[スリン(タイ) 2022年9月9日 ロイター] - タイ北東部に位置するバーンタークラン村。シリポーン・サプマックさん(23)の1日は、飼っている2頭のゾウの様子をSNS上でストリーミング配信することから始まる。家族とゾウたちが生きるのに必要な収入を得るためだ。
シリポーンさんは学生の頃からゾウの世話をしてきた。エサのバナナを与えると、自宅の裏を歩き回るゾウたちに携帯電話のカメラを向けてその様子を配信し始めた。ティックトックやユーチューブでのライブストリーミング配信を数時間やれば、約1000バーツ(約3900円)の寄付が集まる。それでも、2頭のゾウの1日分の餌代にしかならないという。
<コロナ禍、ゾウ観光も直撃>
ライブ配信は一家にとって新たな収入源だが、安定性には欠ける。シリポーンさんの家では、コロナ禍以前はタイのパタヤ市内でゾウのショーを演じて生計を立て、果実の販売を副収入としていた。
サプマック家のようなゾウの所有者は国内に数千人。コロナ禍が観光ゾウ園に大打撃を与え、海外からの観光客が実質的にゼロになる中で、サプマック家も故郷の村に戻らざるを得なかった。海外からタイを訪れる観光客は、2019年には4000万人近くを数えたが、2021年はわずか40万人だった。
ストリーミング配信をしても寄付がまったく集まらない日もある。シリポーンさんのゾウたちは腹を空かせている。
「観光客に戻ってきてほしい。そうなれば、もうこういうライブストリーミングはやらないと思う。以前の仕事に戻れれば、安定した収入を稼げるようになり、ゾウのエサにする草も買える」
タイ野生動物愛護財団の創設者であるエドウィン・ウィーク氏は、タイで飼われているゾウのうち少なくとも1000頭は、もっと観光客が戻ってくるまで「十分な収入」を得られない状態が続くと予想する。公的機関によれば、タイには飼育されているゾウが約3200─4000頭、野生のゾウが約3500頭いるとされる。
ウィーク氏は、こうしたゾウを支援するため、畜産開発庁が何らかの予算措置を講じる必要があると主張する。「さもなければ、大半のゾウ飼育世帯では、ゾウを生かしておくのが困難になるのではないか」とウィーク氏は話した。
<「家族同様」の存在>
ゾウ観光ビジネスの中心地であるスリン県バーンタークランの村の住人は、何世代にもわたってゾウの世話をしており、この動物を中心として生活を営んで来た。ゾウのショーとゾウ乗り体験は以前から観光客、特に中国人に人気を博していた。一方で、動物の権利擁護団体からは観光産業におけるゾウの扱いに批判が出ており、これを受けて保護区域内での観光ツアーが盛んになりつつある。
シリポーンさんの母親ペンスリ・サプマックさん(60)は、「ゾウは家族同様に私たちと結びついている」と語る。「ゾウがいなければ、私たちの将来はどうなってしまうのか。今日の私たちがあるのはゾウたちのおかげだ」
人間の飼育下にあるゾウを担当する畜産開発庁によれば、政府は2020年以降、ゾウ飼育の支援策として、飼料用の草を複数の県で合計50万キログラム配布した。
野生動物保護協会によれば、タイの国獣であるゾウは1頭当たり1日150-200キロのエサを摂取するという。
だが、シリポーンさんと母親は、これまで政府からの支援を受けたことはないと話した。畜産開発庁のソラウィト・タニート長官は、「これは国家レベルの大きな問題だ」と語る。
<出口の見えないトンネルの先は>
タニート長官によれば、政府はゾウとその飼育者を支援する計画を立てており、時期は明示しなかったものの、「予算措置を伴う対策が内閣に提案されるだろう」と語る。
ウィーク氏は、「当面、ゾウを輸送するトラックを手配できる余裕など誰にもない。観光地に戻ったとしても、仕事が十分にある保証はどれだけあるのか」と語る。ウィーク氏は、2023年にはさらに多くのゾウが生まれると予想しており、そのせいで飼育者が受けるプレッシャーも高まっているという。
ペンスリさんは、「稼げる日もあれば、ダメな日もある。食卓に載る食べ物が減っていく」と言う。
「このトンネルには、出口が見えない」
(Jorge Silva記者、Chayut Setboonsarng記者 翻訳:エァクレーレン)
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