September 25, 2012 / 1:41 AM / 7 years ago

コラム:「通貨の秋」は想定外頻発、円安転換にも要注意=斉藤洋二氏

[東京 25日 ロイター] 今年もまた「通貨の秋」が巡ってきた。固定相場の昔、例年秋に開催される国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会で多角的通貨調整(リアラインメント)が議論されたことなどに、その語源は求められる。ちなみに、今年は、東京で10月12日から14日まで開催されるが、ユーロが主要議題になるのは必至である。

1973年に日本を含む先進各国が相次いで変動相場制に移行した後も、秋には大相場が展開されることが多かった。代表例は、85年9月22日の「プラザ合意」。その翌日から烈々たる日々が始まった。87年2月の「ルーブル合意」までのわずか1年5カ月で円相場は240円水準から150円水準へと40%も上昇。これを契機に日本経済にとって円高対策は最優先のテーマとなり、今日の家電産業に見られる通り、ついに「ものづくり国家」としての危機に直面するに至っている。

一方、英国の「暗黒の水曜日」(92年9月16日)も秋に起きた。欧州通貨統合への参加を念頭におく英国は、その2年前の90年にポンドを欧州為替相場メカニズム(ERM)に参加させ、対外均衡を図るため国内金利を高めに誘導するが、その矛盾をついたジョージ・ソロス氏の大量のポンド売りにさらされ、ERM脱退に追い込まれた。いうまでもなく、英国に大陸諸国との通貨統合を断念させた歴史的事件である。

ちなみに、株式市場でも暴落は秋に起こることが多い。29年の大恐慌は10月24日の「暗黒の木曜日」と同29日の「悲劇の火曜日」。87年の「暗黒の月曜日」は10月19日、2008年のリーマンショックの「暗黒の一週間」は10月6日に始まった。

相場変動の季節性の解明が本稿の目的ではないので、ここでは昼の時間が短くなり人間が心理的に鬱(うつ)傾向を強め、その行動の結果が相場を変動させると説明されることが多いと付記するにとどめる。ただ、一笑に付すのは簡単だが、市場は新古典派経済学でいうところの「ホモ・エコノミクス(経済人)」すなわち合理的な人々で形成されているわけではない。ましてや、市場は効率的に運用されているわけでもない。

人間が不確実性のもとでいかに非合理な決定を下すかということは、2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン教授らが実証的につまびらかにしていることだ。人間が論理的思考よりも直感すなわち感情に支配され、物事が感情により決定されることにより、思わぬ結論が導き出されるとの論に従えば、為替相場は非合理なものであり、大変動が秋に集中して起きることを心にとどめおく意味は少なからずあるはずだ。

<多くのFX投資家が負ける理由>

さて、人は古来、種々の経験から相場について学んできた。たとえば、「卵は一つの籠に盛るな」。この暗黙知は、市場に多少の波乱があっても資産を分散させれば運用成果のブレを平準化できるという分散投資の要諦となり、モダンポートフォリオ理論として半世紀にわたり投資理論の教科書となった。

この理論は、確率論的にベル型カーブ(鐘形曲線)で左右対称に裾野が広がる正規分布を使い、極端な値をとる標本例は存在しないとの大前提に立っている。しかし、実際の市場においては、投資家は合理的な経済人ではなく、また大波乱の発生頻度は正規分布では説明不能であり、適用性には限界を示すところとなった。

そこで注目されるのが「べき乗則」分布だ。東日本大震災はマグニチュード(M)9.0の巨大地震だった。マグニチュードは地震が発するエネルギーの大きさを示すが、M6から7、8へはそれぞれ2の5乗(32倍)、2の10乗(1000倍)と「べき乗則」で増加する。一方その発生頻度は逆2乗の法則が働き減少していくが、ゼロにはならない。ここから「超大型の地震は案外起きる」との教訓が得られる。

この「べき乗則」分布は為替・株式市場の相場変動においても同様であることが経済物理学的に検証されている。大暴落・大恐慌が頻発する金融市場は、相場変動の規模そして頻度の両面において、まさに「べき乗則」の世界であることを示している。

短期であれ、長期であれ、為替市場を見れば、大半の時間は「保ち合い」といわれる一定レンジ内での反復を繰り返す。「逆張り」をやっていれば勝ち続けることができるはずだが、実態はバンドを突き抜ける変動の発生確率が高く、その規模も大きい。FX(外国為替証拠金取引)で大半の人が負けている原因のひとつがここにあると考えられる。

<パラダイムシフトはすでに起きている>

では、以上のことを踏まえて、円相場を見てみよう。

現在の円相場は、120円水準から円高に転じて5年を経過した。円高の大きな要因のひとつは95年以来続くデフレだ。長期デフレの理由については、バブル崩壊の後遺症、少子高齢化、中国の安い労働力と商品の流入など種々挙げられ議論されてきた。特にリーマンショック以降については、米国が量的緩和策によりベースマネーを大幅に増加。この間の日米の金融政策のスタンスの違いが円相場に与えた影響は否定しがたい。

ただし、現在の円相場を取り巻く環境は、すでにパラダイムシフトが以下の諸点で起きている。まず日銀は今年2月14日に「中長期的な物価安定の目途」を導入し、消費者物価(CPI)の前年比上昇率1%を目指すとしたほか、追加の金融緩和にも舵を切った。また、31年にわたる貿易黒字が赤字に転落し、さらには経常収支黒字も急速に縮小を始めるなど、為替需給に変化がある。そして、ホルムズ海峡は依然不穏でありエネルギー不安を抱えている。最後に、財政赤字が巨大であり、日本への評価は一変する可能性を内包している。

円相場はすでに歴史的円高水準にあるとはいえ、円の上昇力は鈍り、対ドルではこの2年間75円―85円のレンジで「保ち合い」が続いている。人間は心理学的に、近い過去の経験から近未来を予測する傾向にある。つまり、「円相場は動かぬもの」「相場が動く時は円高へ」との思い込みが市場に定着しているように見える。しかし、相場は決して安定的なものではなく、さらには非合理なものであることを忘れてはならない。つまり、前掲のパラダイムシフトを考慮し、べき乗則に従えば、円安方向にバンドを突き抜ける可能性も心にとどめおく必要がある。

江戸時代に名をはせた相場師、本間宗久翁は3つの心得を言い残している。機に待つに即ち「仁」(チャンスが来るまでじっと待つ)。機に乗じるに即ち「勇」(チャンスが来たら果敢に攻める)。機に転ずるに即ち「智」(柔軟に対応し、すぐに考えを切り替える)、と。現在の動意の乏しい相場はさしずめ「仁」の章と言ったところだが、季節はまさに「通貨の秋」。「勇」「智」の備えこそ肝要と言えよう。

*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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