May 29, 2019 / 2:34 AM / 25 days ago

コラム:「プライバシーゼロ」の恩恵と呪い

[ロンドン 22日 ロイター Breakingviews] - 「そもそもプライバシーなど存在しない。あきらめろ」──。サン・マイクロシステムズの最高経営責任者(CEO)だったスコット・マクニーリー氏が、誕生まもないオンラインショッピングの情報監視に対する苦情を一笑に付した20年前から、状況は大きく変わった。

 5月22日、20世紀の全体主義政権は、マスメディアを広い範囲で驚くほど効果的に利用した。思想統制に関心を持つ21世紀の政権は、それよりもはるかに強力、双方向で入念にパーソナライズされたメディアを利用できる。2015年撮影(2019年 ロイター/Dado Ruvic)

例えば欧州連合(EU)内では、このマクニーリー発言を検索するだけでも、以前より何回か多くキーを叩き、インターネット上でのプライバシーを少しだけ公に放棄しなければならない。

たいていの人は、言われるがままに同意のチェックを入れる。少なくともオープンな社会においては、マクニーリー氏は基本的に正しかったからだ。それはなぜか。2010年、当時25歳だったフェイスブック(FB.O)のザッカーバーグCEOが、部分的だが的確に説明している。

「人々は、より多くの種類や量の情報共有だけでなく、よりオープンに、より多くの人々と共有することに抵抗を感じなくなっている。社会的な規範も、時代とともに変化するものだ」と同氏は語っている。

創業者としてザッカーバーグ氏が率いるフェイスブックが、あれほど大きな成功を収めたことも、こうした洞察によって説明がつく。ソーシャルネットワークサービスの同社ユーザーは24億人。その圧倒的多数は、自分の私生活のかなりの部分を、友人や知人、企業やアイデアに飢えた連中と共有することに熱心か、少なくとも前向きである。

実のところ、ターゲット広告やプロパガンダを含むフェイスブック全体について、人々が実際にどのように考えているかは何とも言いがたい。どれほど多くのデータを自分が提供しているか、その情報がどのように用いられているかを理解するユーザーが増えるならば、不信感が高まるかもしれない。

顧客の中には、追加料金を払ってもいいからプライバシー保護を強化し、パーソナライズ広告を減らしてほしいという人もいるかもしれないが、フェイスブックはそうした選択肢を提供していない。

完全にフェイスブックと縁を切る人もわずかながらいるが、それもほとんど意味は無い。貴重な社会サービスの提供という点で、フェイスブックはほぼ独占状態にあるからだ。

反フェイスブック活動家の多くは、プライバシーが非常に重要だと考えている。たとえば、当初はザッカーバーグCEOのビジネスパートナーだった共同創業者のクリス・ヒューズ氏は、最近ニューヨークタイムズに寄稿したフェイスブック分割を主張する論文で、プライバシーの問題について何度も言及している。

だが、仮にフェイスブックが分割され、後継企業に今までより厳しい規制が行われたとしても、インターネットにおけるプライバシーの問題がすぐに解決に向かう可能性は低い。

ルールがどのようなものであれ、常に矛盾は生じるだろう。プライバシーに関する絶対的な権利のようなものは存在しないからだ。

人々は、定義上公的な共同体の中で暮らしており、どのような社会でも秘密には制限が設けられている。インターネット社会の境界は、まだ固まっていないが、ここまでプライバシーに踏み込むことのなかった時代に逆戻りすることは、とっくに手遅れだ。

ビッグデータという新たな蓄積は、企業や政府だけでなく一般市民にとってさえ、捨ててしまうにはあまりにも有益である。

もちろん、顧客は無際限な情報共有を望んでいるわけではない。

例えば、自分のクレジットカード情報が犯罪者に知られないようにしたいと考えている。だがプライバシー問題の大半は、平均以上の知識を有する顧客がプライバシー関連の判断に費やそうとする時間や専門能力をはるかに超えたレベルにある。

無理からぬ話だが、そうした顧客でさえ、今はEU一般データ保護規則に基づいて所定のボックスにチェックを入れて情報提供に同意し、最善の結果を祈るだけなのだ。

インターネット上のプライバシーに関する判断はすべて専門家によるアドバイスを必要とするし、政治的な勇敢さが必要になる場合もある。特にネット上での「真実」衰退を後押しする勢力は、彼らにとって最も貴重なツールの1つ、つまり何百万ものユーザーの詳細な情報を、容易に手放そうとはしないだろう。

ただし念のため、虚偽情報の驚くほど急速な増大がここまでひどくなった主な要因が情報共有だというわけではない。

問題の中心はイデオロギーだ。テクノロジー業界幹部のあいだでは、人間の合理性を信頼してしまう、あるいは、人々の意見についても競争原理が働くことで真実が守られると信じてしまう人があまりにも多かった。後者のグループに属すマクニーリー氏は、「怒れるリバタリアン」を自称している。

こうした考え方が、集団思考や欺まんの力について、もっと現実的な理解を持つ人々をインターネットに引き寄せてしまった。

こうした現代におけるプロパガンダの天才たちは、詳細な個人データにアクセスできることに胸を躍らせた。彼らは、自らの主張やイメージを、各ユーザーの嗜好や所得、政治的意見に合わせて調整することができたのである。

巨大インターネット企業が十分に成長し、リバタリアン的なユートピア幻想から脱却したとはいえ、すでにこうした手口がしっかりと確立されているため、規制は容易ではない。目に余るデマ発信者をネットから排除することはできても、もっと気づきにくいが、同じくらいタチの悪い政治運動や商業広告を抑制することははるかに難しいだろう。

感情のこもった「半真実」への抵抗力が最も弱いユーザーを見つけることは簡単なのだ。

だが、個人情報の利用者として最も恐ろしいのは、こうした政治的、商業的なハイエナたちではない。最大の危険をもたらすのは、国内の政府当局だ。インターネットにおける個人識別可能なデータ奔流の前では、国家権力に対する伝統的な歯止めだけでは不十分であることが明らかになっている。

恐ろしい実例の筆頭は、中国だ。

民間企業に協力を義務付けることにより、中国政府当局は、反体制派、あるいはその予備軍とみなされる膨大な数の人々を監視しており、彼らの移動や通信、購入行動は一段と制限されている。新疆地域では、ネット上の思想犯罪が摘発されれば、同地域内の「再教育キャンプ」の1つに収容される恐れがある。

20世紀の全体主義政権は、マスメディアを広い範囲で驚くほど効果的に利用した。思想統制に関心を持つ21世紀の政権は、それよりもはるかに強力、双方向で入念にパーソナライズされたメディアを利用できる。こうした手段があれば、まさしくプライバシーなど、ほとんどゼロとなるだろう。ボックスにチェックを入れるだけであきらめることはできないだろう。

*筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)

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