January 30, 2013 / 2:57 AM / 7 years ago

コラム:日本が円安相場を正当化して良い理由=唐鎌大輔氏

安倍晋三政権への期待をまとった円安相場に対し、海外からの批判が目立つようになってきた。1月10日には米セントルイス連銀のブラード総裁が「日本はより露骨な為替政策を取っているようで、私は少々困惑している」と発言。さらに21日には、バイトマン独連銀総裁が、安倍政権が日銀に金融緩和を迫ったことに関連し、「意図しようがしまいが結果的に為替レートの問題がますます政治問題化する可能性がある」と踏み込んだ牽制をしている。

このほかにも韓国の朴・企画財政相が「G20で日本の政策の影響について議論する」と述べ、キング英中銀総裁も「(通貨安を通じて輸出を増やそうとする国が増えているとして)いくつかの国はその達成のために措置をとった」(朝日新聞デジタル1月23日付)と暗に日本を批判するコメントを発した。極めつけは、24日のダボス会議の場でメルケル独首相が「為替操作への問題意識は高まっており、日本に対して懸念を持って見ている」と日本を名指して批判している。

現状、米大統領や米財務長官などクリティカルなルートから牽制の声が上がっているわけではないが、こうしたムードが拡がること自体、円売りのモメンタムを阻害する恐れはあるだろう。

しかし筆者は、一連の批判に関して、「今は言わせておけば良い」といった印象を持っている。麻生太郎財務相は28日の臨時閣議後の会見で、海外当局関係者の円安批判は「筋としておかしい」と反論したが、直感的にも周縁国の危機にあおられてユーロ安の恩恵を大いに受けていたドイツや、断続的な為替介入でウォン相場の低位安定を図っていた韓国に、最近の円相場の動きを批判する資格があるとは考え難い(少なくとも今の日本は為替介入をしているわけではない)。

麻生財務相の意見は、たとえば、金融危機後の実質実効為替レートを見ると、うなずける部分がある。2007年1月を100とした時、12年12月時点の水準は、円が110と10%上昇しているのに対し、ドルおよびユーロ(ドイツの場合)は92で8%下落、韓国ウォンは79で21%も下落している。ちなみに、ここでは国際決済銀行(BIS)発表の実質実効為替レートのうち、61の国・地域を対象とするブロード・ベースの月次データを使用している。

むろん、12年12月はすでに円安方向に反転し始めた後であり、11年にはもっと酷い円高・ウォン安が進行している局面があった。「金融危機後」に着目すれば、円の実質実効為替レート水準はウォンより4割程度高いイメージだ。為替を主たる背景として日本の輸出企業が窮地に追い込まれたことは想像に難くない。

なお、名目実効為替レートで見ても、07年1月を100とした時、円は12年12月時点でウォンの倍の水準にある。恐らくこちらの方が企業の体感に近いと思われる。

<日韓競争力格差の大半は円高・ウォン安に起因>

日本が円安相場を正当化できる理由はほかにもある。たとえば、単位労働コスト(ユニットレーバーコスト=ULC)だ。

日本の輸出産業が苦境に陥ったのは、07年夏のサブプライム問題に端を発する金融危機以降のことである。そこで、07―11年の5年間に関して、ドルベースで日本と韓国のULCの年次変化率を累積・比較してみると、興味深い事実が分かる(「ULC=時間当たり賃金-労働生産性」と定義)。もちろん、ULCは企業にとってのコストなので、「低下」イコール「国際競争力の改善」である。

まず韓国。金融危機後の5年間でULCはマイナス15ポイント程度低下しており、この分、競争力が改善したことになる。これを要因分解すると、時間当たり賃金の伸びがプラス20ポイント、労働生産性の伸びがプラス24ポイント、ウォン安・ドル高でマイナス12ポイントとなる(計算式は「20-24-12」。簡略化のため小数点以下は四捨五入)。

一方、日本のULCは5年間でプラス28ポイントも上昇しており、この分、競争力が失われたことになる。同じように要因分解すると、時間当たり賃金の伸びはプラス5ポイント、労働生産性の伸びはプラス16ポイント、円高・ドル安でプラス40ポイントとなる(「5-16+40」)。つまり、両国の競争力格差のほとんどは円高に起因するものだった。

もちろん、これはULCという基準だけに照らした議論であり、「円高さえなければ日本企業は完全復活する」という安直な主張をするつもりはない。だが、仮にULCをドルベースではなく自国通貨ベースで比較した場合(つまり為替要因を除去した場合)、韓国のULCがマイナス4(「20-24」)とマイナス幅が縮小するのに対し、日本のULCはマイナス11(「5-16」)と大幅なプラスからマイナスに転じるうえ、韓国より競争力が改善した格好になる。こうしたデータを見る限り、円高・ウォン安が日韓企業の業績格差に無視し得ない影響を与えたと考えざるを得ない(繰り返しになるが、円安・ウォン高でその格差が完全に埋まるとは思わない。ただ、埋まらないまでも縮まるだろう)。

<通貨外交の本領が問われるのはここから>

問題は、どの水準までを「円高修正」と呼び、どの水準からを「円安誘導」と呼ぶかである。

常に「相手がある」為替の世界において円高修正ないし円安誘導を明示的に主張するのは困難を伴うが、上述した実質実効為替レートやULCのデータ比較を見る限り、日本が一定水準まで円高を是正することに関しては正当性があると思われる。

筆者は輸出企業の実態を捉えるのに十分ではないとの理由から、実質実効為替レートを過度に重要視する立場ではない。だが、公平かつ相対的な視点が多分に求められる通貨外交の舞台において、多国間の通貨の強弱関係を示す指標として実質実効為替レートはどうしても参照にされるだろう。

そこで、実質実効為替レートを元に、最近の円相場の立ち位置を評価してみる。具体的には、ドル円相場が戦後最安値をつけた11年10月と直近データが取れる12年12月に関して「1980年以降の長期平均に対する乖離率」を計算し、各通貨を比較した。なお、ここでは、データ上の制約から、BIS発表の実質実効為替レートのうち、先ほどのブロード・ベースではなく、カバレッジの狭い方(ナロー・ベース)を使用した。ナロー・ベースには日米欧韓など27の国・地域が含まれる。

その比較によると、11年10月時点で円は長期平均に対し9.4%程度割高だったが、12年12月時点ではマイナス3%程度割安に転じている。12年12月のドル円相場が86円台後半で引けたことを踏まえれば、現状の90円超の水準ではより割安感が強まっているイメージになる。

もちろん、それでもドル(マイナス10.4%)、英国(マイナス9.3%)、韓国(マイナス5.3%)など、円よりも割安感が強い通貨は複数あって、水準自体が大きな問題とは言えない。だが、11年10月と12年12月の2時点間の「振れ幅」に注目すると、円はマイナス12ポイント超(9.4%からマイナス3%へ)に達している。これは主要通貨の中で圧倒的に大きく、確かに目立つ(通貨安方向の振れ幅として日本に次ぐのはアイルランドだが、日本の半分以下のマイナス4.8ポイントだ)。一連の海外からの批判はこの「振れ幅」の大きさへの牽制と見るべきだろう(実際、ダボス会議で韓国中銀の金総裁が「変化のスピードも問題だ。動きが急すぎる」と発言している)。

いずれにせよ、実質実効為替レートで評価された場合、諸外国からすれば「円高修正の局面は終わった」と評価される可能性がある。裏を返すと、ここからが通貨外交の本領が問われる世界になってきそうだ。ちなみに、円相場に見られている12年12月の割安示唆は20カ月ぶりの動きで、今年に入ってから堰(せき)を切ったように海外から批判が出始めたのは偶然ではないのかもしれない。

ただ、1月24日に発表された12年貿易収支で改めて確認されたように、日本はもはや巨大な貿易赤字国であり、通貨が安くなること自体に十分な道理はある。そもそも政治要因が浮上する昨年11月以前から、日米金利差が無くても円安は進んでおり、その背景には需給構造が円売りに傾斜しつつあるという事実があった。

また、需給のみならず、日銀と米連邦準備理事会(FRB)の置かれた状況に鑑みれば、円安基調が根付くために必要な日米金利差は今後1―2年以内に動き出す芽も出始めている。そう考えると、円相場は放って置いても緩やかに軟化する筋合いにありそうである。だとすれば、政財界の要人が言及する「90円」の節目に達したのを機に、露骨な金融緩和策や踏み込んだ高官発言で海外勢を刺激し、国内政策の変更を強いられないよう、「巧い立ち回り」を考える時期に差し掛かっているのかもしれない。

円安相場を正当化する理由は数多くあるが、今後はそのことをいかに対外的に巧く説明するかが課題となってきそうである。

*唐鎌大輔氏は、みずほコーポレート銀行国際為替部のマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より現職。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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