[長白(中国)/ソウル 3日 ロイター] - 北朝鮮では、中国人民元や米ドルが自国通貨の北朝鮮ウォンよりも幅広く利用されている。その事実は、金正恩第1書記率いる同国指導部が経済への統制力を失っていることを如実に表している。
北朝鮮の専門家や脱北者、中国国境の貿易業者らは、米ドルや人民元の利用が2009年に北朝鮮で実施された大規模な通貨切り下げをきっかけに加速したと語る。ソウルの北朝鮮関連ニュース情報サイト「デイリーNK」が提供する為替レートによると、闇市場における北朝鮮ウォンの価値は対ドルで99%以上下落した。
北朝鮮は世界で最も閉鎖された国家の1つであることから、この事実が金正恩体制にどのような影響をもたらすかを見極めるのは難しい。しかし専門家は、外貨の利用が増えれば、政府が経済政策を進めることがますます困難になると指摘。その結果、国の手が届かない私的な経済圏が生み出されることになるという。
これまでのところ、北朝鮮政府は外貨利用を取り締まろうとするより、容認しているように見える。実際に流通する外貨の推定額はさまざまだが、ソウルのサムスン経済研究所は4月に発表した研究で、国の経済規模215億ドルに対して20億ドルと算出した。
ドルや人民元は今や幅広く利用されているため、北朝鮮政府が取れる対策はほとんどないと話すのは、ワシントンにあるピーターソン国際経済研究所の北朝鮮専門家マーカス・ヌランド氏。同氏は、同国政府が国民にモノやサービスを提供させ、ウォンで給与を受け取らせる必要性が高まるだろうとする一方、「政府による統治はますます難しくなっている。誰も彼らが売るものを欲しがらない」と述べる。
<極秘撮影のビデオ>
北朝鮮の恵山と国境を挟む中国・吉林省の長白。ある中国人貿易商は、取り引きをした北朝鮮当局者が食料よりも人民元を欲しがったと証言する。当局者が商売で得た人民元は、1990年代以降、工業を基盤とした経済が低迷する恵山で直ちに流通することになる。
デイリーNKは今年4月、恵山の青空市場で2月に極秘撮影されたという動画を掲載した。その中には、売り手が手袋やジャケットといった商品の値段を人民元で示し、買い手も人民元で支払う様子が写されていた。
国際人権連盟が先月発表した報告書によると、北朝鮮は2012年9月、外貨流通を犯罪とし、死刑を適用できるようにした。ただ、ヒューマン・ライツ・ウォッチが過去2年間に脱北した90人以上に対し、自国で受けた経済犯罪の罰則について聞き取り調査を実施したところ、外貨の利用や所持で罰せられた者はいなかったという。
それでも、一般の北朝鮮国民は、外貨の取り扱いにかなり慎重になっているようだ。平壌で暮らした経験があり、北朝鮮人と定期的に交流する中国北東部のある人物は、「住宅の床下に外貨を隠したり、森の中に埋めたりした人の話を複数聞いたことがある」と明かし、「誰も政府を信じていないため、銀行に預ける者はいない」と語った。
<価値がなくなった北朝鮮ウォン>
北朝鮮ウォンへの信頼が失墜したのは、故金正日総書記が通貨切り下げを命じた2009年11月のことだ。同国政府は、旧通貨と新通貨を100対1の割合で交換すると発表。当初は、私的な市場活動への規制とみられたこの措置は、ウォン以外の交換可能通貨の所持に拍車をかけることになった。
また、これを契機にインフレも進んだほか、韓国の情報機関によると、北朝鮮ウォンに価値がなくなったと知った市民による暴動さえ発生した。政府はデノミを所管した経済当局者を処刑したとされている。
米ドルは過去数十年にわたり北朝鮮で流通してきたが、その一部は当局による外貨取引によるものとされる。また、最近は人民元の利用が増加しているが、これは中朝間の交易や密輸が急増していることが背景。公式な数字では、両国の貿易額は年間60億ドル規模に上っている。
一方、闇市場における交換レートは、通貨引き下げ以降のウォンの凋落ぶりを示している。デイリーNKによると、かつては30ウォンで1米ドルに交換できたレートが8500ウォンまで下落。現在の公定レートは1ドル=130ウォンとなっている。
<拡大する非公式経済>
サムスン経済研究所の上級研究員Dong Yong-Sueng氏は、今年4月に発表された北朝鮮の外貨利用状況に関する研究で、北朝鮮ではウォンで価格表示されないケースが増えていると指摘した。
ビールや大学準備コースの授業料、アパートの賃料などが米ドルで表示されているという。
韓国中央銀行の推計によると、北朝鮮の外貨流通量は2000年で10億ドル。Dong氏は、それが現在20億ドルに膨らんでいると見る。その内訳は、米ドルが約50%、人民元40%、ユーロ10%だという。
Dong氏は、ドルが市場に浸透していった理由について、商社が輸出入時に政府の割り当て分を不正に利用するなどして利益を得たためと説明する。
北朝鮮ウォンの流通量の推計は困難と言う同氏は、今や非公式な経済規模が国が主導する公式経済の規模を上回り、「外貨なしでは経済は機能を停止する」と語る。
<名ばかりの「主体思想」>
国の自主性を唱える主体(チュチェ)思想を掲げる北朝鮮政府だが、外貨の流通を阻止する手段を持ちながら、実行しようとはしなかったと語るのは、ソウルの北朝鮮大学院大学で北朝鮮経済を専門にするYang Moon-soo氏。脱北者へのインタビューから米ドルと人民元の利用状況について調査した同氏は、北朝鮮の一般市民は人民元、高官らドルを求める傾向があると言う。
北朝鮮を10年以上にわたり行き来する平壌駐在の欧州の大使館員は、最も顕著な変化は人民元利用の増加だとし、ほとんどの店舗がドル、人民元、ユーロで価格を表示していると述べる。
脱北して韓国に渡った後も北側の知人と連絡を取り合うというJi Seong-ho氏は、「市場では米や生活必需品の購入に人民元を支払っている」と話す。
韓国の脱北者支援団体「Organization for One Korea」によると、韓国で暮らす脱北者の推定70%が北朝鮮に残る家族に送金している。ロイターは昨年、こうした金は中国の地下業者を通じて北朝鮮に送られると報じた。業者の多くは韓国系中国人で、両国に広がるルートを通じて北朝鮮に毎年約1000万ドルを送り込んでいる。
北朝鮮で韓国ウォンが利用されるという例は耳にしない。4月以降閉鎖が続いている開城工業団地でも、従業員約5万3000人の賃金は、韓国の通貨ではなく米ドルで北朝鮮側の経営委員会に支払われていた。
北朝鮮政府が外貨をめぐる現実に正面から向き合おうとしているかもしれない小さな兆しはある。中国と国境を接する北東部の都市、羅先の経済特区では、国営の銀行が人民元を北朝鮮ウォンに両替している。この銀行を最近訪れた人物によると、交換レートは1人民元=1200ウォン、1ドル=7350ウォンで、1ドル=130ウォンという公定レートからはかなり現実的なレートになっている。
(ロイター日本語サービス 原文:John Ruwitch、Ju-min Park 翻訳:橋本俊樹 編集:宮井伸明)
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