January 22, 2013 / 10:39 AM / 7 years ago

コラム:「インフレ期待バブル」は持続するか=佐々木融氏

日本銀行は22日、予想通り2%のインフレターゲット導入を決定した。ただ、22日の発表は、市場関係者にとってはやや肩透かしだった。なぜなら、すでにインフレターゲット導入を織り込み、「インフレ率を実際どのように2%に引き上げるつもりなのか」という具体策を期待していたからだ。

資産購入プログラムについては来年から期限を定めないで購入する方式を取るとのことだが、すでに決まっている2013年中のペースとさほど変わらない。ターゲットを導入しただけではインフレ率は上がらない。実際は上がっていないインフレ率が上がることを想定して膨らんだ「インフレ期待バブル」は、破裂はしないまでも、多少縮んでしまう可能性がある。

<2%インフレターゲットの前途多難>

さて、今回日銀が導入したインフレターゲット政策について、他国の事例と比べてみよう。ほとんどの国はインフレ抑制のためにターゲットを導入しているが、仮に同政策が次のように定義されるならば、デフレ脱却のために利用されても確かに問題はないだろう。

すなわち、(1)中長期的に見たインフレ率の数値目標を具体的に設定した上で、(2)中央銀行は先行きのインフレ率の見通しを発表し、それと目標がずれそうな場合に政策対応を行い、また(3)目標の達成が難しい場合に、それを説明するための仕組みを整備する。

しかし、日本の場合は、過去20年間でインフレ率が2%に到達したことはほとんどない。ニュージーランド、カナダ、英国、スウェーデン、オーストラリアなどインフレターゲットを採用している先進国のインフレ率は、ターゲットバンドを時々外れながらも、概ねそのバンドの中を上下動している。一方、日本では、日経平均が2万円まで急騰した1999年から2000年の間もインフレ率はほとんどの月がマイナス圏だった。ちなみに、米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)は前述した定義のうち(2)の一部と(3)が備わっていないため、厳密にはインフレターゲット採用国とは言えない。

日本では、ドル円相場が101円台から124円台まで20%以上も上昇した05年から07年夏までの間も、インフレ率の最高は全体がプラス0.9%、食料・エネルギーを除くコアコアインフレ率の最高はゼロ%だった。92年10月以降の20年余りの間、全体のインフレ率が2%を上回ったのは、97年4月の消費税増税に続く1年間と、原油先物価格(WTI)が140ドル/バレル台まで急騰した08年夏の4ヶ月間(6月―9月)しか例がない。

コアコアインフレ率に至っては、97年の消費税増税以降、一度も1%にも届いたことが無い。日本で2%のインフレを起こすことは並大抵ではできない。相当な政策を打たなければ実現は困難である。

<インフレ期待が萎めば、円は買い戻される>

仮にインフレ率が2%になったら、ドル円相場はどうなるのだろう。

インフレ率に米国はコアインフレ率、日本はコアコアインフレ率を用いて算出した日米実質政策金利差は05年以降、ドル円相場の動きとの相関が比較的高い。この相関関係から見ると、米国の状況が全く変わらず、日本のコアコアインフレ率がゼロ%まで上昇(ちなみに昨年11月の前年比はマイナス0.5%)すれば、ドル円相場は90円、同インフレ率が1%まで上昇すれば98円、2%なら105円まで上昇するという関係が導き出せる。

つまり、為替市場は日本のインフレ率がゼロ%、つまりデフレを脱却するところまでは織り込んでいるものの、インフレ率がプラス圏内で上昇していくところまでは予想していないと言えそうだ。インフレ率が上昇しにくい日本において、政府と日銀が、何が何でもインフレ率を2%に押し上げようとする政策を遂行し、市場がインフレ率上昇を織り込んでいけば、ドル円相場が一段と上昇していく可能性は高い。ただし、これらはあくまでも期待にすぎず、実現するかどうかはまだ分からない。その意味で、今のところは「インフレ期待バブル」と呼んでおいた方が良いかもしれない。

「インフレ期待バブルによる円安」と表現した場合、90円前後の円安が「行き過ぎた円安」であるというニュアンスがあるように取られるかもしれない。しかし、筆者は、購買力平価などを用いた分析から、ドル円相場の均衡レートは90―95円程度とみている。バブルなのはインフレ期待ということである。インフレ期待が萎めば、円は買い戻される。

均衡レートに関する分析は常に幅を持ってみるべきである。誰かが「いや、均衡レートは100円だ」とか「いや、85円だろう」と言ったとしても、筆者は「まあ、そんな感じでしょう」と答える。そのくらい幅を持ってみるべきものなのである。

最近、政策当局者がやけに細かいレンジや、細かい水準を示して、適正水準に言及することがあるが、あまり良い傾向だとは思えない。為替相場の均衡水準は、二国間の物価上昇率の動きに応じて常に変化している。当局者が細かいポイントに言及するとそこに投機を生んでしまって、市場の変動を激しくしてしまう可能性がある。

これから政府・日銀がどのような形で市場の「インフレ期待バブル」を支え、また支えているうちに実際にインフレを起こせるかを市場は注目している。それも金融的現象としてのインフレ(単なる貨幣価値の下落)ではなく、需要の増加が伴ったインフレになるかどうかが注目される。そうでなければ、持続力に欠けるだろう。

実際、目標とすべきはインフレ率が上昇することではない。国民が将来に自信を持って消費や投資を活発化することで経済が活性化し、需要が強まることが本来の目的である。したがって、政府・日銀の発表はこれで良かったのかもしれない。重要なのは、政府と日銀が一体となって経済運営を行い、日本経済を活性化させることである。インフレ率を2%にすることではない。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の債券為替調査部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に、「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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