[東京 12日 ロイター] デフレ脱却に向けて日銀が強力な金融緩和に動く中、日銀による長期国債の買い入れ額が年間40兆円に達し、2012年度予算の新規国債発行額に迫る規模に膨らんでいる。
日銀による大規模な国債購入について、複数の専門家は、現状は財政赤字のファイナンス(以下、財政ファイナンス)と断定できないとしながらも、日銀自らが設定している「銀行券ルール」の形骸化など、すでに財政ファイナンスの領域に踏み入りつつあるとの見方を示す。
市場が財政ファイナンスと受けとめるきっかけとして消費増税のとん挫など財政規律に対する疑念を指摘する声が多いが、長期金利の急騰に直結するかは見方が分かれている。
ロイターは、3月下旬から4月上旬にかけて、財政ファイナンスについて専門家を対象にした連続インタビューを実施した。
<日銀の国債購入は年間40兆円、長期金利上昇を懸念>
日銀は2月の金融政策決定会合で、事実上のインフレ目標を導入するとともに、リスク性資産も買い入れる資産買入基金における長期国債(残存1─2年程度が対象)の10兆円増額に踏み切った。これにより、従来から実施している成長通貨の供給を目的とした国債買い入れオペと合わせて月間3.3兆円、年間40兆円に及ぶ長期国債を買い入れることになった。
日銀では、こうした大規模な国債買い入れが、市場から財政ファイナンスと受けとめられることを強く懸念している。白川方明総裁ら幹部は講演や会見などで、日銀による国債買い入れは財政ファイナンスが目的ではないと再三にわたって強調し、「財政ファイナンスを目的として国債を買っていると万が一思われると、どこかの段階で長期金利が上がり、経済活動にも影響を与える」(白川総裁、3月27日参院財政金融委員会)と、警戒している。
<国債購入は量的緩和達成の手段、貨幣需要膨張で買入余地も拡大>
財政ファイナンスに明確な定義はなく、具体的に何をもって財政ファイナンスと捉えるのか、見方もさまざまだが、多くの専門家は、現状の日銀による大規模な国債買い入れは財政ファイナンスには当たらない、または断定できないとの見方を示す。
大和総研の武藤敏郎理事長(前日銀副総裁・元財務次官)は、現行の国債買い入れは日銀が実施している「量的緩和政策」を達成するための手段と位置づける。金融緩和政策が「日銀のコントロールの下で着実に実施していくことが担保されていれば、財政ファイナンとはいえない」との考えだ。
また、慶応大学の池尾和人教授は、ゼロ金利やデフレ期待などで貨幣需要が膨張している現状での国債買い増しは「財政ファイナンスとは必ずしもいえない」と語る。
ゼロ金利制約下での貨幣需要の高まりで、日銀による国債の買い入れ余地が拡大しており、それに伴って国債購入を増やしている限り、財政ファイナンスには当たらないとの見方だ。将来的にデフレから脱却し、経済・物価情勢に見合って金利が上昇、過剰に膨らんでいる貨幣需要が正常化する局面において、日銀が独自の判断で保有国債を売却できるかなどが財政ファイナンスかどうかを見極めるポイントになると指摘する。
<銀行券ルール、すでに破棄と認識>
財政ファイナンスとは決めつけられないものの、すでその領域に近づいているとの声もある。多くが指摘するのは、日銀が国債買い入れを財政ファイナンスと受けとられないための一つの基準にしている「銀行券ルール」の存在だ。同ルールは、銀行券の発行残高を日銀の長期国債保有額の上限としているもので、成長通貨の供給を目的とした国債買い入れオペに適用している。
日銀によると、3月末現在の銀行券発行残高は80.8兆円程度。これに対して同オペによる保有額が64.4兆円程度で、差額は16兆円程度となっている。同ルールでは、資産買入基金による長期国債の買い入れは対象外だが、基金では今年末までに長期国債残高を19兆円まで積み上げる計画。これを合わせれば銀行券残高を事実上、上回る可能性が大きい。
立教大学の田谷禎三・特任教授(元日銀審議委員)は、「銀行券ルールを逸脱する日銀の国債買い入れは財政ファイナンスといわれてもおかしくない」と語る。もっとも、日銀が2月、同ルールを事実上逸脱する可能性が大きい10兆円という多額の国債買い入れ増に踏み切ったことは、市場から、日銀はルールに縛られずに「債券相場が崩れた場合に乗り出してくる」と受けとめられ、現段階では、むしろ市場の安定要因と解釈されている可能性があるという。
形骸化している銀行券ルール自体に意味がなくなっているとの声もある。日本経済研究センターの岩田一政理事長(前日銀副総裁)は「(銀行券ルールは)経済が順調に成長している時に通貨を供給するための、言わば平時のルール。戦時のルールではない」とし、資産買入基金を創設して長期国債を買い入れた時点で「破棄されたと受け取っている」と指摘。
池尾氏も「日銀は財政ファイナンスをやりたくないとの思いから、銀行券ルールを代表とした防衛ラインを敷いてきたが、これは事実上、突破されたとみていい」と語っている。
<消費増税とん挫なら格下げ・国債売りか、金利上昇は限定の見方も>
日本経済のデフレからの脱却が展望できない中で、日銀は、物価動向をにらみながら、今後も追加緩和に踏み切る公算が高い。さらなる国債の買い入れ増は、財政ファイナンス懸念を一段と強める方向になるのは間違いない。
しかし、マーケットをみるうえでは、そうした日銀の政策対応よりも、政府が今後も財政規律を維持できるかが、より重要なポイントだ。岩田氏は、日銀が国債を直接引き受けない限り、財政ファイナンスにはならないと述べる一方、「国債を市場から購入しても財政ファイナンスとみなされるのは、財政当局が財政規律を失ってしまう場合」と指摘。財政当局が中長期の財政目標を明確にし、実現に努力することが重要と訴える。
田谷氏は、欧州債務危機を踏まえれば、「どういうきっかけで(日本国債が)投資家に売りを浴びせられるかわからない」とし、「消費税引き上げが反故になるようなことがあれば、そのタイミングで投資家が(売りを)仕掛けてくるかも知れない」と、消費増税法案の行方を懸念する。
武藤氏も、消費増税法案が成立しない場合、格付け会社が日本国債の格付けを2─3ノッチ引き下げる可能性があると警告。それでも政府が消費増税に引き続き取り組むなど財政規律を守る政策努力を続ければ、国債が大きく売り込まれることにはならず、「格下げが直ちに日本経済に無秩序な混乱をもたらす可能性は高くない」とみている。
一方、みずほ総研の高田創常務は、そもそもバランスシート調整下では、金融政策と財政政策が一体化せざるを得ないと指摘する。民間の資金需要がなくなるため、金融政策を機能させるには、政府セクターを通じて国債市場に働きかける「国債購入」か、海外セクターを通じて為替市場に働きかける「為替介入」しかないためだという。
その上で、さらなる緩和策が日本国債売りを招く可能性について「ワールドカップに例えれば、勝者と敗者を分けているのは経常収支が黒字なのか、赤字なのかどうかだ」とし、経常黒字である日本の国債に「売りを仕掛けるのは難しい」と分析。財政ファイナンス懸念の高まりが、必ずしも投資家の国債売りを誘発し、長期金利大きく上昇させるとは限らないとしている。
(ロイターニュース 伊藤純夫 取材協力:山口貴也、木原麗花、石黒里絵、竹本能文 編集 橋本浩)
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