[6日 ロイター] - 米電気自動車(EV)大手テスラが掲げる2030年までに年間販売2000万台という目標は、「ドライ電極」と呼ぶ技術を使った先駆的な電池にかかっている。電池のコストを半減し、最新のスポーツ多目的車(SUV)「モデルY」の販売価格を引き下げる可能性がある。しかし、社内事情に詳しい関係者を含む電池の専門家らによると、生産工程で壁に直面しており、同社が目指す年内の量産化は難しそうだという。
<セルの大型化が貢献>
テスラが開発中の新型リチウムイオン電池「4680」は、その名の通り円筒型のセルの直径が46ミリメートル、高さが80ミリメートル。体積が従来の5.5倍と大容量で、現行の電池「2170」よりエネルギー密度の向上が期待されており、電池パック1つに使うセルの数を減らすことができる。さらに、製造ラインの中で大きな部分を占める電極の乾燥工程を必要としない。社内事情に詳しい複数の電池専門家らによると、電池のコストを現行の「2170」の半分に、「モデルY」の米国販売価格を8%以上引き下げる可能性がある。
電池のコストはEV製造費の中で最も大きく、安く高性能なパックを作ることが、価格面で内燃機関車と勝負できるEVを生産する鍵となる。テスラはEV用電池を自社生産する数少ない主要自動車メーカーの1社で、「モデルY」のセルを米国内の工場で作ることによって、競合他社のSUVが資格を失う可能性があるバイデン政権のEV減税を享受できる。
イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は今年8月、2022年末までに「4680」を量産する見通しを株主に伝えた。投資家の多くは、電池コストを下げつつ性能を向上させることは、テスラがEVを2万5000ドルで販売しながら利益を確保する時代の扉を開くのに重要だとみている。
しかし、肝となるドライ電極を使ったセルの量産が容易には確立できていないと、専門家らは指摘する。新しい技術で未検証のため、品質を安定させながらコスト削減効果が得られるところまで生産規模を拡大するのに苦労していると、専門家らはロイターに語った。同社に近い専門家は、「大量生産の準備がまだ整っていない」とした。
ロイターは電池の専門家12人に取材。9人はテスラの社内事情に詳しく、うち3人はテスラの新旧バッテリー技術を分解して内部まで調べている。彼らはテスラが製造工程を年末までに完全に導入することは難しく、おそらく2023年まで不可能と予測している。
リチウムイオン電池を発明した1人で、2019年にノーベル賞を受賞したニューヨーク州立大学のスタンリー・ウィッティンガム教授は、マスク氏が商業化の時期を楽観視しすぎているとみる。「マスクCEOは問題を最終的に解決するとは思うが、彼が望むほど早い時期ではない」と、同教授は言う。「テストには時間がかかるだろう」
ロイターはテスラに見解を求めたが、応じなかった。
専門家らによると、テスラはこれまで「モデルY」向けの電池コストを2000ー3000ドル削減したが、テスラが2年前に「4680」を発表した際に計画していた半分にとどまる。しかも、その多くは「2170」よりセルが大きいという設計上の利点から来るものだという。
<大量の不適合品>
コストを下げうる最大の原動力は、マスクCEOが革命的だが実行が非常に難しいと表現したドライ電極の技術にある。関係者によると、製造コストを大幅に削減することで、テスラが目指す5000ー5500ドルのコスト削減の半分をドライ電極の技術で実現できるはずだという。
テスラは19年、カメラのストロボなど瞬間的に大きな電力が必要な機器向けに蓄電池のキャパシターを作るマックスウェル・テクノロジーズ(カリフォルニア州サンディエゴ)を2億ドル超で買収した。テスラは今年、同社のドライ電極技術を使って「4680」のセル生産を開始した。カリフォルニア州フレモントの工場近くで試験的に開始し、今はテキサス州オースチンの新たな本社で製造している。
従来の電池はバインダー(接着剤)と呼ばれる液体でニッケルやマンガン、リチウムなどの電池材料を金属箔に塗布、巨大なオーブンで乾燥させ、筒状に巻いてセルにしていた。新たな技術では液体をほぼ使わずに塗布する。乾燥工程が不要な上、バインダーの蒸発時に発生する有害な溶剤を回収して処理する必要もなく、大幅なコスト削減につながる。テスラは投資を3分の1に、工場の設置面積とエネルギー消費量を10分の1に削減することができると発表している。
しかし、同社はこのプロセスを商業ベースに乗せることに苦心している。マクスウェルの技術は小型機器向けが主で、EV用電池ははるかに大きく厚いため、大量生産の速度で品質を維持しながら材料を塗布することが難しい。「少量生産は可能だが、大量生産を始めると、多くの不適合品が出来てしまった。実に多くの」と、事情に詳しい関係者の1人は言う。
足元で上昇する材料やエネルギーコストの上昇もリスク要因に浮上している。それでもセルが大きくなり、生産工程の問題が解決すれば、「4680」の電池パックの製造コストを5000ー5500ドル下げ、「2170」のおよそ半分になると関係者らは話す。
「4680」はこの先しばらく「業界最高クラス」になるだろうと、関係者の1人は言う。すべてはテスラがドライ電極の製造工程を工場で首尾よく展開できるかどうかにかかっていると、同関係者は語る。
(白水徳彦 Paul Lienert 編集:David Clarke 日本語執筆:久保信博 編集:橋本浩)
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