March 15, 2013 / 7:38 AM / 6 years ago

コラム:黒田日銀が直面する「市場の期待」という怪物=佐々木融氏

日銀正副総裁人事の国会承認を、市場はひとまず静観したようだ。15日午前中、国会承認後の東京市場では、円相場に極端な動きは見られず、日本株は午後に入ってから堅調に推移した。

黒田東彦総裁・岩田規久男副総裁・中曽宏副総裁の就任は20日の予定だが、当日は祝日なので、実質的には21日から日銀は新体制で金融政策を遂行することになる。新体制での最初の金融政策決定会合は4月3―4日に予定されているが、一部にはそれよりも前に臨時の金融政策決定会合が開催されるのではないかとの憶測も流れている。

いずれにしても、新体制下での最初の政策決定会合に対する国内外の投資家の注目は非常に高く、市場の反応は実際に新日銀からどのような政策が打ち出されるかにかかっている。

<際限なく膨らむ市場の期待と失望リスク>

筆者は1月末以降の1カ月半ほどで計8か国を訪問し、約80のヘッジファンドや機関投資家とのミーティングを行ってきた。その中で最も強く感じたのは、海外市場参加者の日銀新総裁に対する期待の高さだった。当時はまだ候補者もはっきりしていなかったが、海外市場参加者は日銀が新体制に代わった後、どのような手段を用いてインフレ率を2%に引き上げるのかに一番の関心を抱いていた。

むろん、海外勢も、日本にとってこの目標がいかにハードルの高いものであるかは分かっている。日本の消費者物価指数前年比は1993年から2012年までの20年間で2%を超えたことが2回しかない。1回目は97年4月に消費税を3%から5%に引き上げた後の数ヶ月間、2回目は原油価格が高騰した08年夏の4ヶ月間である。過去20年間の毎月のインフレ率を平均すると、前年比プラス0.2%程度にしかならない。

だからこそ、それでもインフレ率を2%まで引き上げると約束する日銀の新体制が、かなり大胆な金融緩和政策を実行するのではないかと海外勢は期待しているのである。

だが、期待外れとはならないのか。市場の期待が膨らみ過ぎていることに、筆者はやや不安を感じる。

振り返れば、昨年12月と今年1月の2か月間、為替相場は大幅な円安となり、日経平均株価は急騰した。しかし、この間の日銀バランスシートの増加幅は3.4兆円程度で、その前の2カ月間(昨年10月と11月)の増加幅(6兆円)の半分強にとどまっている。

つまり、実体はさほど変化していないのに、日銀が2%のインフレ目標導入を強いられ、安倍晋三首相が金融緩和に積極的な人を日銀総裁に選ぶという強い信念を打ち出したことによって投資家の期待が膨らみ、マーケットはここまで動いたのである。

しかし、政治家であれ、中央銀行総裁であれ、実体の変化が伴わない中で、市場の期待だけを膨らませ続けておくことはできない。市場はすぐに次は何か、さらに凄い話はないのかと期待する。政治家は相当の覚悟とスピード感を持って経済構造の変化を示していかないと、際限なく期待を膨らませる投資家たちをすぐに失望させることになるだろう。

<先に結果を約束したから市場は動いた>

とはいえ、筆者は、頭ごなしに安倍政権の手法を否定しているわけではない。為替・株式市場の急速な反応には、安倍首相が結果を先に約束したことが大きく影響していると考えられる。

「金融緩和、構造改革、規制緩和を積極的に進める」という言葉は、表現は多少違っても、どの政権も口にしてきたことだ。しかし、安倍首相が前任者たちと違ったのは、「金融緩和、構造改革、規制緩和を積極的に進めた結果、インフレ率を2%にする」と結果を分かりやすい形で示した点である。

それゆえに、市場が結果を先取りしている。本来は、金融緩和、構造改革、規制緩和が進み、その結果、民間投資や消費が喚起され、需要が強くなる。そして、需要が強くなると、企業収益が増え、企業経営者が先行きの収益にも一定の自信を持てれば、雇用を増やし、労働市場がひっ迫すると雇用者所得が増加する。そうなると、自然に物価は上昇し始める。

通貨は物価の反対側の概念であるから、日本の物価が上昇を始めれば円安圧力が強まる。企業収益も増えるのだから、当然株価も上昇する。アベノミクスは物価上昇を明確に約束したので、「金融緩和、構造改革、規制緩和が進み・・・雇用者所得が増加する」というところまでも一括して約束したような効果があった。もちろん、それ自体が悪いことではない。良い結果を先に享受すること自体は問題ではないだろう。ただ、享受した後は、期待を実体に変えていかなければならない。

前述の通り、市場はすでにかなり大きな期待を抱いてしまっている。インフレ率が2%まで上昇することを織り込んでいるとまでは言えないが、少なくともインフレ率がプラス圏内に入ってくることは織り込んでいるだろう。したがって、黒田新総裁がこれ以上市場にポジティブ・サプライズを与えるのは難しいかもしれない。現在の市場の期待を維持するだけでもかなり困難な仕事である。

<黒田新総裁のもう一つのミッション>

さて、市場の期待という姿の見えない怪物に対処する以外に、黒田新総裁にはもう一つ重要な仕事がある。それは、政府に対して構造改革や規制緩和をきちんと実行するように働きかけることだろう。

今年1月に発表された政府・日銀の共同声明には、デフレからの早期脱却と物価安定の下での持続的な経済成長の実現に向けて、「政府と日本銀行の政策連携を強化」すると記され、その中で、政府の仕事として「大胆な規制・制度改革、税制の活用など思い切った政策を総動員し、経済構造の変革を図るなど、日本経済の競争力と成長力の強化に向けた取組を具体化し、これを強力に推進する」とうたわれている。

安倍首相も施政方針演説で「民間投資を喚起する成長戦略」に力点を置いたが、前述した通り、デフレ・円高脱却とは本来、民間投資や消費が喚起され、強い経済が戻って来たときに起こる現象、つまり目標ではなく結果である。名目金利がゼロの下で金融政策だけで民間投資や消費を喚起するのは不可能だ。政府の強力かつ大胆なマクロ経済政策運営がなければ、日本経済の状況はこれまでと変わらないだろう。

こう考えると、黒田新総裁には、大胆な金融緩和政策を進めて、市場の期待を維持しつつ、政府に対しては実体経済の構造変化につながる政策の早期実行を迫ってもらいたい。金融緩和で期待をつなぎとめられる時間は限られている。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の債券為替調査部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に、「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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