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視点:アベノミクス加速の鍵は生産性向上とTPP=大田弘子氏

[東京 29日] - 総選挙で安定多数を改めて確保した安倍政権にまず求められるのは、アベノミクスの加速だと大田弘子・政策研究大学院大学教授(元経済財政担当相)は指摘する。具体的な優先課題としては、サービス産業の生産性向上、地域の活性化、働き方改革、そして環太平洋連携協定(TPP)の実現などを挙げる。

 12月29日、元経済財政担当相の大田弘子・政策研究大学院大学教授は、安倍政権の優先課題として、サービス産業の生産性向上、地域の活性化、働き方改革、環太平洋連携協定(TPP)の実現などに言及。 写真は7月3日に都内で撮影(2014年 ロイター/Yuya Shino)

同氏の見解は以下の通り。

<3本の矢の結節点は賃金>

アベノミクス始動から2年、金融緩和、財政出動そして成長戦略とさまざまな政策が放たれてきたが、それら「3本の矢」の結節点は、賃金だ。日銀がインフレ2%目標を達成しても、それを上回る賃上げがなければ、アベノミクスは成功しない。アベノミクスとは「どうすれば賃金は上がるのか」と言い換えられるほどに、この点は重要である。

賃上げは、政府・経済界・労働界の代表者が参加する「政労使会議」の主要テーマであり、今後も上げられる企業は上げていくのだろう。ただ問題は、日本全体で見て、実質賃金はそう簡単には改善していきそうにない点だ。

この問題は突き詰めれば、働く人の7割以上が属するサービス産業の労働生産性(就業者1人当たり付加価値)が他の先進国に比べて非常に低く、平均給与も低いという日本経済の長年の課題に行き着く。

特に飲食、宿泊、卸売・小売などの流通、タクシー・トラック輸送などの運輸といった分野の労働生産性は米国の半分以下である。小規模事業者が多く、経営のイノベーションも進まない中、産業の新陳代謝は滞っており、縮小均衡に陥っているのが実情だ。しかも、サービス産業は地域経済の要(かなめ)であることから、地域経済の活性化も進まないという悪循環が続いている。

こうした観点から考えると、2015年も日本経済の課題は引き続き次の3つのキーワードに集約できる。生産性向上、地域の活性化、そして働き方改革だ。

サービス産業の生産性向上はおのずと後者の2点と深く関わってくる。地域経済との関連性の高さは既述のとおりだ。若干補足すれば、従来型のサービス産業は、売り手と買い手が同じ地域にいる業種が多い。そうした特性を生かして、人々が集まる魅力的な空間をつくっていくのは街づくりの基本でもある。これは、地方創生の大きなテーマとなる。

加えて、働く人が生産性を高めたり、成長の見込みがある分野へと移りやすくするためには、労働市場改革、すなわち働き方改革が必要となる。むろん、これはサービス産業や地域創生だけに限った話ではないが、転職しても不利にならないルールの整備拡充を急ぐとともに、日本にすでに存在する職務限定社員などにとどまらない、多様な働き方を法制度できちんと担保していかねばならない。それに合わせて、農業・医療・介護など有望分野での規制改革の加速はもちろんのこと、中小企業に対する転業・廃業支援策なども拡充する必要があろう。

サービス産業の生産性を上げる一方で、規制改革によって農業・医療・介護などで新たな成長分野をつくる、そして働く人が成長分野に移りやすくする労働市場改革を行う。2015年は、こうした政策パッケージを、経済財政諮問会議や産業競争力会議、私が議長代理を務める規制改革会議、国家戦略特区諮問会議、まち・ひと・しごと創生会議という5つの政府の会議体が連携して取り組んでいけるかどうかがきわめて重要だ。

それ以前に、6月に閣議決定された成長戦略に盛り込まれた医療・農業などの改革をきちんと実行に移すことが重要であるのは言うまでもない。現在は法制化が進められている段階だが、法律や制度に落とし込む段階で骨抜きにされたり、実行段階で機能不全に陥ったりすることがないよう、きちんとフォローアップしていく必要がある。2015年はアベノミクス加速を目指す年でなければならない。

働き方改革は、「職務限定正社員」や「新たな労働時間制度」がこれまで2回の成長戦略に盛り込まれ、具体的な制度設計の議論が今、行われている。

労働時間ではなく成果に対して給与を支払う新たな労働時間制度は、第1次安倍内閣で「ホワイトカラーエグゼンプション制度」として法案提出され、失敗したものだ。今回も「残業代ゼロ」といった批判を受けたが、労働時間の長さと成果がリンクしない仕事は増えている。今回は、年収1000万円以上などの限定付きで導入が議論されている。生産性向上と長時間労働是正を両立させる制度として実現させるべきだ。

政労使会議でも、賃金の話だけでなく、旧来型の「年功序列・終身雇用」に代わる日本型雇用システムのあり方について、真正面から議論してほしい。就業モデルは実態的にはどんどん多様化している。転職が不利にならない労働市場の柔軟性と、働く人の保護を両立させる新たな働き方のルール整備拡充は急務だ。

さらに、女性や高齢者の労働力活用を目指すと言っている以上、今働いていない人の声も政労使会議に反映される必要がある。働き方は国民全体の問題だ。社会にこれから出てくる若者の声にも、もっと耳を傾けるべきだ。

<アジアの一員であるメリットを極大化する>

一方で、財政健全化の観点から語れば、大事なアクションポイントは、成長戦略に加えて、社会保障改革、財政再建プログラムの2つだ。アベノミクスはいままでこの2つが弱かったが、2015年夏までに具体的な財政健全化計画を提示するとしている。それに合わせて社会保障改革についても、少子高齢化の現実を踏まえて、持続性を高めるための方向性と具体策が示されることを期待したい。

もちろん、財政健全化は、歳出抑制と増税だけでは実現しない。成長との両輪で実現していく必要がある。その点、最大の問題は日本の潜在成長率が0%台後半しかないことだ。つまり成長戦略は、言葉を変えれば、潜在成長率をいかに上げていくかということになる。

潜在成長率を上げるためには、日本経済が抱える3つの弱みを克服しなければならない。そのうち2つは先述したサービス産業の生産性の低さと労働市場の硬直性だが、もう1点はグローバル化への取り組みの遅れだ。ここで特に重要なのは自由貿易協定(FTA)と環太平洋連携協定(TPP)を加速させることだ。

TPPは、引き続き最重要課題として取り組むべきだ。日本は世界最大の成長センターであるアジアに位置しながら、そのメリットを十分に生かし切れていない。TPPをテコにして、日中韓FTAを結び、そして日中韓がコアになる東アジア地域包括的経済連携(RCEP)をなるべく自由度の高いものにしていくことが、日本の役割であり、日本の国益にもかなう。東アジアにはすでに国境を越えて重層的にサプライチェーンが張り巡らされている。ボーダーレス取引がなるべくデメリットを受けないようにする必要がある。

しかし現実には、中韓FTAがすでに実質的にスタートしており、状況はかなり厳しくなっている。中韓FTAが進むと、両国にとって日本とのFTAの必要性は薄らいでしまう。TPPが漂流した場合、困るのは日本だ。なんとしても実現させる心構えで戦略的に交渉を進める必要がある。2015年末には東南アジア諸国連合(ASEAN)が経済共同体に移行する。通商戦略上、非常に大事な年となろう。

最後に補足すれば、安倍首相には、今回の総選挙で絶対安定多数を改めて確保できたことを、痛みを伴う構造改革の好機として生かしてもらいたい。参考になるのは、ドイツのシュレーダー前政権の功績だ。かつて「欧州の病人」と揶揄(やゆ)されていたドイツ経済の復活はシュレーダー前政権の時代に、社会保障から税制、労働市場にわたる幅広い分野で抜本的な構造改革が進められた結果である。

問題は、シュレーダー政権は成果を見る前に選挙で敗れ、退陣に追い込まれたことだ。中長期に必要な改革は足元では不人気になることがある。そこが一番の難しさだ。5年先、10年先の日本経済のために避けて通れない改革に耐えるだけの時間軸を、安倍政権だけでなく、われわれ国民もマスコミも持てるかどうか、そのために危機感を共有できるかが問われている。

*大田弘子氏は、政策研究大学院大学教授。内閣府規制改革会議議長代理、税制調査会委員などを務める。2006―08年、安倍・福田両内閣で内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)。2014年6月から、みずほフィナンシャルグループ取締役会議長。

*本稿は、大田弘子氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2015年の視点」に掲載されたものです。(here

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