[東京 28日 ロイター] ソニー6758.Tのハワード・ストリンガー会長が4月1日から社長を兼務することになった。映画・音楽などコンテンツやソフトの比重が大きいゲーム事業の重要性を強調する同氏への権限集中は、かつて「ウォークマン」などのヒット製品を世に送り出した同社の「モノ作り遺伝子」を大きく変化させる可能性もある。それがソニー復活に向けた切り札になるかどうかは不透明だ。
ストリンガー会長と、4月1日付で副会長に退く中鉢良治社長は共に2005年6月の就任。中鉢氏は不振のエレクトロニクスの建て直しに当たり、特に最重要商品である薄型テレビについて「テレビの復活なくしてソニーの復活なし」と、モノ作り企業としての復権を訴えた。一方、ストリンガー氏は、エレクトロニクス以外の様々な事業をグローバルに展開している同社の状況を踏まえ、「ソニー・ユナイテッド(一体化されたソニー)」の必要性を強調した。
両氏の発言や主張は経営上の役割分担を反映していると言えるが、そこからは現状への対応をめぐる路線対立の存在もうかがえる。27日の会見でストリンガー氏は、中鉢氏が隣に座る中で、「次のレイヤー(階層)を設ける必要はない」と断定。「世界ではサイロ(貯蔵庫=縦割り組織)の壁を壊したが、日本ではまだ強固に残っている」(ストリンガー会長)と、エレクトロニクスが主流の日本側の改革の遅れを批判した。
マッコーリー証券アナリストのデイビッド・ギブソン氏はストリンガー会長に権限が集中する今回の人事について「ソニーのマネジメントが再評価を受ける最初の一歩になるかもしれない」と好意的な見方を示す。
<製造業のあり方に迷い>
ソニーは2000年代以降、製造業としてのあり方に迷ってきた印象が強い。2000年代前半、エレクトロニクス産業に大きな弾みをつけた薄型テレビ事業について、ソニーは競合他社に大きく出遅れた。社内からは、中核部品である大型液晶パネルを自社製造をしていないことに対し、「モノ作り軽視」との批判が噴出し、出井伸之・前会長が推し進めた「ネットワーク重視」の路線にも見直しの機運が広がった。当時ソニー関係者は「誰も社内でネットワークのことを話さなくなった」と振り返る。
「技術のソニー」復権に向けた努力がなかったわけではない。ゲーム機「プレイステーション3」に搭載する高性能半導体「セル」を米IBMIBM.Nなどと共同開発し、数千億円規模の巨費を投じて量産にこぎつけた。ただ、任天堂7974.OSの「Wii(ウィー)」との競合に苦戦し、プレステ3は赤字続き。開発を指揮し、一時ソニーの社長候補だった久多良木健氏も2007年にソニー取締役を退任した。「セル」の生産設備は昨年東芝6502.Tに売却するなど、現在のソニーでは製造設備を多く抱えない「アセット・ライト」戦略が主流となっている。ストリンガー氏がネットワークやソフトなどを重視する路線を強調するのも、こうした過去の経緯と無縁ではないとの見方が少なくない。
また、現在の世界的な大不況の真っ只中で、コスト負担が重い半導体や薄型パネルの製造設備をなるべく持たないことは財務的には有利といえる。薄型パネルからテレビまで一貫生産する「垂直統合型」のシャープ6753.Tやパナソニック6752.Tもここにきてテレビ事業の収益性が急激に悪化している。ある国内証券アナリストは「一般的にいって、ある製品が成熟期に入れば垂直統合型よりも、(部品などを他社から調達する)水平分業型のほうが有利」と指摘する。
<独創性の輝き取り戻せるか>
ただ、ソニーが「世界で最も有名な日本企業」に登りつめたのは、「ウォークマン」やビデオカメラ「ハンディカム」、ブラウン管テレビ「トリニトロン」など独創性に溢れる魅力的なエレクトロニクス製品を日本から送り続けてきたからだ。そうした成功体験がなお語り継がれる同社において、日本での事業のあり方を公然と批判するストリンガー氏が求心力を高め、ソニー復活へつなげる道筋は決して平坦ではない。
日本のハイテク産業分析の第一人者である調査会社ジェイスター(東京都中央区)の豊崎禎久氏は「ソニーはエレクトロニクス企業だが、ストリンガー会長は本業のエレクトロニクスに関して思い入れがみられない。ソニーのDNAを一度消し去るような人事とみている」と語る。ネットワーク強化の方向性について、豊崎氏は、「ソニーはパソコンもゲーム機も全体の市場シェアは低い。デジタル家電も(今回の組織改正で)単品として切り出しており、それでは本来有望なホームネットワーキングのソリューションが展開できない。時代に逆行している」と批判的な見方を示している。
(ロイター日本語ニュース、浜田健太郎、編集 北松克朗)