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コラム:米FRB、長期停滞回避へ「切り札」投入か=木野内栄治氏

[東京 7日] - 3月27日のイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長の講演内容には少々驚いた。すでに報じられているように、年後半に利上げが正当化されるとしたものの、米国経済の「長期停滞論」をリスクシナリオの筆頭に挙げたからだ。

 4月7日、大和証券の木野内栄治氏は、長期停滞論が強まるならば、米FRBは戦前の政策を参考にして金利の釘付けを検討するのではないかと指摘。提供写真(2015年 ロイター)

昨年12月17日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で「長期停滞が存在するとの見方は委員会にはない」と明言していたことと比べると、リスクシナリオとはいえ、長期停滞の懸念に重きを置き始めた印象だ。

また、バーナンキ前FRB議長がブログでサマーズ元財務長官の長期停滞論に噛み付き、それに対してサマーズ氏も強く反論し、横からプリンストン大学のクルーグマン教授も過去の長期停滞論の予想が誤っていたとのバーナンキ氏の主張を揶揄するなど、議論が盛り上がりを見せつつある。

あるいは、今年3月に勇退したフィッシャー前ダラス連銀総裁は、「1937年の過ち」は繰り返したくないとハト派に転向したような発言をした。詳しくは後述するが、「1937年の過ち」とはその後の長期停滞論につながったことが含意だ。

このように長期停滞論がにわかに盛り上がりを見せる中で、3月分の米新規雇用者増加数が急減速した。否が応でも長期停滞論が市場で大きく意識され始めるだろう。為替、債券、株式市場、日銀の対応などを考えるうえで極めて重要な議論が進むと考えられる。

<戦前の長期停滞論争後は「金利の釘付け」政策>

そこで戦前に長期停滞論が提唱された前後の経緯を整理したい。すると現代の金融政策議論も理解が進む。

前出のフィッシャー氏が繰り返したくないと吐露した「1937年の過ち」とは、大恐慌後の早すぎた金融引き締めのことで、その後の財政の緊縮化と相まって1938年にかけて通称「ルーズベルト不況」と言われる景気の急減速を引き起こした。その時期に初めて指摘されたのが長期停滞論だ。

そして、その後行われた政策は、長期金利の上限を2.5%とすることを柱とする金利のペギング(pegging、釘付け)政策だった。FRBは債券利回りが2.5%以上に上昇するなら債券の買い入れも辞さなかったし、短期金利も低く維持することにコミットしたことから、民間金融機関は債券保有でサヤ取りも可能だった。

金利の釘付け政策は、1941年の真珠湾攻撃の直後から実施されたため巨額な戦費調達目的の側面が指摘されるが、実際は終戦後も1951年まで継続された。その間、1946年、1947年の消費者物価は2年間で24.1%のインフレとなった。それにもかかわらず長期金利を2.5%以下に釘付けしていた理由は雇用のスラック(弛み)だ。帰還兵に仕事が無かったのだ。

平時経済に対応すべくトルーマン大統領(当時)はのちに「フェアディール政策」としてまとめられることになる21カ条計画を1945年9月に提案し、その一つとして完全雇用を保証する法律の制定を打ち出した。翌1946年の雇用法は、雇用・生産・購買力の最大化を連邦政府の義務と定め、大統領経済諮問委員会(CEA)を設置し、後年FRBの雇用最大化の目標の源流となった。それにもかかわらず1949年には消費者物価は前年比マイナス1.0%まで低下した。

つまり、長期停滞論の台頭と共に、FRBは雇用対策として金利の釘付け政策を足かけ10年間も行ったのだ。イエレン議長は3月27日の講演でも長期停滞ならば実質金利を継続的に低くしておく必要があると指摘した。

<今回も「長期停滞論」前提の政策へ傾斜か>

米国の金融政策に携わる人間なら、こうした経緯や理論を完全に理解していよう。FRB関係者にとって、金利の釘付け政策は自身の体験なのだ。雇用にスラックがある場合に、実質金利をマイナスに維持することの正当性は、タカ派もハト派も完全に理解しているはずだ。

ただし、戦後とは異なり現代は雇用のスラックがどのくらいあるのかがわからない。その判断の差で、タカ派/ハト派と分かれているだけだと思われる。だから、ハト派とされるニューヨーク連銀のダドリー総裁やシカゴ連銀のエバンズ総裁などと同様に、タカ派とされるフィッシャー前ダラス連銀総裁も「1937年の過ち」に触れるのだろう。

よって、経済指標次第では、米国の金融政策は長期停滞論を前提とする政策へ一挙に変化する可能性が内在していると思われる。

事実、2012年11月にイエレン副議長(当時)は2016年央まで事実上のゼロ金利を継続すると、金融政策の効果が高いとする論文を発表したし、イングリッシュFRB金融政策局長らは2013年11月の国際通貨基金(IMF)主催の会議で、2015年第2四半期に一度利上げしてもその後事実上のゼロ金利政策を2017年ごろまで継続すると最適な金利コントロールとなるとの論文を発表している。

FRBの最新のシミュレーションでは(2014年11月発表)、低金利を継続する必要性がないことが示されたが、今後の経済情勢次第では金利の釘付け政策を実施できるだけのオプションを検討していると言えるだろう。

そして、米国のプライマリーディーラーの20パーセントは、利上げの後、フェデラルファンド(FF)レートが事実上のゼロ金利になると答えているし、イエレン議長もその調査を指摘して考えさせられると述べている。

よって、経済情勢次第で長期停滞論を前提とする金融政策へ一挙に傾斜する可能性があることは、米金融市場でも理解されていると思う。

<日銀が追随しなければ円高へ転換も>

一方で、他国は、当時の米国での議論を理解していないのではないかと思う。例えば、前述した2013年のIMF会議でのサマーズ氏による長期停滞論が1938年のリバイバルであったことは、日本ではすぐに理解されなかった。あるいは、同年8月のジャクソンホールで自然利子率をお題にもらった黒田日銀総裁スピーチもややピントを外した感があった。

ただ、黒田総裁は30%もの高さとなった日本のパート比率を、グラフを使ってまで示したが、今後は正規雇用も本格化していくとスピーチした。そして、それまで1ドル104円台を上値としてこう着していた為替相場は、黒田総裁スピーチ直後の月曜日から窓を空けて円安ドル高に走り始めた。

黒田総裁の真意は別にして、米国の金融政策関係者や市場関係者は、1946年前後の自国の経験や現代の自身の考え方と同様に、日銀も長期停滞論を前提として雇用最大化を目指すのだと受け取ったと考えられる。

このように日米で金融政策に対する認知に差があるのではないかと思う。今後、FRBが実質長期金利をマイナスにすべく長期金利の釘付け政策の実施を検討するならば、日銀も負けずに同等の政策を検討すべきと筆者は考えている。

単に技術的に量的緩和による債券購入が限界だとか効果がないとかいう話ではなく、均衡実質金利がマイナスであろうことに対する処置としてだ。そうでないと、年後半には日米の実質金利差から為替市場で円高に転換する懸念が台頭すると考えられよう。

<バーナンキ氏とイエレン氏の違い>

最後にこれらの議論を整理するために、以下のグラフイメージを頭に思い描いてほしい。イエレン議長が重視している均衡実質利子率とも一致する大切な話だ。

例えば、貯蓄金額や投資金額を横軸にとり、縦軸に利子率をとったグラフでは、資金供給源である貯蓄曲線は右肩上がりとなる。縦軸の金利が上がれば貯蓄したい人が増えるからだ。一方、資金需要先である投資曲線は右肩下がりとなる。縦軸の金利が下がれば投資しようとする人が増加するからだ。この二つの曲線の交点が均衡点で、その縦軸の値が均衡実質利子率だ。

ここで、実質金利が名目ベースでのゼロ金利制約などで均衡点まで下がらず、交点の上部の利子率に位置するなら、貯蓄投資バランスは「投資額<貯蓄額」となる。投資不足、貯蓄過剰の状態だ。この状態なら、物価が上昇に転じても名目金利を低位にとどめることで実質金利を均衡点まで下げると、最大の経済パフォーマンスが得られるとの考えから導かれたのが、金利の釘付け政策である。

こうした状況に対して、バーナンキ氏のように貯蓄過剰が原因と考えると、右肩上がりの貯蓄の線が右にずれてしまい、交点が下がったとの見方になる。これならば実質金利を下げれば、つまらない事業でも利益があがるのでビジネスは盛り上がるとの処方箋となる。

サマーズ氏やクルーグマン氏のように人口問題や技術革新などの点で企業による将来の収益期待が下がったことが原因と考えると、主に右肩下がりの投資の線が左側にずれてしまい、交点が下がったとの見方になる。これならば投資不足を解消し、投資の線を右側に戻す方法として、公共投資の活用も重要だとの処方箋となる。

イエレンFRB議長のようにリーマンショック時の向かい風がやんできたので交点である均衡実質金利が上昇してきているはずだとのロジックも、将来の利上げを正当化する理由となり得る。

こうして見ると、バーナンキ氏は均衡点まで実質金利を下げれば良いと考えており、サマーズ氏、クルーグマン氏、イエレン氏は交点を上昇させることを重視していると理解できる。

そして、この均衡実質金利は自然利子率とか長期的には潜在成長率とほぼ等しい。イエレン氏のスタンスを言い換えると、潜在成長率が上昇するまで金融緩和を行うとなるので、当然、株価のバリュエーションはこれまで上昇してきた。ところが、潜在成長率はやはり上昇していなかったとなれば、現在高まってきたイールド・スプレッド(株価益利回りと金利の差)は維持できるかわからない。実際、「1937年の過ち」から金利釘付け政策を導入した直後まで、米国株価は軟調だった。

長期停滞論が強まる場合は、株価の急落を避けるために、早期の金利釘付け政策導入が検討されるのではないかと考えられる。

*木野内栄治氏は、大和証券投資戦略部のチーフテクニカルアナリスト兼シニアストラテジスト。1988年に大和証券に入社。大和総研などを経て現職。各種アナリストランキングにおいて、2004年から11年連続となる直近まで、市場分析部門などで第1位を獲得。平成24年度高橋亀吉記念賞優秀賞受賞。現在、景気循環学会の理事も務める。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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