March 29, 2013 / 2:17 AM / 5 years ago

アングル:在日コリアンの北朝鮮支援、制裁強化で一段と困難に

[東京 28日 ロイター] 1960年に日本からソ連船で北朝鮮に渡った時、その男性は「約束の地」に向かうのだと思っていた。現実は違っていた。男性がその地で47年間も耐え忍ぶことができたのは、ひとえに日本にいる異父兄弟から受けた総額9000万円近い現金支援のおかげだった。

3月28日、国連安保理による北朝鮮への追加制裁で、在日コリアンによる北朝鮮国内の家族への送金が一段と難しくなるとみられている。北京の北朝鮮大使館で2008年12月撮影(2013年 ロイター/Jason Lee)

韓国で生まれた男性の両親は、彼が10代の頃に北朝鮮への移住を決めた。当時の北朝鮮は、朝鮮戦争(1950─53年)の影響が残る韓国より豊かで、教育や医療制度が無料だといううたい文句が移住の決め手となった。

現在66歳になった男性は2008年に日本に戻り、現在は北朝鮮に残る妻と子どもたちを日本から支えている。日本や韓国から北朝鮮に仕送りをする他の人と同様、彼もまた妻子向け送金に対する監視が強化されたことを実感しているかもしれない。北朝鮮が強行した3度目の核実験に対しては、国連安全保障理事会が新たな制裁を決議した。

東京でロイターのインタビューに応じたこの男性は、家族に害が及ぶのを懸念して実名を明かすことを拒否し、北朝鮮を逃れた理由もはっきり語らなかった。2007年に脱北して中国に渡り、翌年日本に戻ってきたとしている。

男性は北朝鮮にいた数年前に、異父兄弟に電話し、送金について礼を述べたという。「兄弟には(お金のことを)わびたが、同じ母親から生まれたんだからと言ってくれた。その言葉には本当に感謝し、涙を流した」と述懐。日本に戻る前に、その兄弟は亡くなったという。

2月12日の核実験以前にも、日本の財務省は北朝鮮への送金への監視を強化していたとみられる。昨年12月の長距離ロケット発射後、男性が郵便で平壌に20万円を送ろうとしたところ、その2日後に財務省から送金理由の説明を求める手紙が届いた。

男性は「一番下に(送金の)詳細な理由を書く欄があったので、『これは金正恩の政治基金向けではなく、私の貧しい家族の生活のため』と書き込んだ」と語った。

財務省からの連絡はその後なく、送金は行われたのではないかと男性は推測している。

<日本は送金規制強化か>

国連安保理が今月7日に採択した北朝鮮への追加制裁には、違法な送金を含む金融取引の制限強化のほか、国連決議に違反する貨物輸送の取り締まりなどが盛り込まれている。制裁は、北朝鮮による核・ミサイル計画を阻止することが狙いだ。

日本の財務省は現在、北朝鮮向けの送金なら300万円以上、現金持ち出しなら10万円以上の場合は報告を義務付けている。北朝鮮以外向けなら、報告義務はその10倍以上の金額からだ。

3度目の核実験の翌日となった2月13日、日本経済新聞は日本政府が北朝鮮への送金規制の強化に加え、報告義務が必要な送金額の引き下げを検討する方針だと報じた。

財務省の幹部は27日、ロイターに対し、送金規制は変更されていないと説明。男性が送金しようとしていたのは300万円を大幅に下回る金額だったが、説明を求められた理由は分かっていない。

日本の研究者によると、1959年から84年の間に行われた帰還事業で、9万3000人以上の在日朝鮮人が北朝鮮に渡った。しかし、同国での過酷な貧困についてのうわさが広がり、1980年代にその数は急減。一方、韓国では工業化が進んだ。

男性の異父兄弟は建設作業員で、男性が北朝鮮で暮らす間に合計8700万円を送金してくれたという。

北朝鮮経済の研究で知られる米ピーターソン国際経済研究所が2007年に出したレポートによると、1990年代初めまで、日本から北朝鮮に毎年約20億ドルが送金されていたとみられる。在日朝鮮人は今も北朝鮮に送金することはできるが、その額は以前に比べると微々たるものになっている。

<日本からの送金枯渇>

日本経済は1990年代初めにバブル崩壊を経験し、それに伴って在日朝鮮人の可処分所得も落ち込んだ。同時に日本政府は、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の関与を疑う違法ビジネスへの締め付けを強めてきた。北朝鮮に長期にわたって資金を送ってきた朝鮮総連は、こうした疑いを否定している。

北朝鮮が1回目の核実験を実施した2006年には、日本は北朝鮮との金融取引の多くを禁止し、北朝鮮籍の全ての船舶の入港も禁止した。

財務省によると、過去3年の北朝鮮向け送金額は約2000万ドル。韓国に住む脱北者から北朝鮮への送金額は年間1000万ドルと推計されている。

最近では、日本から北朝鮮への現金持ち込みを旅行者に頼んだり、郵送で現金を送るのが普通になっている。問題は、全額が実際に送り先に届いているか不明なことだ。

関西大学経済学部の李英知教授は、北朝鮮に住む家族に年間20万円ほどを送金しているが、そのうち半分は北朝鮮当局者の懐に入ると考えているという。

同教授は「われわれは約50年にわたって送金してきた。北に送られた朝鮮人がいつか自立すると望んでいるが、そうなる兆しはまだない」と語った。

<食料もまた重要>

北朝鮮は慢性的な食料不足に苦しんでおり、1990年代の飢きんでは100万人が命を落としたとの推計もある。

在日2世のドキュメンタリー映画監督、梁英姫氏は「1990年代には物を送らないといけなかった」と語り、当時はゴマ油や砂糖、米、麺類などを北朝鮮で暮らす親類に送ったと明かす。梁氏の3人の兄は1970年代に帰還事業で北朝鮮に渡り、1人はすでに他界したが、2人はまだ向こうで暮らしている。

前出の男性も、異父兄弟による日本からの送金で、自分の結婚資金や住宅資金が作れたほか、両親や別の兄弟たちの食料や医薬品も買えたと振り返った。

また1970年代と80年代には、円の代わりに、いわゆる「外貨兌換券」を受け取っていたという。男性は「現金はそのまま国庫に行ってしまうが、われわれはこうした兌換券を使って外貨商店で物を買うことができた」と話す。

兌換券は現在でも、南北合同で事業を進めている開城工業団地で使われている。同団地を訪問した韓国議員によると、韓国企業は米ドルで賃金を支払い、北朝鮮政府は労働者に兌換券か自国ウォンを渡しているという。

男性は北朝鮮に妻子を残してきたことを悲しみつつも、「自分は金持ちではないが幸せだと思う。自由を心から愛している。何でも自由に話し、聞き、見ることができる」と語った。

(ロイター日本語サービス 原文:Ju-min Park 、翻訳・編集:橋本俊樹、宮井伸明)

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