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コラム:「1―2%インフレ」なら株価はどこまで回復するか=竹中正治氏
2013年1月11日 / 08:47 / 5年前

コラム:「1―2%インフレ」なら株価はどこまで回復するか=竹中正治氏

安倍政権の下で日本経済がデフレ基調からマイルドインフレ(消費者物価指数で前年比1―2%)に転換できた場合、株価がどこまで回復するか簡単な試算をしてみよう。

前回(here)述べたとおり、マイルドインフレに転換した場合、長期国債利回りの上昇(価格の下落)は不可避であるが、それは経済にとっても投資家にとっても必ずしも悪いことではない。ポートフォリオの比率を債券から株式や不動産にシフトした投資家にとっては投資リターンの向上が期待できるからだ。逆に2012年までに株式から国債にシフトしてしまった投資家や、もともと国債に傾斜し過ぎている機関投資家にとってはマイルドインフレへの転換は災いになるだろう。

結論を先に言うと、今年の世界経済が再び景気後退に逆戻りするようなことがない限り、日本株の上昇余地は大きい。目先1―2年では東証株価指数(TOPIX)で1100(1月11日終値898)、日経平均で1万3000円台(1月11日終値1万0801円)、中期的にはその水準からさらに10―20%程度の上昇余地があるだろう。

<ファンダメンタルな価値との乖離と回帰を繰り返す>

金融・投資分野の方は承知のことだが、株価のファンダメンタルな価値とは企業が将来にわたって生み出す1株当りの純収益(キャッシュフロー)を投資家が求めるリターンを割引率にして計算した現在価値の合計である。したがって株価の変動は予想される将来の資本利益率(ROE)の変化と強い相関関係を持つ。ところが将来の資本利益率の予想は困難かつ不確実なので、現実の投資家の予想は直近の資本利益率に左右され、悲観的にも楽観的にもなる。このように考えるのが正しければ、株価の変動はその期の資本利益率と高い相関関係があるはずだ。

「金融・投資理論のとおりにはならないのが株式相場だ」と考えている方も多いだろうが、株価の短期変動の予想は困難でも、株式市場全体の趨勢的な動向はファンダメンタルな価値との乖離(かいり)と回帰を繰り返す。

実際にそれを示そう。1996年以降のTOPIX(年間平均値)の前年比と日本の一般企業全体の資本利益率(経常利益ベース、財務省法人企業統計「全産業(除く金融・保険)」)の相関関係を示したのが、下の散布図である。

統計学に馴染んでいない方にはやや専門的な話になるが、関連の強さを示す相関係数は0.77と高く、1に近い。図中の右肩上がりの直線は資本利益率(横軸)でTOPIXの変動を単回帰した近似線であり、資本利益率の変化がTOPIXの変化をどの程度説明しているかを表す決定係数は0.5959である。すなわち、この期間のTOPIXの変化の約60%は資本利益率の変化で説明できることを意味する。

ちなみに、資本利益率を税引き後の当期純利益をベースに計算しても同様の相関関係が確認できるが、相関係数は0.6まで下がる。当期純利益は特別損益の振れが大きく、経常利益よりも偶発的な変化が大きいためだろう。

<理論値で見た日本株の上昇余地>

08年のリーマンショック後の世界不況、さらに11年3月の東日本大震災を経て、日本の株価に対する投資家心理が過度の悲観に振れ、日本株は過少評価されていたとすれば、とりあえず株価はファンダメンタルな価値までは戻ると考えて良いだろう。

先の図に示した回帰式で経験則的な推測もできるが、ここはひとつ既述の株価のファンダメンタルな価値の定義(将来にわたる純収益フローの現在価値)に基づいた推計をしてみよう。

デフレ基調からマイルドインフレへの転換は当然ながら企業全体の名目純利益の成長率を押し上げる。投資家が株式投資に求めるリターン(期待資本利益率)が長期にわたり安定しているとすれば、マイルドインフレへの転換で将来にわたる名目純利益の成長率が押し上げられた場合、株価は上昇する。

ファンダメンタルな株価理論値の計算に際して、企業の存続余命を想定する必要があるが、とりあえず平均30年と想定して計算してみよう。純利益については当期純利益(税引き後)を使う。

ちなみに、90年代以降の全産業(ただし法人企業統計は金融・保険業界について長い時系列データを持っていないのでこの業界は除かれる)の当期純利益の趨勢的な伸び率は年率約6.5%だ。低成長、デフレ基調でも日本企業の純利益は伸びてきた。もっとも、株価の変化に大きな影響を与えるのは純利益伸び率の水準自体ではなく、その変化である。また、試算の起点は法人企業統計の詳細が発表されている11年とする(11年のTOPIX平均値822、日経平均なら同9445円が起点になる)。

株価理論値の計算はいたって単純で、11年度の資本利益率(当期純利益ベースで3.8%)を基準に将来30年間の純収益のキャッシュフローを作成し、その現在価値の総額すなわち株価理論値を求める(割引率は10%)。インフレ率が0%から1%に押上げられる場合は、純収益の成長率も1ポイント押し上げられると想定して計算し、株価理論値の変化を示すだけである。

消費者物価指数の1ポイントの押上げと連動して将来にわたる純利益の伸び率が1ポイント上がると、株価理論値は12.3%上がり、TOPIXでは923、日経平均では1万0611円がその水準に相当する。純利益の伸び率が2ポイントアップならば、株価の理論値は22.5%上がる。

この限りでは、昨年暮れ以降の株価の上昇は消費者物価指数1ポイントアップ程度の株価押し上げ効果をすでに概ね織り込んでしまったと言えるかもしれない。しかし、円安や景気回復による資本利益率の回復効果がこれに加わると、株価理論値はさらに上がる。

つまり、消費者物価指数の1ポイントアップに加えて、資本利益率が11年度の実績3.8%から1ポイント上がって4.8%になると、株価理論値は41.9%上昇し、TOPIXでは1167、日経平均では1万3403円に相当する。さらに、資本利益率が03―07年の平均値5.4%まで回復すると、株価理論値は59.6%上がり、TOPIXでは1312、日経平均では1万5079円に相当する。

この試算を逆に見れば、09年の世界不況後の日本株の低迷は、デフレ懸念とそれと相まった企業の資本利益率の低下で概ね説明できる。デフレ懸念について言えば、08年は消費者物価指数が前年比プラス1.4%まで上がっていたのだが、09年の世界不況で同年は前年比マイナス1.4%を経て、足もとでもほぼプラスマイナスゼロである。すなわち、08年以降の日本はいったんマイルドインフレに戻ってから再度デフレ期待に下方屈折したのだ。09―12年の株価はこの状態を織り込んでいたと考えられる。

<日本の株価上昇が遅れた諸要因>

ただしもう少し細かく見ると、企業収益に見るファンダメンタル面での改善基調は11―12年にかけ続いていた。それにもかかわらず09年の世界不況からの日本の株価の回復は米国やドイツに比較して大幅に遅れ、昨年12月の総選挙で安倍政権ができるまで株価に目立った回復が見られなかった。これはなぜか。

前掲の図を見て頂くと、10年から11年にかけて右肩上がりの動きとは逆に右下に移動していることがわかる。12年の企業業績はまだ出ていないが、企業収益は全体では目立った悪化を示していないのに株価のみ下がった。

その要因は次の5点にまとめられると思う。生保のソルベンシーマージン対策の株売り圧力、東日本大震災、円高による日本製造業への悲観、デフレ基調の継続、そして民主党政権の基本姿勢が親ビジネスと見られなかったことだ。

第一の生保のソルベンシーマージン比率規制の強化に対応する株売りについては、07年4月に金融庁が算出基準を厳格化する方針を打ち出したのが始まりである。12年12月23日付の日本経済新聞によれば、「株式のリスク量が従来の2倍に引き上げられ、同程度の比率を保つには株式を半減しなければならなくなった。直近の生保全体の株式保有額は約13兆円と、07年3月末の約32兆円の半分以下に減った」という。株価低迷の需給要因としてはこれが最大かもしれないが、この株売りは12年でようやく終了したようだ。

第二に、不況からの回復過程で経済的および投資家心理的に追加のダメージとなったのが東日本大震災だ。生産・供給の連鎖が寸断され、経済活動は落ち込み、企業には様々な損失が生じた。ただし、電力供給問題の不安などは残るものの、企業利益へのマイナスの影響は終わっている。

第三の円相場については、12年には日本の貿易収支の赤字転換と企業の対外直接投資(含む海外企業買収)の増加で(買収資金の調達の少なくとも一部は円売り外貨買いになる)円高の需給的な要因は解消されつつあった。しかし、市場参加者の円相場の先行きに対する期待を転換するイベントが必要だったのだろう。安倍首相による大胆な追加金融緩和策と円安誘導発言がそのイベントとなった。

第四のデフレ圧力の解消、マイルドインフレへの転換が実現するかどうかはこれからである。安倍政権は具体的な政策としてはまだ何もしていない。だから現下の円安・株高の動きを「期待先行に過ぎないからいずれ剥げ落ちる」と見ることも不可能ではない。

<安倍政権は「期待の転換」を持続できるか>

しかし、必要だったのは「期待の転換」だったのだ。さんざん議論されてきた量的金融緩和の効果も、つきつめれば、それが市場参加者のデフレ期待をマイルドなインフレ期待に転換し、デフレ適応型の行動からインフレ適応型の行動に誘導できるかどうかにかかっている。

思い出そう。03年春にも同じような期待の転換が起こった。同年3月に大手銀行の不良債権関連の損失処理は空前の規模となり、一部のエコノミストらは「3月危機」が起こると喧伝した。市場参加者は銀行危機が回避されることに確信が持てなかった。つまり、この時は「銀行危機不可避」から「危機回避」への期待の転換が課題だった。

その転換の契機は03年5月、当時の竹中平蔵金融担当大臣による「りそな銀行の国有化」だった。これをきっかけに銀行危機回避への期待の転換が起こり、海外投資は割安におかれていた日本株の買いに動きだした。これが回復の始まりだった。

今回は民主党の野田政権から自公連立の安倍政権への政権交代が、期待の転換を起こすイベントとなった。総選挙で伸びた第3極の政党(「日本維新の会」と「みんなの党」)が民主党政権よりは親ビジネス的政策を掲げていることもプラスに働いているかもしれない。

安倍政権には転換し始めた期待を裏切らないように慎重にバランスをとることが望まれる。第一に、景気回復後押しのために目先はある程度の財政政策は必要だろうが、同時に長期では財政再建に向かうという期待を維持することが欠かせない。

第二に、さらなる量的金融緩和でマイルドインフレに転換するという期待をつなぎ止めなくてはならない。短期・中期の経済変動の要因の中では「市場参加者の期待」という要因は大きな力を持つが、今回の円安・株価回復のように何かを契機に突如として変る性質がある。「期待」は政策的にはもっとも制御し難く、リスク要因だろう。

第三は、経済の長期的な成長戦略である。内閣がほぼ1年で交代する度に成長戦略が語られてきたが、なされるべきことはあまりなされていない。保護主義への誘惑を断ち切り、農業も医療も例外にせず、自由な競争を促進するための規制改革と老朽化したインフラの更新、技術開発、教育など長期的な経済成長のために必要な投資促進にこそ、財政資金を投じて欲しい。

*竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職、経済学博士(京都大学)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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