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特別リポート:黒田総裁が「異次元」強硬突破、危険な兆候も

[東京 16日 ロイター] 世界のマーケットを震撼させた日銀の異次元緩和。その詳細が固まったのは、黒田東彦総裁が初めて議長を務めた今月3、4日の金融政策決定会合の直前だった。

4月16日、世界の市場を震撼させた日銀の異次元緩和。入念な根回しなしに提案された「量的、質的緩和」だったが、政府や市場からの強い期待を感じた審議委員が「空気」に突き動かされ、全会一致で根幹部分に賛成したとみられる。写真は黒田総裁。3月撮影(2013年 ロイター/Yuya Shino)

事前の入念な根回しなしに提案された「量的、質的緩和」だったが、政府や市場からの強い期待を感じた審議委員が「空気」に突き動かされ、全会一致で根幹部分に賛成した、とみられる。安倍政権の掲げるレジームチェンジ(体制転換)を実現するため、組織操縦術を熟知する黒田総裁が仕掛けた”強行突破”の戦術が奏功した格好だ。直後の市場では円安・株高が大幅に進み、黒田総裁の作戦は大成功したかに見えた。だが、円債市場で始まった乱高下は金利上昇を引き金とした円高へと波及するリスクをはらむ。黒田日銀は早くも重大な岐路に直面しつつある。

<総裁はイメージで事務方に打診>

「2倍、2倍で作れるだろうか」──。黒田総裁が新たな緩和策の大まかなイメージを日銀の事務方に提示し、その実現性をはかったのは決定会合の直前とされる。事務方は早速さまざまな試算を行ったうえで、マネタリーベース(資金供給量)を2014年末までに270兆円と、「現在の2倍に引き上げることにより、2%の物価目標を2年以内に達成する」との枠組みを作り、総裁に提示した。異次元緩和の枠組みが事実上決まった瞬間だ。

直前にごく数人のみで決定したことで情報漏えいを防ぎ、市場に大きな衝撃を与えることに成功した。また、あそこまで市場のサプライズを呼んだもう一つの理由として、政府・官邸サイドとの「絶妙な連携」があった可能性も指摘されている。会合が近づくにつれて、政府関係者からは、時間的な制約から4月1回目の会合では大枠だけを決めて、具体策は2回目に持ち越す、との情報が流されていた。1回目の会合ですべてを決めたことで、黒田総裁の「突破力」が鮮明に印象付けられた。

白川方明・前総裁が多方面のリスクを想定し、時間をかけて事務方とシミュレーションを重ねたのとは、全く異なるスタイルによる政策決定だ。政策遂行に必要な具体的な資金供給の運営方針も、詳細が決まるまでのプロセスはこれまでの日銀の決定過程と比べ、大幅に短縮されることを余儀なくされたという。

運営方針には新たな国債買い入れ方式が会合翌日の「5日以降より適用」されると明記された。また、短期国債の買い入れペースなどについて記述が盛り込まれなかった。これら日銀関係者のだれもが重視しなかった点が、5日以降の円債市場の乱高下につながることになる。

<政府・市場の期待、委員ら押す>

今回の異次元緩和は、重要な骨格部分の決定に関し、9人の審議委員が全員一致で賛同した。昨秋以降の決定会合は、2%の物価目標を決めた1月会合で佐藤健裕委員らが2%目標に反対するなど委員による独自提案が相次いでおり、今回のような急激な政策転換には一定の反対票が出るとの見方が市場関係者だけでなく政府内にも根強くあった。

しかし、フタを開けてみると委員らは全員一致で総裁提案に賛同した。関係者らによると、すべての委員が必ずしも総裁提案に全面的に同意したわけではないようだ。岩田規久男副総裁らが主張するマネタリーベースの拡大や、金融緩和に向けたコミットメント(約束)が人々の期待を通じて物価を引き上げるとの「リフレ理論」には賛同できない委員もいたようだ。ただ、デフレ脱却のために従来以上に大量の国債買い入れが必要だとか、景気をよくするためならば反対する理由はない、などの理由から賛成した委員もいたようだ。

国債買い入れ規模は、年間50兆円程度も日銀の残高を増やす「市場参加者の常識を超える巨額なもの」(黒田総裁)に決まった。増額幅として事前には30兆円や40兆円の選択肢もあったが、金融調節上も最大限とみられる額に決まったのは、「できることは何でもやる」と宣言してきた黒田総裁の強い意向が働いたとみられる。

スタートから可能な限り多くの委員の賛同を得て、異次元緩和をまとめあげる──。政府関係者は、ここに黒田総裁の強いこだわりがあったとみる。財務官、アジア開発銀行(ADB)総裁を務めた組織操作術の巧みさも買われて日銀総裁に就任した黒田氏は、初回会合からその手腕が試される局面だった。関係者らの話を総合すると、黒田総裁が個別に各審議委員と事前に意見交換したと見られ、「わかりやすさ」を強調する黒田総裁の考えに、一定程度の理解が進んでいたことも議決結果に影響したようだ。審議委員の側も、市場への失望リスクなどを考え持論を展開することは控え、妥協した可能性もある。

<執行部の意向に沿いやすい審議委員>

早稲田大学政治経済学術院の原田泰教授は「日銀官僚は優秀なので、過去の中原伸之氏を除き、執行部の意向に従いやすい審議委員を選ぶことに成功してきた。黒田新総裁は組織運営能力に長けた方だから、おそらくそのことがわかっていたのだろう」と解説。黒田新総裁のもと新たな緩和策が全員一致で決まったのはまったく不思議でない、と話す。

かつて独自提案を続けた中原元審議委員は「従来の政策からの大幅な方向転換にもかかわらず、審議委員が全員一致で決めたのには驚いた」とし、委員らの有識者としての見識が問われると同時に「結論ありきで会合が進んだ印象」と述べている。

<思惑違いで債券先物急落>

中原氏は一貫して量的緩和によるリフレ政策を主張してきたが、異次元緩和については「量は質に転化する。急激な金融緩和で円安や長期金利上昇が起きかねない」とスピードオーバーを懸念。異次元緩和は「市場で何が起きるかわからない『爆弾高気圧』」と呼んでいる。

実際、国債市場は5日以降動揺を続けている。1つの要因は、4日の夕刻に日銀が公表した資料では5日から巨額の国債買い入れオペ(公開市場操作)が始まるかのように見えたにもかかわらず、5日にオペが見送られたことだ。また、日銀の公表資料では短期国債の買い入れペースについて記述が削られたため、従来より買い入れが減るとの観測から短期国債の利回りも急上昇に転じた。そうしたことを背景に、債券先物は上下で3円を超す乱高下を展開。予想外の損失を抱えることになった国内銀行などの市場参加者も多い。

結局、日銀の異次元緩和公表から1週間で、長期金利が0.6%台と約1カ月前の水準まで上昇(国債価格は下落)。債券先物も乱高下の継続で東京証券取引所で売買を一時停止するサーキットブレーカーが1週間で5回も作動する異常事態が続いている。

<副作用の議論、不十分か>

これらの事態を黒田総裁以下日銀幹部らがどこまで想定していたのか。関係者によると、一定のショックが国債市場に起きることは想定されたが、まさかサーキットブレーカー作動が連発するような事態を予見できたわけではないという。決定会合での議論が総裁はじめ執行部のペースで進み、市場に与えるインパクトのシュミレーションを丁寧に議論する時間が足りなかった可能性もある。

短期国債の買い入れについて、日銀としては従来よりも減らす意図は全くなかったにもかかわらず、市場では別の思惑が広がり、それが円債市場におけるボラティリティ拡大につながった。さらに日銀が買い入れる国債の年限の平均を従来の3年弱から約7年に伸ばすと公表したことで、年限5年以下の国債買い入れペースが落ちるとの思惑が出たことも、市場の混乱に拍車をかけた。

市場には、「落ち着くのはゴールデンウィーク明け」(メガバンク関係者)との楽観的な見方もあるが、円債市場ではリスク量の増大に対応し手持ちの国債を売らざるを得なくなるとの懸念も広がり出している。この動きが加速し金利上昇が本格化すれば、イールドカーブ全般を押し下げるという黒田日銀の政策意図と全く反対の結果を生み出すことになりかねない。黒田総裁は12日都内での講演で「これまでの常識を超える規模の買い入れなので、『整斉と』とはいかない可能性がある」と述べた。

黒田日銀が乾坤一擲の大勝負をしかけるため、異次元緩和を極秘裏に短期決戦でまとめ上げた。このため緒戦の円安・株高で成果を出した。しかし、円債市場の動揺が続き金利が本格的な上昇モードに転じれば、円高を通じて株安に波及する可能性もある。12日の東京市場では債券先物の急落が円買いを誘い、日経平均株価.N225が3日ぶりに反落した。大胆な金融緩和による円安・株高で時間を買うアベノミクスの根幹にかかわる事態だけに、黒田総裁の市場との対話力が今後の市場動向、ひいてはアベノミクスの先行きを大きく左右することになる。

(ロイターニュース 竹本能文:取材協力 伊藤純夫:編集 橋本浩)

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