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特別リポート:野村「増資インサイダー」の行方、当局との攻防90日

[東京 15日 ロイター] 相次いで表面化している増資インサイダー問題で、野村証券の関与が際立っている。かつて総会屋への利益供与や暴力団との癒着、大口顧客への損失補てんなど数々のスキャンダルにまみれた同社。一時期は、過去との決別をめざし「コンプライアンス(法令順守や企業倫理)の優等生」とも評された。

6月15日、相次いで表面化している増資インサイダー問題で、野村証券の関与が際立っている。野村の動揺は、日本の資本市場の機能不全にもつながりかねない。写真は都内の野村証券支店。昨年11月撮影(2012年 ロイター/Kim Kyung Hoon)

だが、負の遺伝子は消えていなかったのか。金融庁・証券取引等監視委員会との攻防は3月に明らかになって以降、90日間に及んでいる。行政処分の内容次第では、経営陣の進退問題も避けられないとの指摘も出てきた。業界のガリバー、野村の動揺は、日本の資本市場の機能不全にもつながりかねない。

<苛立つ金融担当相、矛先は野村証券に>

「なぜ野村証券は電話の1本も寄越さないんだ。どうなっているんだ」――。3月23日、霞が関・中央合同庁舎7号館17階に構える金融庁大臣室に、自見庄三郎・担当相(当時)の野太い声が響き渡った。傘下の銀行によるインサイダー取引が発覚し、その二日前に課徴金の支払いを勧告された三井住友トラスト・ホールディングス8309.Tの田辺和夫社長(当時)らが謝罪に訪れた時のことである。

本来ならば、インサイダー取引を実際に行い、不正な利益を上げた三井住友トラストの首脳が叱責される場になるはずだった。ところが、自見担当相の怒りの矛先は、インサイダー情報を流したと監視委が認定した野村証券に向けられていた。

「監視委から事件の一角を担っていたと指摘されながら、まったく認めようとしない野村の姿勢に憤っていた」と金融庁幹部は話す。田辺社長らは、結局、自らの不祥事を詫びるタイミングを逸したまま大臣室を後にした。

3月以降、日本では公募増資をめぐるインサイダー問題に対し勧告や行政処分が相次ぎ、東京マーケットへの信頼を根底から揺るがす事態に陥っている。すでに出されている勧告だけでも、旧中央三井アセット信託銀行で2件、和製ヘッジファンドのあすかアセットマネジメントが1件、さらに6月に入ってからは米国の金融機関でも不正が発覚し、合計4件に達した。

このうち3件で、インサイダー情報を提供したのが野村証券だった。野村はそれぞれの案件で公募増資の主幹事を務めていた。増資を計画・実施する「引き受け」業務と発行された株式を売る「販売」業務の間には、事前の情報漏れを遮断するチャイニーズ・ウォール(情報隔壁)が存在しなくてはならない。野村のインサイダー関与は、それが機能していない日本市場の現実を浮き彫りにした。

業界内には「増資インサイダーはどこでもやっている。本当は外資系証券の方がひどい」(証券アナリスト)との指摘はある。実際に、SMBC日興証券も増資情報の管理が不適切だったとして業務改善命令を受けた。あすかアセットの不正取引でも、インサイダー情報を流したのはJPモルガンだったことが明らかになっている。

だが、そうした中でも、野村証券の関与は突出している。「業界トップにもかかわらず、この体たらくか」――。自見金融担当相を筆頭に金融庁や証券監視委メンバーが漏らす厳しい言葉からは、野村に対する強い不信感がうかがえる。

<証券不祥事からの決別>

「野村ほどコンプラが行き届いた証券会社はない」。2000年代前半、ある金融庁幹部は野村が全社を挙げて取り組んだ社内統治体制の強化を高く評価した。同社が深刻な事件を引き起こし、世間から激しい指弾を浴びた後のことである。

1990年の日経平均株価の暴落をきっかけにしたバブル崩壊は、右肩上がりの株価上昇の中で覆い隠されてきた証券会社の「負の一面」を白日の下にさらけ出した。91年に発覚した暴力団との癒着や、大口顧客の損失補てん、97年の総会屋系企業への利益供与など一連の証券スキャンダルだ。

大手証券のトップは次々と退任を余儀なくされ、再発防止への決意と共に、闇社会との決別やコンプライアンス体制の構築に向けて動き出した。野村証券も例外ではない。91年には損失補てんの責任を取って当時の田淵義久社長が引責辞任。97年には後任だった酒巻英雄社長も総会屋への利益供与で辞任・逮捕に追い込まれた。2度にわたる会社ぐるみの不祥事は、野村証券の存立基盤を大きく脅かした。

後を継いだのが、当時、常務としてニューヨークに駐在していた氏家純一氏だった。同氏は社長就任直後の部店長会議で「3度目の不祥事があったら、野村は潰される」と訴え、組織存続への強烈な危機感を露わにした。これを機に、脱法行為の一掃をめざした野村の自己変革が始まった。

野村が企業体質の浄化に取り組んだもう一つのきっかけは、2001年のニューヨーク上場だ。コンプライアンスに厳しい米国証券取引委員会は、一罰百戒で鳴らす。大きな事件を引き起こせば多額の制裁金を科せられるため、それを回避するには自ずと厳しいコンプライアンス体制を構築しなければならない。

一方で、氏家時代に失ったものもある、と指摘する関係者もいる。それは、監督官庁との蜜月関係だ。当局と業界トップは良くも悪くも二人三脚で業界を引っ張ってきた。野村も古くは監督官庁の旧大蔵省とこうした関係を結び、国債市場の育成などに取り組んできた。旧大蔵省証券局が野村の「霞が関支店」と揶揄(やゆ)されていたのは有名な話だ。

しかし、市場重視の新古典派経済学の総本山、米シカゴ大学大学院で経済学博士号を取得した氏家社長は、監督官庁との対応に重きを置かなかった。一連の証券不祥事で、旧大蔵省から切り捨てられたとの恨みが組織に残っていたことも背景にあるという。

業界団体である日本証券業協会の会長ポストには関心を示さず、金融当局が打ち出す政策にも陰に陽にNOを突きつけることさえ辞さなかった。「監督官庁との関係を重視し、日本の資本市場をともに作ろうとの意気込みはなくなっていった」と、古くからの証券界を知る関係者は言う。

冷却化する野村と監督当局との関係は、次第に対立の構図へと変質する。金融庁との関係疎遠を表す最近のエピソードがある。

3月6日、野村ホールディングス8604.Tは、傘下の野村証券の渡部賢一社長がHDのグループCEOに専念し、後任社長に永井浩二副社長が昇格する首脳人事を発表した。しかし、金融庁には事前に一切の報告もせずに放置したため、取締役会の最中に同庁から呼び出しを食らう。渡部グループCEOと古賀信行会長が永井新社長を伴って急きょ、同庁に出向いたものの、畑中龍太郎長官との面談はかなわないまま、引き返えさざるをえなかったという。

<規制の抜け穴、「情報伝達者」>

一連のインサイダー問題で、野村証券は増資情報を投資家に漏らした、と証券監視委に指摘されている。しかし、金融商品取引法では、情報を漏らしただけでは「伝達者」は法令違反の対象にはならない。インサイダー規制は、株式を売買して利益を上げた行為者が罰せられる。現行法は、そう規定している。「伝達者」が対象となっていないのは、うっかり口にしてしまった情報を元に、聞いた相手が勝手にインサイダー取引を行うケースがあるため、実際の行為者の責任追及に軸足を置いたからだ。

ところが、今回、証券監視委がターゲットにしているのは、本来ならば金商法違反に問われるはずのない野村証券だ。「インサイダー情報の投資家への提供が、ビジネスの一環になっていたのではないか」(幹部)との疑いを監視委は持っている。

企業の公募増資の主幹事を獲得し、引き受けた新株を投資家に販売するビジネスは、証券会社の基幹業務だ。引き受け業務と販売業務は言わば”車の両輪”。強力な販売部隊を持つ証券会社であれば、企業は安心して新株の引き受け業務を任せることができる。引き受け部隊が投資家に人気の企業の株式を仕込むことができれば、販売部隊は楽に売れる。相乗効果でビジネスを発展させることができるわけだ。

野村証券の株式引き受け・販売業務は日本国内で圧倒的な地位を確立している。国内外のライバル証券会社を寄せ付けず、株式引き受け業務の国内シェアは2010年に35.9%。ある国内金融機関のCFOは「株にしても債券にしても、野村に任せたら売り切ってもらえる」と大きな期待を寄せる。

市場を席巻する野村証券の強力な営業力、そして顧客からの絶大な信頼。しかし、その影で、法規制に挑戦するかのような暴走行為への疑惑や批判も存在する。インサイダー問題に揺れる野村証券の引き受け・販売の現場では、何があったのか。

<増資ラッシュ、インサイダー営業で対応か>

「機関投資家の運用部門を訪れると、『次の増資銘柄はどこだろう』という話ばかりだった」。公募増資が相次いだ2009年から10年にかけての株式市場の動向を、外資系証券会社の株式営業担当者は、こう振り返る。

08年のリーマン・ショックをきっかけとして、世界経済は同時不況に突入。日本企業は生き残りをかけてなりふり構わぬ資本調達に走り出していた。09年に日本企業が行ったエクイティ・ファイナンスは、08年比3.9倍の5.9兆円。10年は5.1兆円だった。マーケットは、企業の公募増資懸念に覆われていた。

増資すれば発行済み株式数が増加し、需給の悪化懸念から株価は下落する。本来ならば、株式を発行する企業は株式の希薄化を打ち返すための成長戦略を提示し、株価の下落を回避するのが、資本調達のセオリーではある。しかし、生き残りや規制対応のための必死の資本増強は、そんなセオリーさえ吹き飛ばしてしまう。成長戦略なき増資ラッシュの始まりだ。

勧告の出た4件のインサイダー取引の材料にされた国際石油開発帝石(INPEX)1605.T、みずほフィナンシャルグループ8411.T、日本板硝子5202.T、東京電力9501.Tは、いずれもこの時期に公募増資に踏み切っている。

公募増資を成功させるためには、引き受けた株式をどうしても売り切る必要がある。大口の機関投資家に確実にはめ込むためには、すでにファンドに組み込まれている株式を事前に売っておいてもらい、安値で買い取ってもらうのが得策だ。ある証券会社の幹部は「営業戦略の一環として組み込まれていたのではないか」と分析する。

実際、旧中央三井アセットの2人のファンド・マネージャーは、INPEXとみずほの公募増資に応募し、一部を安値で買い戻していた。株価が下落する発行企業を置き去りにして、引き受け・販売する証券会社と、株式を買い受ける投資家がそろって利益を手にする。証券会社と特定投資家とのもたれ合いの構図だ。「どちらも二流の金融機関の振る舞い」と監視委幹部は憤る。

「販売に結びつけるために、本来厳格であるべき情報管理をおろそかにして、大口投資家にインサイダー情報を提供していた」。これが、証券監視委の見立てだ。その一方で、蚊帳の外に置かれた他の機関投資家や個人投資家らは、知らぬ間に株価下落の打撃を被っていたことになる。

INPEXなど3社の株価は増資発表前に売りに押されて下落した。増資情報が事前に漏れているとの不信を抱いた海外投資家から相次いだ調査要請が、証券監視委を本格調査に駆り立てる契機となった。

<90年代の損失補てん、大口顧客優遇は変わらず>

大口の得意客に特別のインセンティブを提供する―。今回、監視委が指摘する野村証券のインサイダー関与の疑惑は、同社が過去に引き起こした損失補てん問題と二重写しにもみえる。

「宴の裏で、悪魔が微笑んでいた」。1991年6月24日、野村証券の田淵社長と日興証券の岩崎琢弥社長が共に大口顧客損失補てん問題などの責任を取り、辞任を発表した。その記者会見で、岩崎社長はこう語った。

証券会社の紹介で財テクにのめり込み、一挙に損失を拡大させた大手企業。野村や大和証券、旧日興証券、旧山一証券など大手4社をはじめとする証券各社が取った手段が、上得意の大企業に対する損失の穴埋めだった。補てん額は業界全体で、2164億円。旧大蔵省は91年10月、大手4社に対して法人部門の営業自粛を指導した。

損失補てんは通達では禁止されていたものの、罰則規定はなかった。「(脱法行為とは知りながら)大口顧客を守らなければならないという、止むに止まれぬ気持があった」と大手証券幹部は振り返る。今回のインサイダー問題でも、「伝達者」は法令違反に問われないという抜け穴を突いたかに見える。「手法は変わったが、一部の大口顧客を優遇させる営業姿勢はそのままなのではないか」と、当時を知る金融庁幹部は言う。

<自浄作用機能せず、特別検査に発展>

「野村が自浄作用を発揮することを期待したが、残念だ」――。証券監視委幹部は、野村に対する特別検査が始まった直後、こう漏らした。

野村が本拠を置く東京・大手町のアーバンネット大手町ビルに証券取引等監視委員会の特別検査チームが乗り込んだのは4月25日。昨年12月から行っていた一般検査の結果通知を示した翌日の出来事である。異例の事態に検査チームの拠点となった14階の大会議室から社内に重苦しい空気が広がっていった。「野村には、旧中央三井のインサイダー取引の調査で十分に向き合ってもらえなかった。これからしっかり向き合ってもらう」。監視委幹部はこう続けた。

この時点で、監視委はすでに野村から社外に情報が流出するルートをほぼ把握済みだった。特別検査の狙いは、野村社内の情報隔壁がどのように崩れているのかの徹底調査だ。チャイニーズ・ウォールによって遮断されている企業の増資情報が、どこからどのように漏れ出たのか。ここを特定しなければ、野村の浄化には繋がらない。

最重要の調査ターゲットの一つになったのは、生命保険や信託銀行、運用会社などに株式など有価証券の販売を担当する機関投資家営業部だった。いずれのインサイダー取引でも、情報伝達者の役割を果たしたのが、同部に所属する営業担当者だったからだ。

INPEX株を利用したインサイダー取引で、旧中央三井のファンド・マネージャーは、保有していた株式210株を2010年7月1日から7日にかけて売却。監視委は、ファンド・マネージャーが売却を始める前日に、女性営業担当者と銀行近くの喫茶店で会ったことを突き止め、その場でINPEXの大規模公募増資の実施が伝えられた、とみている。INPEXが約5400億円に上る大規模増資を発表したのは、8日のことだ。

しかし、こうした監視委の調査に対して、野村は当初、社を上げて否定の態度を示し続けた。社内の情報管理の不備はもとより、情報流出元となったことさえ認めようとしなかった。

一向に動こうとしない野村に対して、苛立ちを強める証券監視委。「野村はまだ認識が甘い」(幹部)との声が漏れ聞こえ出した5月、監視委は2件目の旧中央三井アセット信託銀行のインサイダー取引で勧告に踏み切った。今度は、みずほFGの増資に伴うものだった。

結局、特別検査が1カ月以上も続くなか、一貫して関与を否定してきた野村証券が態度を急変させたのは6月8日の米金融機関に対する勧告を受けてからだ。監視委に追い詰められるかたちで、一連のインサイダー問題で情報提供者だったことを事実上認めるコメントを発表した。渡部グループCEO自らの判断だったという。監視委のある幹部は「一歩前進だ」と話した。

渡部グループCEOは、監視委の対応役として、それまでの田中浩専務を外し、90年代にMOF(旧大蔵省)担当として証券不祥事を経験した永松昌一常務らを起用し、当局との関係改善にも乗り出した。

<経営陣の進退問題に発展する可能性も>

監視委による特別検査で、機関投資家営業部が情報を得ていた先は、公募増資株の販売戦略を練るシンジケート部だったことが明らかになった。役職員の関与さえ浮上しており、組織的な行為だった可能性も出ている。

今後の焦点は、野村に関して証券監視委がどのような処分勧告を出し、それを踏まえて金融庁がどのような行政処分を発動するのかに移る。インサイダー情報の伝達そのものは法令違反には問えないにしても、「金商法に基づく情報管理体制の不備で、業務改善命令が出されるのは確実」(金融庁幹部)だ。問題は、業務停止命令が出るのかどうか。さらに、経営責任をどのように問うのか。場合によっては、首脳陣の進退問題にも発展しかねない、との見方もある。

行政処分の軽重を占うのは、一転して関与を認めた野村証券が内部調査のために雇った弁護士による調査結果だ。「これまでの膿を自ら明らかにする自浄作用が機能した内容であれば、大事には至らない」と話す金融庁幹部もいる。ただ、監視委や金融庁が求めている水準は決して低くない。これまでに監視委が指摘していないインサイダー疑惑も公表するぐらいの姿勢が必要だとしている。当局は、野村の出方をうかがっている状況だ。

処分の内容次第では、東京市場そのものに与えるインパクトも小さくない。すでに財投機関債や政府系債券の発行で野村を幹事業務から外す動きも出てきた。「行政処分の内容によっては企業の資金調達に甚大な影響を及ぼしかねない」(大手銀行幹部)と危惧する声も出ている。

どのような決着を図るのか。野村と当局との攻防は最終局面を迎えることになる。

一連の増資インサイダー問題への対応について、野村HDの広報担当者は「監視委の検査や社外の弁護士による調査を踏まえ、改善策の策定や人事処分など厳正に対処していく」とコメントしている。

(ロイターニュース 布施太郎 取材協力:平田紀之、江本恵美、Nathan Layne 編集:橋本浩)

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