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特別リポート:格差拡大で「ひび割れるユーロ」、単一通貨の未来は

 [テーベ/シュツットガルト/東京 17日 ロイター] 欧州の平和と繁栄の象徴として1999年に誕生した単一通貨「ユーロ」が最大の危機に直面している。その崇高な理想とは裏腹に、圏内の経済格差はなお大きく、財政規律はきしみ、政府間には不協和音が絶えない。

 8月17日、欧州の平和と繁栄の象徴として1999年に誕生した単一通貨「ユーロ」が最大の危機に直面している。写真は昨年11月、フランクフルトの欧州中央銀行(ECB)本部前で撮影(2011年 ロイター/Kai Pfaffenbach)

 ギリシャの財政破たんとそれに続くソブリン危機があぶりだしたユーロ体制の亀裂は、修復可能なのか。「強者」ドイツと「弱者」ギリシャの間に横たわる溝の深さは、欧州通貨統合の厳しい未来を暗示している。  

 アテネから北へおよそ70キロ、古代ギリシャの有力都市国家として栄えたテーベは、約1万社を有する同国有数の工業都市としても知られる。1970年代初めに、ここで配管設備などの生産を立ち上げたペトゼタキス社は、事業拡大の波に乗ってポルトガルやドイツにも進出。「ギリシャ初の多国籍企業」を自負するまでに成長した。  

 そして2001年、ペトゼタキスにさらなる飛躍のチャンスが訪れた。ギリシャのユーロ加盟である。米ドル、円に並ぶ強力な通貨を手にして、ギリシャ企業の資金調達環境は一気に改善。ペトゼタキスもここぞとばかりに世界各地で中小の競合メーカーを買いあさり、業容は国境を越えて拡大を続けた。 

 だが、その恩恵も長くは続かなかった。2008年9月のリーマン・ショックでユーロは急落。ペトゼタキス社が「手を拡げすぎた」と気づいたときには、世界は金融危機に揺れていた。その後遺症が続く中、同社のテーベ工場は昨年末に操業を停止。給与の支払いもままならない事態に追い込まれた。 

 「地元の人間が150人くらい働いていた。去年の11月から仕事はしていない。給料が出るなら働くがね」。元従業員のスピロス・メガリティスさんはそう語った。しかし、この時、同社が進出したドイツの状況は違った。ギリシャ国内の窮状とは対照的に、同社のドイツ工場は設立以来の忙しさに追われていた。  

 ひび割れるユーロ経済圏──。ギリシャとドイツの製造業を比べてみると、同じ通貨を共有しながら深刻な経済格差が存在するユーロ圏の実態が浮かび上がってくる。  

 テーベから北に1600キロ、ドイツのシュツットガルト郊外では、自動車部品メーカー、エルリングクリンガーのステファン・ヴォルフ最高経営責任者(CEO)が「弱いユーロ」と格闘していた。ただ、その影響は、ギリシャの多くの企業に比べれば、はるかに軽微だ。    

 同社は2008年にスイスの企業を買収。ギリシャ危機でユーロ安が進み、買収資金の返済負担が増した。「最終的に為替がどう影響するか、予測は難しいが、ある程度の損失は出るかもしれない。ただ、ユーロ安は確実に輸出にプラスで、多くの企業が潤うはずだ」。美しい山並みを望む風通しの良い一室でヴォルフ氏は語った。  

 ユーロ発足以降、ギリシャとドイツが歩んできた道のりは、分裂するユーロの現実をそのまま物語っている。ギリシャにとって、ユーロ加盟は、強い通貨の導入と安価な労働力という最強の成長モデルをもたらすはずだった。これに対し、ドイツはユーロ発足当時、東西統一の後遺症と高コスト体質に悩み、「欧州の病人」と揶揄され続けた。 

 しかし、その後、ドイツは苦しい改革を経て雇用と輸出が増加し、経済は順調に拡大。一方、ギリシャでは労働コストが上昇し、多くのメーカーが同国を離れてアジアや東欧に拠点を移した。生産性が格段に高いドイツに移転する企業さえ現れた。

 そして、ギリシャの苦境は国際金融市場を揺るがす事態にまで発展する。2009年10月に発足したパパンドレウ政権が前政権による統計数字の改ざんを暴露。同年の財政赤字の対GDP比がそれまで公表されていた6%程度ではなく、12.7%に達していることがわかり、同国のずさんな財政実態への懸念が一気に金融市場を覆った。    

 その後、ドイツを始めとするユーロ圏各国と国際通貨基金(IMF)による度重なる支援にもかかわらず、ギリシャ危機のマグマは衰えていない。むしろ、イタリア、スペイン、そしてフランスなど他の域内諸国に対する市場不安を誘発、単一通貨ユーロを足元から脅かし続けている。  

 だが、ギリシャ国内には、救済措置と引き換えに厳しい改革を迫るドイツなど支援国に対する反発が強まっている。一方、ドイツでは、自らの責任で危機を招いたギリシャをなぜ自分たちの税金で救済するのか、といった不満と不信が増幅しつつある。 

  <厳然たる格差> 

 ドイツとギリシャの国力の差は基本的な統計をみれば一目瞭然だ。例えば、経済協力開発機構(OECD)の統計によると、ギリシャ人はドイツ人の1.5倍働いている。2009年の平均労働時間は、ギリシャが2119時間、ドイツは1390時間にすぎない。1人当たり国内総生産の格差を考えると、労働生産性の高低がくっきりと浮かび上がる。 

 予想に違わず、所得はドイツが格段に高い。ギリシャの労組によると、同国民間部門の平均年収は2万8548ユーロ(316万9000円)、ドイツは4万3269ユーロだ。こうした所得格差は退職後の人生でも続く。 

 現在40歳の平均的なドイツ人は、67歳から月2200─2600ユーロの年金を受け取る。ギリシャは65歳の定年が義務化されているが、多くの業種を「きつくて不健康な労働」と認定する特例のおかげで、多くの人が50代後半で引退し年金を受け取り始める。ただ、平均的な工場従業員が受け取る年金はドイツ人の半分以下だ。 

 もちろん、ユーロの導入で域内各国の賃金格差は是正が始まっているが、その副作用も無視できない。ギリシャの場合は特に影響が深刻だ。同国の労働コストは2000年以降50%近く上昇。同じ時期、ドイツの労働コストは10%も上昇していない。急激な賃金上昇で、製造業が集まるテーベは今、企業と雇用の流出に直面している。   

 月曜の午前9時。週明けの出勤風景が見られるはずのテーベ郊外の工場地帯には、がらんとした駐車場が広がっていた。通りに人影はなく、「売地、5000平米、工場用地」という看板だけが目につく。 

 「15年前はどこも人手不足で、企業は拡声器つきの車を出して人を集めていた」と、市役所に勤めるタナシス・カラベトシスさんは「古き良き時代」を振り返る。「今はいったん職を失えば、二度と働き口は見つからない」。     

 労働争議も問題に拍車をかけた。精密機械メーカーのディアマント・ウィンターは、度重なるストライキを嫌って、2009年に生産拠点をスペインなどに移した。同社の工場に29年間勤めたパナギオティス・カラボカスさんは「がらんとした工場を目にして、心臓が止まりそうになった。経営もまずかったが、労組にも責任がある」と当時を振り返る。   

 テーベ労組連絡協議会のディミトリス・ディミトリオウ会長によると、テーベ周辺ではこの1年間で約2000人が職を失った。失業率は20%、全国平均より4%ポイント高い。週2─3日しか操業せず、給与の遅配が常態化している工場も少なくない。「2カ月くらいの遅配は当たり前という風潮が広がりつつある」(同会長)。働いても給料の出ない労働者が、反政府デモに参加しても不思議ではない。    

 テーベ商店組合の理事長で、建築資材店を経営するニコス・ストラテロス氏は、相次ぐ工場閉鎖と失業の増大で「消費者の購買力はがた落ちした」と指摘する。店で販売するペンキや資材は、ほぼすべてが外国製だ。商店街は約2割の店がシャッターを下ろしている。忙しそうなのは中国系の安売り衣料店くらいだ。    

 もともと、ギリシャの製造業は債務危機の前から長らく不況にあえいでいた。同国の製造業PMI(購買担当者指数)は2008年10月以降、ほぼ一貫して好不況の境目となる50を下回っている。    

 だが、ストラテロス氏は、政府やIMFの対応で事態が悪化したと憤る。「客も我々もみんな苛立っている。いい気なのは救済してもらえる銀行くらいだ」。  

  <抜本的な緊縮策、市民へのツケ>  

 ユーロ加盟国で初めてデフォルト(債務不履行)の瀬戸際まで追い込まれたギリシャは、欧州連合(EU)、国際通貨基金(IMF)などから第一次支援(2010年)、第二次支援(2011年)として、これまでに総額2690億ユーロ(約30兆円)に及ぶ救済措置を受けている。第二次支援には、民間投資家の負担による債務軽減も盛り込まれた。   

 その代償として、ギリシャが対外公約したのは既得権益の切り捨てを含む抜本的な財政緊縮策。そのツケは様々な形で市民生活に目に見える打撃を及ぼしている。   

 テーベ市で物議を醸しているのが、財政緊縮をめざした公営病院・学校・警察などの地域統合政策だ。税務署職員、アレクシス・リアスコスさんは、当局が進める別の町の税務署との統合計画に不満をぶちまける。「(財政を圧迫している)脱税ではなく、税務署がターゲットになっている」。怒りを抑えきれないリアスコスさんは反政府デモに参加した。    

 労働基準局の人員も削られた。残された人数では企業の監視は不可能という。「たった4人で数千社を監督しなければならない。外回りをするにも車1台ない。週1日しか働けない労働者もいる」と労組連絡協議会のディミトリオウ会長は訴える。      

 テーベの丘の上にそびえる総合病院も、赤字削減のあおりで、隣町の病院との統合計画が持ち上がっている。ユーロ加盟後の好景気の最中に建てられた市内有数の病院だ。この病院の落成式で、祝福に訪れた当時のシミティス首相がビルのエレベーターに閉じ込められたことは市民たちの記憶に新しい。それ以来、病院では問題が絶えない。開設されるはずの診療科が開設されず、機器の納入も遅れがちだ。    

 「この病院では、まともに事が進んだためしがない。それで永久に閉鎖されてしまうんだ」と、年金生活者のラザロス・コリギアニスさんは、町中の病院が閉鎖されるのではないかと不安に脅えている。「ここはドイツじゃない。救急車なんかない。病院がなくなれば、急患は自分で車を運転して病院に行かなくてはならない」と地元のタナシス・ココンティニス議員は嘆いた。ユーロ圏が抱える域内格差は医療の分野にも及んでいる。     

  <ドイツの無関心>    

 ドイツ南西部の国際商業都市、シュツットガルト。同市の街角には、ユーロ体制を脅かしているギリシャのソブリン危機など、どこ吹く風という無関心ムードが漂う。その背景には、ドイツ経済がこの間、好調を維持してきたという事情もあるのかもしれない。ギリシャ危機によるユーロ安で、ドイツの輸出産業は大きな恩恵を受けた。国内景気の拡大で5月の税収が前年同月比10.1%増加。財政に余裕が生まれており、与党内では減税論も出るほどだった。   

 ドイツ経済を支える中小企業にも大きな痛手はでていない。経営者の多くは、リゾート地のギリシャが危機に見舞われていることは知っているが、少なくとも、国内事業に大きな影響が出たという話は聞こえてこない。  

 第二次大戦中の防空壕を利用した巨大なワインセラーを案内してくれた地元ワインメーカーのステファン・ヒューブナー専務は「ギリシャ危機の直接の影響は出ていない。うちは地元で商売をしており、南欧とは取引がない。2008─09年の金融危機の時も意外に影響がなく、ほっとした」と語る。   

 金融機関に情報技術(IT)サービスを提供するGFTテクノロジーズも、ユーロ安で新興国事業の運営コストが増したが、影響は限定的だと指摘する。   

 しかし、ユーロ圏の「勝者」ともいえるドイツにとっても、事態は楽観できない方向に進んでいる。ギリシャに端を発したソブリン不安は域内各国に波及する一方、ドイツも含め各国の製造業やサービス業の景況悪化も目立ち始め、実体経済の減速も鮮明になってきたからだ。   

 ギリシャと同様に大幅な財政赤字を抱えるアイルランド、ポルトガル、スペインの国債はすでに格下げされ、イタリアの国債も同様の不安にさらされている。   

 さらに、8月半ばには、ドイツと並ぶユーロの牽引役であるフランスに対しても「トリプルA」格付けを失うのではないかという懸念が市場に拡大。サルコジ大統領が静養先の海辺から引き返して新たな財政緊縮策を取りまとめる事態となった。  

 この余波で、こうした国々の国債を保有している欧州各国の銀行株が急落、フランスのソシエテ・ジェネラルSOGN.PAが一時22%も下落するなど、リーマン・ショック以来ともいえる混乱が起きた。

 株価急落を阻止するため、フランスは8月12日、イタリア、ベルギー、スペインとともに金融株に対する空売り規制を導入。ドイツも欧州全体で株式、国債、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)に対するネーキッド・ショートセリング(現物手当てのない空売り)禁止を呼び掛けた。   

 さらに、欧州中央銀行(ECB)は8月15日、ユーロ参加国の国債を12日までの1週間に220億ユーロ(約2兆4000億円)買い入れたと発表した。これは昨年5月の買い入れ開始以来、1週間の購入額としては最大規模で、ソブリン危機拡大に対するECBの切迫感が浮き彫りになった。 ソブリン危機の連鎖に加え、欧州圏の景況も再び減速モードに入っている。欧州連合(EU)統計局が8月16日に発表した第2・四半期のユーロ圏域内総生産(GDP)は、ドイツの景気低迷やフランスのゼロ成長を反映し、市場予想より低い前期比0.2%、 前年比1.7%の伸び(速報値)にとどまった。最大の押し下げ要因になったのは、貿易収支の悪化や消費の落ち込み、建設投資の不振で2009年第1・四半期以来の低成長となったドイツ経済の低迷だった。    

 欧州を覆う投機マネーの動きや景況感の悪化は、通貨統合の恩恵を共有しきれない現在のユーロ体制の反映でもある。圏内の経済格差や各国間にある不協和音が是正されない限り、弥縫策でユーロの信認を維持するのは難しい。ユーロ体制の動揺とひび割れをどう修復するか。圏内の亀裂が深まれば深まるほど、盟主を自任するドイツには、そうした難題が重くのしかかる。 

 「ドイツとフランスは、共通通貨としてのユーロを強化し、一段と発展させる義務を絶対的に感じている。そのためにユーロ圏の金融・経済政策の連携強化が必要であることは明らかだ」。ドイツのメルケル首相は16日に行ったサルコジ仏大統領との独仏首脳会談の後、こう語って、ユーロ動揺への危機感をあらわにした。しかし、この首脳会談では現状打開の決め手としてイタリアなどが求めていたユーロ圏共同債券の設立は先送りとなり、ユーロの失望売りを招く結果となった。  

  <ギリシャ切り捨て論も>      

 一方で、ドイツ国内には、ギリシャに対しユーロ離脱を求める声もあがっている。    

 GFTのウルリッヒ・ディーツCEOは、ギリシャのユーロ離脱を議論すべきだと考える。「半年ごとに金融支援をしている状況では、救済など不可能だ。ギリシャがいなくなれば、独仏などは資金を大幅に節約できる」。   

 こうした過激な主張には反対意見もある。材木メーカー、ヴォーリンガーのトーマス・ヴォーリンガー社長は「ギリシャを追い出すわけにはいかない。弱いところを切り捨てても答えにはならない」と語る。

 だが、そんなヴォーリンガー氏でさえ、ギリシャとドイツでは仕事に対する考え方が違いすぎると主張する。ギリシャに船遊びに行った同氏の友人は、港の利用料4.25ユーロを払うのに数時間待たされたという。  

 「料金所には4人も人がいるのに、1人はテレビを見て、もう1人も新聞なんかを読んでいる。そういう物の考え方だから、効率など全く考えないから、ギリシャは今こんなことになっているんじゃないか」

 テーベで衣料店を経営するゲオルゲ・ディモポウロスさんは、「ドイツが求めるような改革はギリシャ人の肌に合わないかもしれないが、ギリシャ人は「節約して競争力をつけるべきだ」と自戒する。「ユーロを離脱しても何も始まらない。国境を閉ざせば、昔のアルバニアのようになってしまう」。 

 欧州を1つにするはずだったユーロ。しかし、ユーロの導入が各国の利害対立や国民感情の隔たりを際立たせている。  

 「どの国も、国家のプライドとエゴが強すぎる。ユーロ圏の一員だという意識をそろそろ持ち始めないと。現時点ではそんな意識はない」。シュツットガルトの自動車部品メーカー、エルリングクリンガーのヴォルフCEOは、問題の根は深いと語った。

 (Harry Papachristou、Josie Cox;翻訳/編集 深滝壱哉、北松克朗)

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