[サナンド(インド) 18日 ロイター] インドの自動車大手タタ・モーターズTAMO.BOを取り巻く事業環境は、この1年で大きく様変わりした。間もなく発売される同社の超低価格小型車「ナノ」には、大きな負担がのしかかっていると指摘する声がある。
タタ・モーターズは2008年1月、自動車ショーで4人乗りの小型車「ナノ」を発表。1台10万ルピー(約18万円)での販売を予定しているとし、インド発の「超低価格車」誕生として世界中の話題をさらった。さらにその数週間後、今度は米フォード・モーターF.Nから高級車ブランド「ジャガー」と「ランドローバー」を総額23億ドルで買収すると発表し、再び関係者の注目を集めた。
しかし、当初計画から約半年遅れて、近く市販される予定の「ナノ」にとって、足元の景気後退と生産面での制約が成功への足かせとなる可能性がある。
「ナノ」が初めて公開されて以降、同社にとっては逆風が続いている。生産を予定していた工場は地主とのトラブルで建設地変更が余儀なくされ、売り上げ不振で約7年ぶりの赤字を計上し、株価は約75%下落した。また同社の信用格付けは、借り入れに依存した拡大戦略が金融危機の影響を受けやすいとして引き下げられた。
コンサルタント会社インテリジェンス・オートモーティブ・アジアのマネージングディレクター、アシュビン・チョタイ氏は「過去12カ月間、タタは最悪な状況に置かれている。当時はタタがクレジット市場で資金調達に苦労するなど想像できないことだった」と語った。
約20億ドルのつなぎ融資は6月に返済期限を迎えるが、格付け機関スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は、高級車ジャガーやランドローバーへの逆境やタタの野心的な設備投資計画、悪化するキャッシュフローなどを理由に、さらなる格下げの可能性も示している。
1年前にナノが脚光を浴びる大きな要因だった原油価格の高騰も、現在はある程度落ち着いている。
しかし、アナリストたちはそれでも、ナノの歴史的な存在意義に変わりはないと指摘する。JDパワー・アジア・パシフィック(シンガポール)のディレクター、モヒット・アローラ氏は「ナノはバイクとエントリーレベルの車のすき間を埋める新しいセグメントを作り出すだろう。そういった車種は依然として初めてで、こうした基本は何も変わっていない」と述べた。
市販目前の「ナノ」だが、年間25万台の生産能力を持つグジャラート州の工場が稼動するまで、初年度は5万台程度しか生産されないとみられる。本格的な量産が遅くなればなるほど、競合激化が予想される「超低価格車」分野で得られるはずの先行者利益も希薄化するとみられる。
「ナノ」が初めて公開された当時1バレル=100ドル前後だった原油価格は、現在その半分の水準で推移しており、鉄鋼価格も2008年半ばから約半額に下落した。
2月のインドの自動車販売台数は、金利低下などを背景に過去4カ月で最高水準を記録したが、消費者心理は依然冷え込んだままだ。
アナリストらは、タタが近い将来に値上げを行うと予想するが、利益率の低さや生産面での制約、冷え込んだ市場心理を理由に、「ナノ」プロジェクトが損益分岐点に到達するのは5─6年先だと指摘している。
一方、競合他社の動向を見ると、仏ルノーRENA.PA・日産7203.Tとバジャージ・オートBAJA.BOの合弁会社は、2500ドルで売り出す予定の低価格車プロジェクトについて、2011年の生産開始に向け計画通りに進んでいるとしている。
インドの自動車市場でシェア1位のマルチ・スズキMRTI.BOと2位の韓国・現代自動車005380.KSも、「ナノ」の存在を黙って見過ごす可能性は低い。
また、独フォルクスワーゲン(VW)VOWG.DEや日本のトヨタ7203.Tやホンダ7267.T、イタリアのフィアットFIA.MI も、低価格車の製造には積極的な姿勢を見せている。
景気減速の影響で主軸である商業車の販売を伸ばすのが難しい状況のタタにとって、低価格車「ナノ」にかかる期待は大きい。
自動車雑誌オートカーの編集者は「あらゆる人が節約について話していることを考えれば、ナノに乗っているのは格好いいと考えられるかもしれない」と話す。
ソーシャル・ネットワーキング・サイト(SNS)のフェースブックでは、デンマークやチリ、南アフリカ、アルゼンチン、イタリア、フランス、米国など、世界中に「ナノ」のファンがいることが分かる。「ナノ」の公式ウェブサイト(www.tatanano.com)には4000万を超えるアクセスがあったという。
「ナノ」の購入を希望しているというシュエタ・クマリさんは「予約申し込みが殺到していると聞く。とにかく1台手に入れたい。長い間待っていたのだから」と語っている。