January 24, 2013 / 2:36 AM / 7 years ago

コラム:トリプル安は杞憂か、日米国債に潜むブラック・スワン=斉藤洋二氏

北京で蝶(ちょう)が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる――。これは、複雑系科学の教える「バタフライ効果」を表現した有名なたとえ話である。

為替・株・債券・不動産・デリバティブなど複雑に入り組んだ国際金融市場においては、「蝶の羽ばたき」程度の些細な変化でも様々な波及経路を辿って大相場(そしてバブル)に発展し、やがては金融危機すら招く可能性がある。そして今、その因果の出発点の候補に加わったのが、日本である。

日本におけるデフレは、すでに15年を超えた。これは、7つの海を支配した大英帝国が1873年から96年まで24年に及ぶ長期不況に陥り(卸売物価は約40%下落)、没落に至った歴史に比肩しうるほどではないが、戦後の主要先進国に限って言えば、他に例のない事態だ。日本経済の全般的な物価水準を表すGDPデフレーターは消費税率の引き上げで一時的にプラスに転じた1997年を除き、95年以降ほぼ一貫して前年比マイナスで推移している。

このデフレからの脱却を最重要課題に掲げ、リフレ政策を打ち出したのが安倍晋三自民党政権である。首相就任前から「2%インフレ目標」「日銀法改正」の可能性に言及したことを受けて、市場は円安・株高へと大きく動き出した。これまで見向きもされなかった日本の経済政策が久方ぶりに世界の注目するところとなり、まさに現在「東京で蝶が羽ばたき始めた」のである。

<「市場参加者は合理的」の幻想>

複雑系では、秩序から無秩序状態に移行することを「相転移」と形容するが、相場においてはバブルの生成から崩壊への転換がまさしくこれに当たる。つまり、臨界点に達していれば、ひとひらの雪により雪崩が発生する。臨界点にあるか否かの判別こそ、投資の勝敗を決するものである。

2012年は欧州の小国ギリシャで蝶が羽ばたき、財政状況が臨界点に達していた南欧諸国へ伝播し、世界中を震撼させた。秋口以降、欧州中央銀行(ECB)による新たな国債買い取りプログラム(OMT)発表などが奏功し、国際金融市場の緊張が緩み越年した。13年は、世界のどこで蝶が羽ばたき、いかなる経路を辿り臨界状況にあるどの市場を直撃するのか。その未来予測こそ、個人を含めた投資家たちに課せられたテーマである。

今、周囲を見渡せば、3つの市場がすでに臨界点に達していると思われる。海外投資家に相手にされず長く低迷してきた日本株、日本の弱体化する経済力を反映しない円高、さらには欧州債務危機に起因する「質の逃避」で歴史的な高価格(低金利)にある国債だ。

ただ、過去2カ月において日本株はすでに約20%上昇し、為替についても円は対ドルで約10%、対ユーロで約14%下落した。その変動スピードの速さや、90年代とさして変わらぬ公共事業を主体とした政府の経済政策の効果への疑心などから再び円高・株安へ反転するとの声も聞こえる。しかし、貿易収支の赤字転換をみると、円高から円安へのパラダイムシフトの初期段階にあると考えるのが妥当だろう。

「市場参加者は常に合理的であり、高値で売り安値で買うから市場は安定する」とかつて著名な経済学者は言ったが、実際に市場参加者だった筆者には、この説はどうもしっくりこない。現実の相場は、「高値は売る、安値は買う」とのネガティブ・フィ―ドバック(逆張り)と、「高値、安値はさらに追いかける」とするポジティブ・フィードバック(順張り)とのゆらぎの中にある。したがって、前者が勝る場合には、相場はふらふらとランダムウォークし、また後者が勝った場合は、相場は一方向へとトレンドを形成するものである。

つまり、水準訂正が一定程度なされた現在においては、短中期的には、ネガティブとポジティブという2つのフィードバックの間を錯綜すると見られるが、長期的には弱体化した日本経済に相応しい均衡点を探しながら(と言ってもそれを見つけることは不可能に近いが)、円安トレンドが継続されると考えて良いだろう。

<日米国債急落はブラック・スワンか>

新古典派経済学は、ニュートンにより確立された古典物理学から派生して19世紀末に成立したが、現代ではこの手法では解決できない経済事象があまりにも多い。その代表が、頻発する世界的金融危機であり、相場予測の難しさと言えよう。

なぜなら経済の主体である生身の人間は、新古典派経済学が想定するホモ・エコノミクス(合理的経済人)に常に徹するとは限らず、ましてや物理学が取り扱う原子や分子などとは異なり、意思を持ち、直感的に選択し、さらに他人に影響されては非合理な行動をとるからだ。この人間の複雑さが市場の複雑さの上に重なって複雑さを増幅する。小は人間の脳から大は文明までこの世の中の多くが複雑系で出来ていると言われるゆえんである。

かつてウォール街のオプションディーラーだったナシーム・ニコラス・タレブ氏は、金融市場について「起こりそうにもない破滅的な事象は起きるものだ」と結論し、かかる事象を「ブラック・スワン」(黒い白鳥)と名付けて世界的ベストセラーを書いた。

実際に金融市場は、国家と異なりその中心の所在はあいまいだ。資力もリスク許容度も相場観も異なる、それでいてネットワーク化された何億人もの投資家によって国境を越えて形成されている。コントロール機能は、事実上存在しない。こうした性質上、筆者の経験から言っても、情報力格差により投資家間に疑心暗鬼が生まれ、不確実性と脆弱性が増幅され、起こりそうにないこと、すなわちブラック・スワンが現出する。

13年の相場を見通す上で、ブラック・スワンに警戒することは大事だ。それは、どの市場が臨界点に達しているかを探ることと同義だ。先ほど3つの市場に言及したが、筆者は特に日米の国債市場に最大の注意を払う必要があると考えている。

欧州債務危機などに起因する過剰な逃避資金が国債市場に流れ込んだことで、10年債において日本は0.7%、米国は1.8%の超低金利水準となっている。日米ともに中央銀行が量的緩和を継続していることから投資家には買い安心感が根強いが、この2つの市場こそ臨界点に達している可能性が高い。

日本国債については、金融機関の保有債券の平均残存年限は2年半程度と案外短期であると推測されるが、期間20年超の超長期金利は上昇傾向にありイールドカーブの右肩上がりの形状が強まりつつある。つまり、政府により意図された期待インフレ率の高まりとともに、金利先高感が醸成されていくことを予測させるものである。

一方、米国に関しては、連邦準備理事会(FRB)は超低金利政策を続ける目安として、「15年半ばまで」との時間軸政策に加えて、「失業率6.5%」などの数値目標も掲げたが、同時に出口戦略を語り始め、将来訪れる緩和政策の変化を予感させたことは特筆される。

当面、日米ともに中央銀行が国債購入を継続することは不変とはいえ、強気も極まれば弱気に転じるとの喩(たとえ)の通り、中央銀行が国債購入額の減少もしくは停止を決定する前のどの段階で売りに転じるか、つまりバスから飛び降りるタイミングを探るのが13年のテーマとなる。

今年は、東京に続いてどこで蝶が羽ばたくのか。北京かパリか、はたまたリオデジャネイロか。その結果として嵐や雪崩が起こる可能性の高い場所として、日米国債市場にはよくよく注意を払う必要がある。眼下の円安・株高にしばらく浮かれたとしても、債券安・円安・株安のトリプル安到来を「想定外」とすることだけは避けたほうが良い。

*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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