日本にとって最大の課題は、将来の雇用を作り出すことだと元経済財政担当相の大田弘子・政策研究大学院大学教授は語る。そのためにできることは何か。ロイターの「日本再生への提言」特集で、大田氏は規制改革の必要性を強く訴えた。
提言は以下の通り。
<最大の課題は5年―10年先の雇用創出>
現在日本が直面している最大の課題は、5年先、10年先の雇用を作り出すことだ。
東日本大震災後の電力不足や歴史的な円高を背景に、大手製造業の海外シフトは加速しており、本格的な空洞化につながりかねない。そうなると雇用機会が縮小する。被災地においても雇用創出が最大の課題だ。
雇用創出のためには、将来の経済活力に結びつくかたちで需要や投資を生み出していく必要がある。そのためにまずできることは、成長機会の阻害要因を取り除くことだ。具体的には、規制改革が重要だ。
じつはこの点において、東北地方の復興は先駆的なモデルとなりうる。既得権と規制が強く結びついた成長の阻害要因を多く抱える農業や漁業など第一次産業への依存度が高いことに加えて、高齢化の先頭を走る東北は次世代の成長産業として期待される医療や福祉分野の潜在需要が大きいからだ。言い換えれば、東北は日本の課題先進地であり、その解決のプロセスやノウハウは全国に横展開できる。
これからの日本の成長のためには、次の3つの改革を断行すべきだと考えている。
まず農業改革だ。農業は地域経済の核として重要だし、高齢化が進むなかで成長が期待できる分野でもある。日本の農業は改革が決定的に遅れており、TPPに交渉参加する今年は、改革のラストチャンスとも言えるのではないか。ぜひ、今年を農業改革元年にしたい。兼業農家中心の政策を変え、産業として「強い農業」を育てていくことが重要だ。米の生産調整(減反政策)を廃止し、専業農家に支援を集中させ、同時に株式会社の農地所有を認めて大規模化を進める必要がある。
第二は、社会福祉法人改革だ。公立の施設を除けば、ほとんどの特別養護老人ホームや認可保育所は、社会福祉法人という非営利法人によって経営されている。もともとは慈善に基づいて戦後の福祉の拡大に大きな役割を果たしたが、それがそのまま残ってしまった。世襲が認められ、法人が私物化されている、補助金が投入されるにもかかわらず経営のガバナンスが機能せず、巨額の内部留保を抱えている、などさまざまな批判がある。
率直に言って、社会福祉法人を見直さずして、福祉ビジネスを拡大させ、そこで雇用機会を生み出すことは難しいだろう。社会福祉法人と普通の株式会社が同じ競争条件で戦う環境を急ぎ整えるべきだ。社会福祉法人の中でも、良いところは伸びて、悪いところは退出するという当たり前のことが起きることが必要で、それによって利用者のニーズは汲み取られる。生産性を上げ、利用者の潜在的ニーズを汲み取る産業にしていかないと、介護を成長分野にすることは難しいし、そこで働く人たちの賃金を上げることも難しい。
第三は、電力市場改革だ。小型で高効率の発電が可能になったことで、発電分野における独占の根拠は失われており、1990年代から自由化が議論されてきたが、電力会社の反対で実質的な独占が続いてきた。今度こそ、発・送電分離、小売りの全面自由化という本格的な自由化を行うべきだ。電力小売りの分野は、スマート家電や、家庭内電力制御システム(HEMS)、プラグイン自動車など、広範な業種に関連する数少ない成長分野でもある。
以上の、農業・介護・電力という3つの産業は、それぞれ性格は違うがいずれも担い手を限定して、そのことで供給を安定化させてきた分野だ。しかし、いつのまにか政治力と結びつき、時代に応じた改革ができなくなった。参入規制のために外から知恵と資金を集めることができず、革新も起こりにくい。開かれた産業にして、利用者の立場に立った競争が行われるようにすることが必要だ。
むろん、いずれも政治力の強い産業だから、改革を断行しようとすれば、既得権の猛反発を食らおう。農業や介護は、せめて被災地を「改革特区」とすることで一歩を踏み出せないか。東北が変わることで、日本全体も変われる。既得権を打破するには危機感の共有が必要だが、震災後、かつてよりもはるかに危機感が強くなっている。この危機感をムダにせずに、成長のための改革を実行したい。
<今こそ経済財政諮問会議の復活を>
問題は、こういう改革をどうやって進めていくかということだが、すぐにできることとして、政策決定システムを変えることが重要だ。具体的には、経済財政諮問会議と同様の機能を復活させることが望ましい。
成長戦略は過去何度も描かれてきたが、じつは常に同じ壁、阻害要因にぶつかってきた。規制と結びついた既得権が強固に存在し、小さなことでも変えることが難しい経済になってしまった。
しかし、小泉政権時代に、政策決定プロセスを変えることがこれほど意味をもつのか、と目からウロコが落ちる思いがした。自民党長期政権下で、地方分権にしても社会保障改革にしても、ましてや郵政民営化など絶対に無理だと思っていたが、プロセスを変えると議論は進むことが見えた。誰がどういう理由で何に反対しているのか、争点はどこで、真の問題点は何か――。そうした情報さえ揃えば、多くの賢明な日本人は変革の側に立つことが分かった。私は、いまこそこのプロセスが必要だと思う。
民主党政権の最大の問題点は、誰が何に反対し、どういうプロセスで政治判断が下されているのか見えにくい点にある。八ッ場ダム建設再開しかり、郵貯限度額引き上げしかり、誰がどういう論拠で何を主張したのか、政策の決まるプロセスが覆い隠されている。これでは、国民には政策の内容も問題点も見えない。
霞が関の縦割り行政を打破する意味でも、経済財政諮問会議のような組織体はきわめて有効だ。現在は、会議がたとえ官邸につくられても事務局はそれぞれの担当官庁が仕切っている場合が多い。農林水産省が農業改革を、厚生労働省が社会保障改革を事実上仕切るのでは、改革は期待できない。これこそ官僚主導だと言わざるを得ない。既得権でがんじがらめになった日本の硬直化したシステムを変えるには、各官庁から独立した会議体で、国民に経緯を見せながら議論を積み重ねていくべきだ。
また、経済と財政は車の両輪として、常に一体で政策を考える必要がある。財政を見る財務省と、経済を見る他の官庁が同じ舞台で議論する場が必要だ。これから増税の必要性が高まってくるが、経済と一体で議論する必要があり、その意味でもいまこそ経済財政諮問会議が要る。国家戦略会議が立ち上がったが、残念ながらかつての諮問会議とは位置づけも期待される役割も異なるようだ。
<北欧の雇用戦略に学べ>
もうひとつ、日本の雇用システムについて正面から議論する時期が来ているのではないか。
日本は小さなことでもなかなか変えられないと先ほど述べた。その理由は既得権だけではなく、私たち国民の側にも変わることへの不安があるのだと思う。変わることへの不安をもたらしている最大の要因は働き方の硬直性ではないか。
日本では、一度退職すると容易に次の職が見つけられないし、転職すると税制や企業年金も不利になる。こういう状況では、現状にしがみつこうとするのは無理からぬことだ。グローバル化のもとでは、成長分野にシフトしないと雇用機会が増えないが、今の日本の状況はその流れに反している。
例えば、グローバル化を全面的に受け入れて成長しようとしている北欧諸国は、フレキシビリティとセキュリティを合わせた「フレキシキュリティ」とよばれる労働市場を構築した。柔軟な労働市場と、失業の際の安全網の両立だ。国際競争力を失った企業は一切守らないが、失職した労働者は次の職に移れるようさまざまなかたちで守られる。多種多様なタイプの職業訓練が用意されており、転職は新しい技術を身につけるチャンスでもある。
日本型雇用システムは持続できなくなっているが、では、その後に日本はどんな雇用システムをめざすのか。むろん、北欧諸国と同じモデルを採用する必要はないが、我が国の労働市場におけるフレキシビリティとセキュリティのあり方を労使で正面から議論する時期が来ている。雇用は生活の根幹だけに議論を起こすこと自体難しいが、硬直的な雇用システムを変えないと、企業も社員も国際競争に取り残される。また、正規と非正規の壁を低くすることもできないだろう。
(3月7日 ロイター)
*本コラムは、筆者の個人的見解に基づいています。
*本コラムは、ロイター日本語ニュースサイトの「日本再生への提言」特集に掲載されたものです。(here)
*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにロイターのコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。