットメントが続いている以上、正々堂々と金融政策を修正できるのは、消費者物価が安定的に2%の目標を達成して、その後もその水準を維持すると見通せるようになってからだ。4月の消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)は前年比がプラス2%程度になる可能性が高まっているが、まだ発表されたわけではない。

オーバーシュート型コミットメントが続いている以上、正々堂々と金融政策を修正できるのは、消費者物価が安定的に2%の目標を達成して、その後もその水準を維持すると見通せるようになってからだ。4月の消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)は前年比がプラス2%程度になる可能性が高まっているが、まだ発表されたわけではない。

抜け道的な対応として、金利上昇を容認するアイディアはいくつか浮上したが、いずれも実行するにはやや無理がある手段だった。まず、10年金利の変動幅を0.25%から例えば0.5%に広げるということは、金融調節の現場に0.25%の小幅利上げという金融政策の変更以上に大きな裁量を与えることになり、問題であった。

誘導目標を10年金利から5年金利に変更するというのは、誘導目標でなくなった10年金利の急上昇を招く恐れがあり、危険だった。誘導目標を0.25%あるいは0─0.25%に引き上げるというのは利上げであり、金融政策決定会合の採決で反対が広がることは避けられそうもなかった。

無理をしてまで金利の上昇を容認しても、インフレ予防的効果が見込まれるわけではない。資源価格の高騰による物価の上昇に対して、金利の引き上げによるインフレ抑制効果は期待できない。

また、最近は円安が輸入価格の上昇を加速させているとはいえ、すでに述べたように、多少の金利上昇では円を上昇させて物価を抑制する効果は期待できない。

<景気の先行きに不穏な動き>

金利上昇にインフレ予防効果が期待できないだけではなく、景気動向からも金利上昇はリスクを伴う。

日銀は、景気について「一部に弱めの動きもみられるが、基調としては持ち直している」と判断しており、先行きについても回復していくとみている。しかし、持ち直していると言っても回復力は弱い。今月発表される2022年1─3月期の国内総生産(GDP)はマイナス成長が見込まれる。今後も資源価格高騰のマイナス効果が続く上、日銀にとっては不都合な真実だが、CPIが物価安定目標を達成するということは、実質所得の減少により消費が下押しされるリスクの増大を意味する。

円安是正はもちろんのこと、インフレ予防が理由であっても、金利の上昇を容認したタイミングで、景気が下を向いてきたとなれば、景気悪化の責任は日銀が負わされることになる。日銀としても2000年8月のゼロ金利政策解除失敗の再来は避けたいだろう。

<2%達成へ千載一遇のチャンス到来>

黒田東彦日銀総裁は、今は粘り強く金融緩和政策を続けていく必要があると述べている。しかし、物価上昇の理由は想定と違っていたかもしれず、金融緩和の効果が出てきたとも言えないものの、異次元金融を始めてから10年近くが経過して初めて、消費税率の引き上げが無くても2%の物価安定目標を達成するチャンスが巡ってきたわけだ。

黒田総裁は、2%の物価上昇が安定的に続く見通しになっておらず「金融緩和の出口を早急に探るということにはなっていない」と述べている。だが、次の経済・物価情勢の展望が発表される7月、あるいは10月には、CPIの実績値が2%の物価安定目標を維持し、政策委員の物価見通しが上方修正される可能性もある。

早急ではないにしても、金融緩和の出口を水面下で慎重に探しているはずだ。それだけに、マーケットの誘いに乗って、尚早な金融政策修正を行い、金融政策正常化の「千載一遇のチャンス」を逃すことはだけは、何としても避けたいはずだ。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載された内容です。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切なこと」(中央経済社)など。

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