[バンコク 28日 ロイター] - バンコク市内で「トゥクトゥク」(三輪バイクによるタクシー)の運転手として働くサムラン・タンマサさん(39)。新型コロナウイルスによるパンデミック以前には、K-POPのスターであるジェシカ・ジュンの名前などまったく聞いたことがなかった。
だが、観光需要が失われた今、サムランさんの生活を支えてくれるのは、この歌手を愛するタイ国内のファンたちである。
明るい緑に塗られた彼のトゥクトゥクは、この1年以上もの間、ほぼ空車のままだった。だがここ数カ月は様変わりした。ファンが資金を出し合うK-POPの広告を車体に掲示することで月約600バーツ(19ドル、約2013円)の収入を得られるようになった。
ビニールシート製のバナー広告に描かれたジェシカ・ジュンの画像を見やりながら、サムランさんは「収入が増えたといっても、世間的にはたいした額ではないかもしれないが、私たちにとっては大きい」と話す。
<トゥクトゥクにアイドル応援広告>
タイにとって非常に重要な観光産業はパンデミックにより壊滅状態だ。特に厳しい打撃を被っているのがバンコク名物であるトゥクトゥクの運転手たちで、人影の少ない街角で客を待ちつつ、増え続ける借金を嘆くしかない。
かつてのサムランさんは、市内で外国人観光客を運び、1日に約1500バーツ(47ドル)稼いでいた。だが2020年には入国者数が85%も減少し、サムランさんの稼ぎはほとんど無くなってしまった。この先数カ月、タイが現在の厳しい水際対策を緩和する見込みはない。
だが今年、予想もしなかった方向から助けはやってきた。政治的な不満を抱く一方で、K-POPに夢中になっているタイの若者たちだ。彼らは応援するアイドルの誕生日やアルバム発売を祝う広告を公共交通機関に掲出するのを止め、代わりにトゥクトゥクや路上の屋台といった草の根ビジネスに広告費を回すようになったのである。
K-POPファンの若者たちはここ数カ月、資金を出し合って、この街を象徴する乗り物であるトゥクトゥクに、お気に入りのアイドルのバナー広告を1カ月間単位で掲出している。これが困窮するトゥクトゥク運転手にとって新たな収入源になっている。
サムランさんをはじめ多くの運転手は、毎月さまざまなK-POP広告を掲出した空車のトゥクトゥクでバンコク中を走り回る。タイの若いK-POPファンは写真を撮ろうとトゥクトゥクを停め、乗車して、チップをくれることも多い。
<抗議参加を妨げた公共交通に反発>
これまで、こうした活動の恩恵に与ってきたトゥクトゥク運転手は数百人に上る。政府統計によれば、バンコク市内では9000人以上のトゥクトゥク運転手が登録している。
このトレンドの発端となったのは、昨年の反政府抗議活動だ。このときは数万人の学生が、クーデターの結果として権力を握ったプラユット・チャンオチャ首相の退陣を求めた。
K-POPファンの多くもこの抗議活動に参加していた。バンコクの高架鉄道や地下鉄にアイドルを応援するビルボード広告を掲出するのは、さまざまなファン組織の微笑ましい伝統だったが、昨年、今後はその膨大な広告費を出さないと宣言したのである。学生らが抗議活動の会場に向かうことを防ぐため、公共交通機関が一斉に運休したことへの反発だった。
ファンたちはビニールシートやプラカードにメッセージを印刷し、ガレージや街路にいるトゥクトゥク運転手に掲載を持ちかけた。誰よりも生活に困っている人々に広告資金を回したのである。
ピチャヤ・プラチャソムロングさん(27)は、「これは資本家たちを支持しないという政治的な意思表示だ。私たちファンは、かつては高架鉄道や地下鉄のビルボード広告枠を取り合って競争していたが、今やそれがトゥクトゥクに変わった」と語る。
ピチャヤさん自身も、韓国の男性アイドルグループ「スーパージュニア」のメンバーであるイェソンのニューアルバムを宣伝するため、同グループのファンに呼びかけて1万8000バーツ(565ドル)を集めた。そしてメッセージングアプリとして人気の高いLINE上での新たな予約サービスを使って、13台のトゥクトゥクを確保した。
<自分の収入を底辺層に還元>
LINE上で「トゥクアップ」と呼ばれるサービスを作ったのは、大学2年生のティティポン・ロハウェックさん(21)。もともとは家族が経営するガレージから車両を借りている数十人のトゥクトゥク運転手を支援する目的だった。今では、バンコク市全域で約300人の運転手を対象としている。
「K-POPファンは自分の収入を社会の底辺に還元している。それが社会改革と経済支援の力になっている」とティティポンさんは言う。
政府は約9670億バーツ(300億ドル)の救済資金を承認しているが、トゥクトゥク運転手らは、ほとんどその恩恵に浴していないと語る。ほとんどの場合、給付を得るにはスマートフォン用のモバイルウォレットを利用するしかないからだ。
「支援金が私たちのもとに届くまでには、干からびてしまう」と運転手の一人、パリオット・スクタムさん(54)は言う。他の運転手同様、彼もスマートフォンを持っていない。
「K-POPファンは私たちにとって生命維持システムで、頑張ろうという希望を与えてくれる」
(翻訳:エァクレーレン)
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