October 11, 2012 / 3:36 AM / 2 years ago

オピニオン:円高を許した日銀の重責と政府の使命=ジョルゲンソン教授

<行き過ぎた円高>

為替市場での円レートの過大評価が、日本経済の低パフォーマンスの主因であることは明白だ。日本銀行がより積極的な金融緩和策を講じなければ、この行き過ぎた円高は日本の潜在成長力にとって今後も大きな壁となり続けるだろう。

2008年の国際的な金融危機以降、円は対ドルの名目為替レートで1985年のプラザ合意前後に匹敵する勢いで上昇した。輸出や生産の落ち込みは、主要先進国の中で最も激しかった。

率直に言って、日銀はこのことに対して重大な責任を負っている。金融危機からほどなくして、米連邦準備理事会(FRB)に追随し、実質ゼロ金利政策を復活させたものの、資産購入を増やし量的金融緩和の観点でバランスシートを拡大し始めたのはようやく最近になってからだ。FRB、欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行(英中央銀行)は、2008―09年の金融危機の最中にバランスシート拡大の方向に大胆に舵を切っている。しかし、日銀は主要中銀の中では唯一、そうした動きに同調しなかった。その結果が、円レートの急上昇である。

日銀はその後遅ればせながら量的緩和に踏み出し、今年2月には消費者物価の前年比上昇率1%という事実上のインフレ目標を導入した。遅きに失したとまでは言わない。しかし、この程度で日本経済が2008年以降の円高で被った初期のダメージを修復できるかといえば、答えはノーだ。他の主要中銀、何よりFRBがより積極的な量的緩和を推し進めていることを考えれば、日銀の政策は不十分としか言いようがない。

資産バブルの発生リスクなど量的緩和の副作用をめぐる懸念があることは私も理解している。しかし、現実の問題として、FRBが9月に発表した量的緩和第3弾は実施期間について期限を設けないという極めてアグレッシブなものだ。円高の長期トレンドを逆行させようとするならば、日銀に躊躇(ちゅうちょ)している暇はないはずだ。

<製造業凋落の主因>

むろん、ゼロ金利下での金融政策の効果を疑問視する声があるのはうなずける。だが、主要国の中で日本に限っては、量的緩和不足が(円高を招き)経済成長を阻害していることは明らかである。

企業の収益悪化の主因をマネジメントの失敗に求める声も多いようだが、それも間違いだ。たとえば、日本の電機メーカーの大半は、円がこれほどまでに過大評価されていなければ、アジアのサプライチェーンの中でもっと役割を拡大できていただろう。これら輸出セクターが、金融危機以降の日銀の失策で最も酷い被害を受けたことは明白だ。言い換えれば、日銀がより強力な金融政策を推進するようになれば、彼らが取り返せるものも大きい。

日本企業はいまだに素晴らしい技術と洗練された製造ノウハウ、そして能力の高い人材を有している。アジアのサプライチェーンの中でより良いポジションを確保できれば、韓国や台湾の企業を相手にもっと効果的に戦うことが可能なはずだ。その意味では、私は日本企業の将来をさほど悲観していない。

しかし、円の過大評価を是正する措置なくして、輸出企業のトップに起死回生策を期待するのは酷というものだろう。彼らは、金融政策を担っているわけでも、お札を刷っているわけでもない。電化製品や部品を作っているのだ。たとえば、ソニー(6758.T)の現実の競争相手は、米アップル(AAPL.O)ではなく、韓国のサムスン電子(005930.KS)だ。

幸い、世界は今、経済危機的な状態にはない。むろん、中国、インド、欧州の経済は減速の兆しを示しているし、米国の景気は恐らく横ばいの状態がしばらく続く。しかし、先の金融危機のような事態が再発するリスクは現時点では低いし、世界経済は低成長のステージにいるだけだ。日銀が正しい政策へとシフトを図るのに遅すぎはしない。

<成長戦略に欠けている論点>

最後に成長戦略に触れておく。私は今こそ日本が構造改革に着手すべき絶好のタイミングだと考えている。

確かに、日本は「失われた20年」をもたらした経済・財政上の問題をいまだに解決できたわけではない。しかし、だからといって、成長のための構造改革を先送りする理由にはならない。構造改革がなければ、今年7月に閣議決定した「日本再生戦略」の中で「望ましい経済成長」として掲げた実質成長率2%(2020年度までの平均)など実現できないだろう。

日本が構造改革すべき分野は明白だ。誰もが同じリストを持っている。たとえば、国際通貨基金(IMF)は、女性や高齢者の労働参加率向上、労働市場改革、移民受け入れの強化、保護対象業種の開放(規制緩和)といった政策を推奨している。いずれも日本国内で過去に何度も議論されてきたことだ。

IMFの提案のうち、私は、最後の項目である規制緩和が日本の将来にとって最も役立つものだと考えている。IMFは対象業種に農業とサービスを挙げたが、私は卸売業や小売業を特に強調したい。日米間に存在する生産性ギャップの大半は、商業・サービス分野に集中している。これらの分野は、構造改革の最初のターゲットにすべきだ。

日本の商業・サービスは、県その他の地方自治体レベルの規制によって、(自治体の境を越えた)国内競争からある程度守られてきた経緯がある。この仕組みの形成は実は終戦直後にまでさかのぼる。何百万人という戦地からの引き揚げ者に対する雇用創出という側面もあったろう。しかし、少子高齢化が進む日本は今後、ただでさえ労働力不足に直面することが確実であり、これらの壁はその観点からも取り払われるべきだ。

この解決策に、欧州連合(EU)が域内サービス市場の活性化を目指して掲げていた「本国法主義」の原則を応用してはどうだろうか。この原則は欧州できちんと実行されたわけではないが、簡単に言えば、本国で認可されたサービスは他の加盟国の認可を得ることなく提供しうるというものだ。

これを日本国内の文脈で語れば、ある企業のサービスが出身自治体で認可されれば、他の自治体で改めて認可を取らずとも全国で事業展開できるというものだ。こうした改革は、何より中小企業にとって重要である。日本の国内総生産(GDP)の過半を生み出す商業・サービス分野の主力プレーヤーは、中小企業なのだ。

強いものが生き残る。要するに、そういうことだ。成功した中小企業は日本各地で新しい大きな商機にどんどん挑める一方で、成功できなかった中小企業はライバルへの事業売却などを通じて退出が容易になる。こうしたシンプルかつ率直なアプローチによって、日本にとって極めて重要な商業・サービス分野の競争は促進され、イノベーションと生産性の向上が図られるはずだ。

(聞き手:麻生祐司)

*本稿はデール・ジョルゲンソン氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

*デール・ジョルゲンソン氏は米国の経済学者で、ハーバード大学名誉教授。計量経済学会会長、米国経済学会会長、米国学術研究会議経済政策部門(STEP)委員長などを歴任。スウェーデン王立科学アカデミー、全米科学アカデミーなどの名誉会員。計量経済学における功績から、ノーベル経済学賞の候補として報じられたことも多い。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

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