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コラム:リフレ政策は本当に無意味なのか=武者陵司氏

[東京 29日 ロイター] 日本では、知識層ほど、米国の積極的な量的緩和政策の効果について懐疑的な目で見る人が多い。そればかりか、米国経済の中長期の潜在成長力についても、特に2008年のリーマンショック以降、観念的な悲観論を耳にする機会が改めて増えてきた。

10月29日、武者リサーチの武者陵司代表は、日本経済低迷の打開には「適度なインフレこそ最良の構造改革」であるという発想が必要と説く。提供写真(2012年 ロイター)

しかし、自国の病状を理解する中央銀行が適切な手当てを施しているという意味では、米国はましだ。経済低迷の全責任を金融政策のみに帰する「日銀犯人説」に100%同調するつもりはないが、その一方で政府の構造政策のみに打開策を求める論調にも到底納得できない。筆者は、むしろこの局面では金融政策こそ大きな役割を果たすべきだと考えている。

<壊れた所得再配分チャネル>

重要なことは、まず(米国が二の舞を踏むことを恐れている)日本型デフレの症状を改めて直視することである。

日本経済の長期停滞の最大の特徴は労働賃金の下落にあるが、これはもっぱら日本の特殊事情に因るものだ。過去20年余りの経済協力開発機構(OECD)の労働関連統計を見ると、日本の労働生産性は1990年のバブル崩壊後も先進主要国の中で決して見劣りしないパフォーマンスをあげているが、労働賃金は日本だけが90年代半ばに下落に転じている。

常識では賃金は生産性向上に伴って上昇するはずなので、これは奇妙な現象である。どうして日本では長期にわたってその因果関係が全く働いてこなかったのだろうか。ヒントは、教育、運輸、住宅、医療・ヘルスケア、娯楽などの内需型サービス産業の雇用停滞にある。日米独英の製造業と非製造業の雇用数推移を見ると、日本だけが非製造業の長期的な雇用停滞に陥っていることが分かる。

原因がサービス価格の低下にあることは明白だ。たとえば、日米の物価をいくつかのセクター別で比較すると、衣料、自動車、通信に関しては両国ともほぼ同じように下落傾向で推移している一方で、前述した内需型サービスの価格は日本では低下もしくは横ばいで推移し米国では上昇している。

これは何を意味するのか。40年ほど前、日本で「生産性上昇率格差インフレ」という議論がなされた。異なる産業間で賃金水準が同様に上昇するには、生産性の上昇率が低い産業においては賃上げを可能にするインフレが必要であり、実際低生産性セクターのインフレ率は高くなるという議論である。

日本に限らず、内需型サービス産業の生産性の伸びは総じて低い。よって、ハイテクなどの高生産性セクターの賃金水準に近づいていくメカニズムが作用する過程では、生産性の伸びの劣位を補完するインフレ、すなわち値上げが行われることになる。これは、見方を変えれば、生産性の伸びは高くないが国民生活に必須の産業への所得配分がなされていると言える。

ところが、日本では、この所得配分の最良のメカニズムが機能しなくなっている。サービス価格デフレによって内需産業に所得は配分されず、同産業の賃金も雇用も需要も停滞傾向を強める状況に陥っているのだ。

<構造改革の幻想>

改めて指摘するまでもなく、アップルやグーグル、フェイスブックなど今をときめく高生産性企業群が技術革新やグローバリゼーションの波に乗り生産性をさらに向上させ、いくら最高益を更新しようとも、生み出された付加価値(富)の恩恵に与れるのは人口のごく一握りだ。その富は、税・財政政策や適度なサービス価格インフレによって国民生活に必須の産業へ再配分される必要がある。

実は日本もかつてインフレの時期には、サービス価格の引き上げが容易であり、それによってサービス産業の収益拡大と従業者の給与上昇が実現された。しかし、デフレ下で価格競争が激化する中、サービス産業とそれに依存する地方産業の疲弊が進んだ。

日本の問題は、事ここに至っても、成長セクター(潜在需要があるセクター)への資源配分は構造政策の役割であり、金融政策の役割ではないという主張が根強いことだ。

ここでいう成長セクターの代表格は、教育、医療や娯楽といった内需型サービス産業になるのだろうが、デフレによって、そうした分野に最適資源配分がなされなくなっているのは先述ご案内した通りである。筆者も必要な構造改革は大いにやればよいと思うが、たとえば規制をいじるだけで所得再配分の経路が修復されるとの期待は楽観的すぎる。かつてのタクシー業界を見るまでもなく、デフレ下での規制緩和がもたらすのは、窮乏化である。

翻って米国ではこの15年余りの間に、生産性が大きく上昇し所得創造すなわち経済成長を牽引した製造・情報産業で雇用が大きく減少した一方、生産性があまり上昇したと思われない教育、医療、娯楽などの非製造業で雇用が大きく増加した。所得が前者から後者に向けて移転し、後者の雇用増を可能にする所得が確保され続けたわけだが、その主な経路はサービス価格インフレだ。

むろん、技術革新に因る生産性上昇を見込める産業がもはやなくなっている状況ならば、積極的な金融緩和策などを通じたリフレーション(リフレ)政策はマイルドインフレではなく、ハイパーインフレを招く恐れがあるので、お勧めしない。しかし、全体的に生産性は低迷傾向にあるとはいえ、日本にも製造・情報産業の中には、技術革新やグローバリゼーションの恩恵を受けている高生産性セクターは存在する。金融政策は循環政策で構造政策ではないという区別は学問上もっともだが、デフレが続く日本においては「インフレこそ最良の構造改革」であるという発想も必要ではないだろうか。

<中国発デフレ圧力の深刻>

もう一つ、大胆かつ創造的な金融緩和が急がれる理由に、中国発のデフレ圧力がある。

米国のデフレ圧力は敢えて言えば金融の話であって、実態経済に過剰な供給が存在するわけではない。資産価格の伸びが鈍化する中で、「貯蓄が美徳」と信じてしまっているために起こる現象だ。そもそも米国に染み込んでいる発想は「消費こそ美徳」。政策の方向付けいかんで緩やかに解決できるかもしれない。

しかし、中国のデフレ問題は違う。深刻な供給過剰が存在しており、同国市場が冷え込めば、海外にとんでもないデフレ圧力をばらまくことになる。

財政政策の余地が限られている現状では、主要国が取り得る最善の予防線は積極的な金融緩和しかない。この点、最も積極的なのは米連邦準備理事会(FRB)である。したがって、米国の株価は相対的に高い。一方、日銀は最近でこそ量的緩和に踏み出しているものの、相対的にはいまだ腰が引けており、片や政府もデフレ下での財政再建増税路線をひた走っている。需要創造に否定的な政策のオンパレードでは、日本の株式市場が最悪の状況にとどまっているのも頷けよう。

日本は不良債権や銀行の資本不足といった欧米共通の成長制約要因に直面していない。リフレ政策による需要創造余力は、実は先進国中最も大きい。報道によれば、日銀は30日の金融政策決定会合で、資産買入基金の規模を10兆円程度増額する公算が高いというが、是非その方向に進んでほしい。 金融緩和は、先の国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会での事実上のコンセンサスであり、日銀に何ら遠慮する必要はないのである。

*武者陵司氏は、武者リサーチ代表。1973年横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社。1987年まで企業調査アナリストとして、繊維・建設・不動産・自動車・電機エレクトロニクスなどを担当。その後、大和総研アメリカのチーフアナリスト、大和総研の企業調査第二部長などを経て、1997年ドイツ証券入社。調査部長兼チーフストラテジスト、副会長兼チーフ・インベストメント・アドバイザーを歴任。2009年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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