March 4, 2013 / 6:22 AM / 6 years ago

オピニオン:次期日銀総裁の使命とアベノミクスの宿題=フェルドマン氏

衆参両院の同意を得られれば、3月20日に次期日銀首脳部が発足する。モルガン・スタンレーMUFG証券のロバート・フェルドマン債券調査本部長は、デフレ脱却に向け、真のレジームチェンジ(体制転換)を果たすためには4つのアクションが必要だと語る。日銀新体制と安倍政権の課題に関する同氏の見解は以下の通り。

<市場へのアピールでは成功>

安倍晋三自民党政権による次期日銀正副総裁の選出プロセスは、内外の事例に照らしても、成熟したやり方だったと評価している。

一部閣僚や政府顧問が大雑把とはいえ具体的な人選基準として「英語力」「国際金融の知見」「大きな組織運営の経験」などをあげたことで、出身母体よりも能力を重視している姿勢を市場に対しアピールできた。金融緩和、財政出動、成長戦略の「三本の矢」を掲げる安倍政権の経済運営は、ひとまず手堅い滑り出しを見せたと言えよう。

とはいえ、問題は実行力だ。そもそも安倍政権の経済政策は、経済学のイロハに従ったものであり、わざわざ「アベノミクス」なる造語で呼ばれるほどの目新しさは備えてない。その真価は、当たり前のことを当たり前に実行・実現できるかで決まる。

最初の関門は、日銀次期首脳部発足後の金融政策である。国会承認手続きが順調に行けば、3月20日には黒田東彦総裁、岩田規久男副総裁、中曽宏副総裁が誕生し、新体制の下で4月3―4日に最初の金融政策決定会合が開かれることになる。安倍政権の経済政策が成果をあげるためには、これを機に、日銀が過去の失敗を認め、真のレジームチェンジ(体制転換)を果たすことが必要だ。具体的には、次期首脳部によって次の4つのアクションが実行に移されることが不可欠だと考える。

<経済改革要求も日銀総裁のミッション>

第1に、デフレファイターとしての日銀の信認を得るために、金融政策運営の尺度となる指数を「食料品・エネルギーを除く消費者物価指数(CPI)」に変更することだ。これまで日銀は総合CPIや生鮮食品を除いたCPIを尺度として利用してきたが、これらの指数は賃金動向を十分に捕捉できておらず、インフレ目標の尺度としては適切ではなかろう。

日本の場合、一次エネルギーのほぼ全量を輸入に頼っているため、エネルギー価格の変動は企業収益の変化などを通じて賃金を逆方向へと動かす要因となる。エネルギー価格が上昇すると、賃金は下がる傾向が強い。安倍政権の真の経済政策目標は2%インフレではなく持続的な経済成長であるわけだから、賃金すなわち雇用への影響を十分にくみ取れない指標で判断しては、道を間違える可能性がある。

第2に、年間インフレ率目標から物価水準目標へのシフトが必要だ。なぜこれが大事かというと、毎年の伸び率を目標にすると、過去達成できなかったことをすぐ忘れてしまうからである。「今年は勉強します」「勉強できませんでした」「来年こそ勉強します」の繰り返しでは、誰も約束を信じない。ある年の目標を達成できなければ、その後数年で達成の遅れを取り戻すことを日銀に強いるような仕組みが必要だ。さもなければ、長期的なインフレ期待は醸成できない。

3点目は、実際の物価と物価目標の乖離(かいり)に基づき、ベースマネーの伸びを決めるような「ルールに基づく政策」の導入だ。

米カーネギーメロン大学のベネット・マッカラム教授が考案した「マッカラム・ルール」のようなものを想像してほしい。これは、需給ギャップと実際のインフレ率と目標インフレ率の乖離に基づき、マネーサプライ伸び率を設定するというものだ。この種のルールに基づいて、金融政策のアクセルの踏み方を決めればよい。たとえば、最終目的地の名古屋に向かうとして、まだ東京にいるならばアクセルを思い切り踏み込む必要があるが、静岡あたりに差し掛かれば、少し緩めてもいいだろう。

確かに、経済の波乱要因が多数存在することを考えれば、日本に限らず中央銀行の政策運営に政策委員の知見に基づく裁量型アプローチを残す必要はあるが、ルールとの共存は可能だ。とりわけ日銀にとっては、毀損(きそん)したデフレファイターとしての信認を回復するための有効な手立てとなるはずだ。

最後の4点目は、日銀新首脳部も金融政策という自分の庭にとどまらず、ミクロ経済改革を積極的に訴えることである。日本のデフレ克服に向けた実体経済面の最大の障害は、投資を阻む規制にある。金融緩和が効果を発揮するためには、農業やエネルギー、ヘルスケア、医療など他業種に深く根を張る、これらの障害を排除することが必要だ。

新総裁には是非、経済財政諮問会議など討議の場でミクロ経済政策の持論を提示し、「われわれがお金を刷っているのだから、しっかりやりなさい」と主張してほしい。日銀が大きな声を上げることは、安倍首相への援護射撃にもなる。自分の管轄に入ってもらいたくないから、他人の管轄に入らないという姿勢は改めなければならない。

<アベノミクスのアキレス腱>

むろん、日銀次期首脳部がたとえこれら4つのアクションを実行したとしても、デフレ不況が終息するとは限らない。いみじくも安倍政権も掲げているように、民間投資を喚起する成長戦略が不可欠だ。

また、安倍政権はまだ最重要課題に取り組んでいない。歳出の大部分を占める社会保障の改革だ。国民と企業が納める社会保険料はだいたい55―60兆円だが、社会保障関連の支出は大雑把に言って年金60兆円、医療費40兆円、その他を合わせて120兆円を超える。明らかに持続不可能だ。

もとより安倍首相にも改革の意思はあろうが、夏の参院選後までは手を付けられないということなのかもしれない。ただ、それならば、参院選後に本腰を入れて取り組む必要がある。「自己責任のルール」を徹底し、社会保障に切り込まないと、経済成長も財政再建も絵に描いた餅になる。

乱暴に聞こえるかもしれないが、たとえば「年齢マイナス30」のルールで高齢者負担を決めるのはどうだろうか。60歳の人は3割、90歳の人は6割。一方で、現役世代に対しては、肥満度指標のBMI(ボディマス指数)などをベースに自己負担を決めてはどうか。暴飲暴食などが原因でBMIの数値が悪くなった人からは、もっと保険料を取るなど、そうした動機付けがなければ、自己責任はこの国に根付かないであろう。

ちなみに、医療費を5%削減するだけで2兆円が浮く計算となる。これを日本人学生の海外留学補助金に使えば何ができるか。生活費を含めた学生1人の留学費用は、日本円にしておよそ500万円。2兆円を500万円で割ると、40万人の日本人学生を海外に送ることができる計算だ。現在のほぼ10倍の人数である。これを5年間続けるだけで、日本の未来は大きく変わるだろう。あくまで一つのアイディアだが、未来のための歳出見直しとは、こういうことである。

また、技術革新が急速に進む世界にあって、日本は多くの分野で先頭を走っている。1994年に携帯電話の個人所有を認めたことでイノベーションと関連産業の活性化をもたらしたように、生産労働人口が減少しても、規制緩和策を有効に使えば、生産性向上によって成長率を高めることは可能だ。

最近、少子高齢化が進む日本の潜在成長率の大幅な向上はもはや見込めないといった悲観論を耳にするが、それは財政改革やイノベーションによる生産性向上の可能性を無視した議論である。繰り返すが、金融政策、財政政策、成長戦略のすべてにおいて日本はまだ経済学が教える当たり前のことを実行していない。あきらめの境地に陥るのはまだ早い。

*本稿はロバート・フェルドマン氏へのインタビューをもとに、同氏の見解に基づいて書かれています。

*ロバート・フェルドマン氏は、モルガン・スタンレーMUFG証券のチーフエコノミスト兼債券調査本部長。国際通貨基金(IMF)、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券などを経て、現職。米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

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