March 1, 2013 / 9:38 AM / 5 years ago

コラム:侮れない円安効果、金融緩和の真の威力=嶋津洋樹氏

日銀の金融緩和策について、物価や景気への影響は皆無か、あっても限られるとの見方が国内では根強い。しかし現実には、為替相場など金融市場を通じた影響は無視できない。本気で景気回復とデフレからの脱却を望むのであれば、その力を使わない手はないだろう。

金融政策とは国家の通貨発行権を中央銀行が独占的に行使することで果たす様々な役割や機能の総称だと、筆者は認識している。中央銀行が一般的に「物価の安定」に加え、「金融システムの安定」にも責任を負わされているのは、そのどちらもが主に通貨の需給を調整することで対処が可能だからである。

たとえば、リンゴが1つしかない世界に1万円という通貨(概念)を導入すると、リンゴと1万円を交換することが可能となる。そうした世界で中央銀行が新たに1万円の通貨を供給すると、通貨に対するリンゴの希少性が相対的に増し、2万円という値段で取引されるはずだ。この単純な世界では、金融政策がインフレ、デフレを引き起こすという仕組みに疑問の余地はない。

また、リンゴに1万円と値段をつけることで、他の「財」、たとえばミカンと価格を比較することが可能にもなる。さらに、通貨はリンゴやミカンのように腐らず、保管コストも安い。こうした通貨の役割(決済機能・計算機能・保蔵機能)が確立すると、リンゴやミカンという具体的な「財」だけでなく、通貨そのものにも価値が生じる。

1997年の日本の金融危機の最中や2008年のリーマンショック後に、通貨の最も原始的な形態といえる現金が重宝されたことは、通貨の重要性を改めて浮き彫りにした。その際、各国の中央銀行は大量の資金供給で対応し、「金融システムの安定」に努めた。資金供給を金融緩和の一環ととらえると、中央銀行が景気悪化に伴うデフレ圧力の封じ込めに先手を打ったと解釈できる。

このように考えると、金融政策は直接的に実体経済に影響を与えることではなく、純粋に物価へ働きかけることを期待されているといえるだろう。実際、上述したリンゴの世界で金融緩和策がもたらしたのは、リンゴと通貨の相対的な価格の変化だけで、リンゴの数ではなかった。リンゴで分かりにくければ、自動車をイメージすると良い。金融緩和策は、それ自体が自動車の生産を増やすわけではない。

もっとも、自動車の価格が上昇すれば、企業は本来、増産することで収益を増やそうとするはずだ。もちろん、自動車の増産は中央銀行が通貨の供給量を2倍に増やすことほど簡単ではないので、短期的には増産ペースが通貨の供給量に追いつかず、自動車の通貨に対する希少性が高まる。その間、価格には上昇圧力がかかるだろう。

一方、価格の上昇を見越し、購入を急ぐ消費者が登場するかもしれない。ただし、実際に価格を変更するには、新たなパンフレットの作成など手間暇がかかる。通貨の供給量が増加し、価格に上昇圧力がかかっても、実際の価格変更まではタイムラグが生じる。この間の価格は、消費者から割安にみえるため、需要を刺激すると考えられる。

<「構造改革」は本当に王道か>

ただし、デフレ期待が定着した今の日本では確かに、金融緩和の効果はこの理屈通りには期待しにくい。なぜなら金融仲介機能が低下している日本では、金融緩和策を実施しても、日銀の当座預金の残高が増加するだけで、市中に供給される通貨はそれほど増加しないからだ。また、企業が自動車などの「財」の供給能力を十分に備えているため、つまり供給過多の状態にあるがゆえに、通貨の供給量が増える前に増産が可能なことも想定される。そうしたなかで、販売価格の上昇を見越す消費者はいないだろう。

しかし、金融市場を通じた影響は、実はこの限りではない。上述した例で、リンゴや自動車を米ドルなどの他国通貨や株式、債券などと置き換えてみると分かりやすい。つまり、金融緩和策は米ドルなどの他国通貨を上昇させ(円は相対的に下落)、株高・債券高(金利低下)をもたらす。金融市場が期待や思惑に振らされ、オーバーシュートしやすいことを踏まえると、それらの価格は中央銀行が実際に供給する通貨量を上回って変動するだろう。金融政策の「財」の価格変動を通じた直接的な景気への効果は限られたとしても、為替や株価、金利を通じた間接的な効果にはかなり期待できる。前置きが長くなったが、今回のコラムで筆者が主張したい点はここにある。

特に金融政策の為替相場を通じた実体経済への影響は、日本が輸出主導の経済モデルで、世界最大の対外純資産を抱えていることもあり、金利低下による景気刺激効果や株高に伴う資産効果などを上回ると考えられる。

実際、円安はまず外貨建て売上高などのフローのみならず、海外資産というストックでも評価益を生み出すはずだ。それは本業の収益ではないが、研究開発費や販促費の増額を通じ、競争力を底上げする可能性がある。海外に進出した企業の財務的な負担を軽減できれば、設備投資や雇用などの前向きな投資も出やすい。企業が利益をボーナスなどで家計に還元した場合、個人消費を通じて内需にも追い風となる。

円安は輸出競争力を改善させるため、評価益の計上が一服するころには販売数量が増加し始める可能性が高い。それは損益分岐点の低下によって企業収益を大きく押し上げるはずだ。稼働率が上昇することで能力増強投資に火がつけば、本格的な景気回復も視野に入る。

筆者は今回の国内景気について、1993年11月から97年5月までの43カ月、2002年2月から08年2月までの73カ月に及んだ景気拡張期と同様、円安に支えられて息の長い回復になると予想している。日銀が積極的な金融緩和策を続けるのであれば、賃金を含む物価がプラスに転じ、デフレを脱却することも可能だろう。

もちろん、欧米の政治的混乱や中東、東アジアでの地政学的リスクの高まりなど、景気回復が腰折れするリスクは小さくない。実際、99年には円安が進むなかで国内景気の回復基調が鮮明となったが、その後米国でITバブルが崩壊し、同時多発攻撃が重なったことで、景気の拡張期間は22カ月と前後の景気循環に比べ短かった。

こうした過去もあってか、冒頭で述べた通り、日本では、金融政策の効果を限定的と見る人が多い。また、金融市場に対し漠然と「悪い」イメージが先行している。それを利用した景気回復を「邪道」として敬遠する一方、構造改革による景気回復を「王道」と前向きに評価しがちだ。しかし、構造改革が実を結ぶまでには時間がかかる。すでに10年以上の歳月を失った日本に「待つ」時間は多くないだろう。

そもそも、構造改革を本当に「王道」と呼べるかも怪しい。少なくとも企業レベルではバブル崩壊以降も毎年のように構造改革ともいえる様々な努力を繰り返してきたはずだ。依然として課題が残っているとはいえ、日本がデフレに苦しむ原因を金融政策ではなく、構造改革の不十分さに求めることは妥当とは思えない。構造改革は重要だが、それは景気が回復し、デフレから脱却してから取り組む「三本目の矢」であり、「一本目の矢」ではない。

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントを経て2010年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネージャーとして、日米欧の経済、金融市場の分析に携わる。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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