December 21, 2012 / 7:17 AM / 6 years ago

コラム:米国債バブル崩壊懸念と日本への波及リスク=竹中正治氏

[東京 21日 ロイター] 米国の10年物国債の利回りが1.6―1.8%程度と歴史的な低位水準にある。このことを米国経済の「日本化(長期低成長化)」の兆候と感じている方もいるようだが、とんでもない勘違いだ。

最大の違いは、インフレ率の相違が生み出す実質金利の違いだ。日本では依然として長期的なデフレ基調が抜けず、消費者物価指数の上昇率はゼロ近傍なので、10年物国債の名目利回りは0.7%と低いが、実質利回りも0.7%前後でプラスだ。つまり、将来転換する可能性は大いにあるが、これまでの日本国債の低利回りはデフレ基調に裏付けられてきた。

ところが、米国では消費者物価指数はリーマンショック後の2009年は一時的に前年比でマイナスになったものの、その後は2%前後で推移している。したがって、名目利回り(1.6―1.8%)からインフレ率を引いた10年物国債の実質利回りはマイナス0.2―0.4%となっている。

すなわち債券に投資してもインフレによる目減りを勘案するとマイナスのリターンしか得られないということだ。これは異常な事態であり、やがて転換局面が到来するだろう。問題はそれがハードランディング的な調整局面になるリスクが高いことだ。日本の国債市場も、その時点で多少でもインフレと円安基調に転換していれば、連鎖的な影響を受ける可能性もある。この点は今のうちから心しておいた方が良い。

<持続不可能な米長期債券の超低位利回り>

下の図をご覧頂きたい。図には10年物米国債利回り、政策誘導金利であるフェデラル・ファンド金利(オーバーナイト・レート、O/N)、両者の金利格差、そして消費者物価指数をベースにした10年物米国債の実質利回りを示してある。

長期国債の実質利回りが足もとでマイナスになっていることがおわかり頂けると思うが、こうした事態は50年遡っても、過去に2度しか起こっていない。過去の事例は、第1次オイルショックで消費者物価指数が前年比で10%を超えた1973―75年と、第2次オイルショックで同様の事態となった79―80年だけだ。当時はオイルショックで二桁インフレとなり、長期米国債利回りも急上昇した。ただし、こんな高いインフレ率は長期的には持続しないと投資家が判断したので、名目国債利回りはインフレ率ほどには上がらず、その結果、実質でマイナス利回りとなった。結局、インフレが鎮静化すると実質国債利回りはプラスに戻った。

ところが、2011年以降の今回は、消費者物価指数が前年比で2%前後という正常インフレ率の下で長期債券利回りが実質マイナスになっている。これはほとんど未曽有の事態だ。なぜだろうか。3つの理由が考えられる。

第一は、リーマンショックと戦後最大の不況を経て、投資家のリスク回避姿勢が強まり、株式などのリスク性資産から国債という「安全資産」へのシフトが生じているという解釈だ。実際、投資家の動向調査も「株から債券へ」という動きを裏付けている。短期・中期では投資家の心理は過度な楽観にも悲観にも振れる。過度な悲観局面では実質利回りマイナスの金融資産でも単に安全だからという理由だけで買われることはあろう。ただし、長期に持続することではない。

第二の理由は、米連邦準備理事会(FRB)が行っている超金融緩和、量的金融緩和政策(QE1―4)だ。ご承知の通り、フェデラル・ファンド金利をゼロ近傍に下げても景気刺激が足りない状況下で、追加的な金融緩和の効果を出すためにFRBは長期国債や住宅ローン担保証券(MBS)などを大規模に買い続け、マネーを供給してきた。

ゼロ金利下でも量的金融緩和で追加的な金融緩和効果が生じる理由をバーナンキFRB議長は、QE2に踏み切る前の2010年8月の講演で「ポートフォリオ・バランス・チャンネル」として説明している。

すなわちFRBが大規模に国債を買って市場から吸収することで、民間の経済主体のポートフォリオから国債残高が減り、ゼロ・リターンのキャッシュが増える。その結果、民間はポートフォリオのリスク・リターンを回復するために、社債、株式、さらには外貨金融資産などの保有を増やす。前者は国内の資産価格を底上げし、プラスの資産効果による消費増加をもたらす。後者はドル相場を下落させることで輸出を増やす効果があるという仕組みだ。

長期債券の実質利回りのマイナスは、この一連の量的金融緩和による効果が働いている結果だと考えることができる。すなわち最終投資家にとって長期債券の実質マイナス利回りは当然歓迎すべきことではない。そこでやむを得ず株式や不動産にも資金を向けることでポートフォリオ全体のリターンを維持しようとする。もっとも、株式の平均配当利回りは2%強(S&P500)である一方、10年物国債利回りは2%を割り込んで、双方が逆転している。これも異例な事態である。これは株式に向かう投資家の姿勢がまだ「しぶしぶ」あるいはためらいがちであることを示唆しているとも言えよう。

第三の理由は長短金利格差である。フェデラル・ファンド金利は0%近傍である一方、10年物財務省証券は低いとはいえ1.6―1.8%の利回りがあるので、銀行は短期調達、債券運用で利鞘を稼ぐことができる。銀行のこうした操作は資産負債両建ての取引であるから、最終投資家のようにインフレによる購買力の減少を気にすることもない。

図が示すように、長期国債とフェデラル・ファンド金利の間のプラスの利回り格差が拡大した時期は80年代以降で見ると4回ある。80年代半ば、90年代前半、2000年代前半、そして今回である。いずれの時期も景気刺激のために金融政策の基調が緩和的だった時だ。

<債券ブームが終わる時>

今の債券市場の異例な状態が超金融緩和政策の終了とともに終わることは間違いない。終わる時には長期債券利回りは急騰し(価格は急落し)、逃げ遅れた投資家は大きな損失を被ることになる。金融関係者には言わずもがなのことだが、期間の長い債券ほど利回りに対する価格の変化は大きくなり、10年物債券の場合、利回りが1.7%から2.7%に1ポイント上昇すると、価格は約8.7%下落する。

大規模な債券価格急落という事態は、90年代では94年から95年にかけて金融政策が緩和から引き締めに転じた時に劇的に起こった。当時フェデラル・ファンド金利は3%から6%まで引き上げられ、10年物国債利回りは5%台後半(94年年初)から8%近辺(94年第4四半期)まで急騰した。

当然のことながら、それまで長短金利格差で利鞘を稼いでいた金融機関の債券ディーラーは多額の損失を被った。日本と違って年俸制の雇用形態が主流だから、多くの債券ディーラーが失職した。もっとも、タフな連中はヘッジファンドに転職したり、自らヘッジファンドを立ち上げたりして90年代後半以降のヘッジファンド・ブームに一役買った。

2004年から05年にかけて金融政策が緩和から引き締めに転じた時は、フェデラル・ファンド金利の上昇幅に比べて長期債券利回りの上昇が著しく鈍く、債券価格の急落は起こらなかった。当時のグリーンスパンFRB議長はこれを「謎(conundrum)」と呼んだが、この時は日本や中国など経常収支黒字国から米国への大規模な資金流入が中長期の米国債に投じられたことが長期金利の上昇を抑制した大きな原因になっていることが実証研究で明らかになっている。

<長期債券市場はすでにチキンレース局面に突入>

12月12日の連邦公開市場委員会(FOMC)は現在の超金融緩和を持続させる目安として、1.目先のインフレ見通しが2.5%を超えない、2.失業率が6.5%へ低下するまでという2点を提示し、その継続期間については柔軟性のあるスタンスを示している。

したがって現在7.7%の米国の失業率が7%を割り込めば、金融機関や投資家は超金融緩和解除に向けたカウントダウンを始めるということだ。なにしろ逃げ遅れれば債券価格の急落という津波に巻き込まれるのだから。

ところが厄介なことに、この津波は債券から逃げようとする人々(投資家)の群衆行動自体が波となるので、多くの投資家が速く走るほど津波の速度も上がり、結局大半の人々は巻き込まれる運命にある。

もうおわかりだろう。今の長期債券市場は最後まで走り続ければ(=保有し続ければ)、崖から転落するチキンレースの局面に入ったのだ。金融機関の債券ディーラーがレースから抜けるのが早過ぎれば、その後の利鞘を失う。最後まで走り続ければ、崖から転落する(=債券価格の急落で損失する)。典型的なバブル局面がすでに始まっている。

米国の債券バブルが崩壊する時に、もし日本で安倍政権の下でデフレからインフレへの転換が起こっていれば、日本の国債価格の急落も重なる可能性が高い。インフレ率1―2%の下で利回り1%を割り込んだ長期国債を日本の投資家が保有し続けるはずはないからだ。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職、経済学博士(京都大学)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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