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ブログ:フェンス越しにキス、キプロスで再会のシリア難民一家
2017年9月15日 / 05:46 / 6日前

ブログ:フェンス越しにキス、キプロスで再会のシリア難民一家

9月14日、シリア難民のAmmar Hammashoさん(34)は、1年以上離れ離れになっていた妻と4人の子どもと、キプロスでようやく再会を果たした。写真は、ニコシア近郊の難民受け入れセンターで、子どもの手に口づけするHammashoさん(2017年 ロイター/Yiannis Kourtoglou)

[Kokkinotrimithia(キプロス) 14日 ロイター] - シリア難民のAmmar Hammashoさん(34)は、1年以上離れ離れになっていた妻と4人の子どもと、キプロスでようやく再会を果たした。上部に鉄条網が張られたフェンス越しの、わずかな時間の再会だった。

内戦で破壊されたシリア北西部イドリブ県出身のHammashoさんは、ひざまずくと、高さ3メートルのフェンス越しに年長の3人の子どもの1人1人にキスをした。キプロスの首都ニコシア西部にある移民受け入れセンターの周りには、フェンスが張り巡らされていた。

フェンス越しに子供たちにキスするHammashoさん(2017年 ロイター/Yiannis Kourtoglou)

フェンス越しに子供たちにキスするHammashoさん(2017年 ロイター/Yiannis Kourtoglou)

きょうだいで一番小さいよちよち歩きのJumahちゃんは、妻のShamuosさんの腕に抱かれていた。Jumahちゃんは、2015年に空爆で死んだ夫婦の2番目の子どもの名から名付けられた。

Hammashoさんは、幼い娘のShamちゃんがフェンスの網目から伸ばしてきた手のひらにキスをした。Shamちゃんは、黒のワンピースにベルトをきゅっと締め、小さな白いジャケットを羽織って、ピンクのサンダルを履いている。

「警察官は、(難民の)数を数え終わるまで30分ほど待てと言っていたが、待ちきれなかった。フェンス越しに子どもたちが見えたので、こうやったんだ」と、彼は頭の上に両腕を伸ばして手を振ってみせた。

「子どもたちは走り寄ってきた。どうしても会って、心をあるべき場所に戻したかった」と、建設作業員のHammashoさんは語った。

(2017年 ロイター/Yiannis Kourtoglou)

(2017年 ロイター/Yiannis Kourtoglou)

再会が実現したのは10日だった。Hammashoさんの妻と4人の子ども──7歳、5歳、4歳と18カ月──は、300人のシリア難民とともに、小さなボートで24時間かけてトルコのメルシンからキプロス北西部に到着したところだった。シリア内戦が始まって以降、キプロスに1度に到着したものとしては最大級の集団渡航だった。

Hammashoさんは、家族がシリア脱出を試みていたことを知っていたが、いつになるかは分からなかった。

「ネットで約250人がキプロスに向かっているという情報を読んだ時、家族も来るに違いないと思った」と、彼は笑顔で語った。

キプロスに到着したシリア難民の子ども(2017年 ロイター/Yiannis Kourtoglou)

キプロスに到着したシリア難民の子ども(2017年 ロイター/Yiannis Kourtoglou)

Hammashoさん自身も1年前に似たルートをたどり、昨年9月6日にキプロスに上陸した。建設作業員として働き、何とか6000ドル(約66万円)を集め、家族をキプロスに呼び寄せるためにブローカーに支払った。

彼自身は現在、難民認定の一歩手前の「補完的保護」の対象となっている。

「15日か17日には、(家族を)戻してくれると言われた」と、難民受け入れセンターから約100キロ離れた海岸の町リマソールの狭いワンルームの自宅でHammashoさんは語った。

キプロス特有のギリシャ語方言が話せるHammashoさんは、言葉が分かり、友人がいるだけ恵まれている。2008年までの4年間、キプロスで働いていたためだ。

「2008年にここを離れた時、もう戻ることはないと思っていた。シリアに家を建て、結婚した。1.6ヘクタールの畑も買った」と、Hammashoさんは言う。

リマソールの自宅前に立つHammashoさん(2017年 ロイター/Yiannis Kourtoglou)

リマソールの自宅前に立つHammashoさん(2017年 ロイター/Yiannis Kourtoglou)

「昼夜を問わず働いたんだ。いま、まだ畑はあるが、家は跡形もなく壊された」

2番目の子どものJumahちゃんは、5歳になる前に空爆で命を落とした。シリアに残る選択肢はなかったと、彼は言う。

「シリアではいま、生活するのは不可能だ。家もない。子どもも失った。この手を血で汚したくない。分かりますか」

「パンを食べたければ、手を血で汚すしかない。ジハーディスト(聖戦士)になるか、アサド(大統領)か誰かに加担して、盗むか殺すかしかないんだ。もしそれに手を染めたらおしまいだ。いまのシリアでの生活はそんな状況だ。それができる人もいるが、私にはできない」

テーブルの上には、身元証明の書類が広げられ、新聞の求人広告欄が飛ばないようアラビアコーヒーのポットが上に置かれている。

彼のワンルームの部屋は小さい。Hammashoさんは、家族と新しい生活を始められるよう、家を探している。だが、いつか家族でシリアに帰れる日が来るまでの、一時的な滞在になると言う。

「(内戦が)終わりしだい、私はここを離れる。自分の畑に戻る。水をくむ機械があるし、水をやらなければならない畑もある。シリアは自分の国だ。祖国に必ず戻る」

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