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コラム

コラム:米国に必要なのは「少しの謙虚さ」

国際政治学者イアン・ブレマー

10月4日、米国は与野党が暫定予算案で合意できず、一部政府機関が閉鎖に追い込まれるという事態を世界に露呈。国内政治の機能不全は、海外での米国の信頼を損なう。写真はオバマ大統領。1日撮影(2013年 ロイター)

米国は、与野党が暫定予算案で合意できず、一部政府機関が閉鎖に追い込まれるという事態を世界に露呈した。トルコのエルドアン首相は、閉鎖により一時待機させられている米連邦職員がいることについて、「われわれの政府は職員に給与を支払わなかったことはない」と勝ち誇ったように語った。

国内政治の機能不全は、海外での米国の信頼を損なう。オバマ大統領は国内の政治的利益を最優先し、アジア歴訪を中止。インドネシアで開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議も欠席した。

政府機関の閉鎖は、金融危機を筆頭に過去10年ほど続く問題の一部だ。何十年にもわたり、米国は自由市場資本主義を信奉し、他国にも導入するよう促してきた。米国は例外的な経済的成功を手にしたことで、他国経済のあり方に口を出せると考えるようになった。

しかし、大手銀行に踊らされた甘い規制が生んだ金融危機は米国から始まり、その影響は世界へと広がっていった。失業と債務危機が相次ぎ、各国は経済運営方法の再考を余儀なくされた。自由市場経済の神話が崩れると、他の経済システムを取る国々は喜んで批判した。中国は大半の国よりもうまく金融危機のかじを取り、同国の国家資本主義は実行可能な代替モデルとみなされるようになった。

2009年当時、中国の何亜非外務次官から投げられた言葉は決して忘れないだろう。「自由市場が失敗に終わった今、経済で国家が取るべき適切な役割とはどのようなものだと考えるか」と率直に聞いてきたのだ。金融危機は、それまで認識されてきた世界的な価値観を見直し、米国流システムを見放す機会にさえなった。

これは、米国が抱える大きな問題を指摘するケーススタディと言える。大抵の場合、米国は実例よりもレトリックで世界を主導してきた。しかし、中心的な役割を果たす国が不在の「Gゼロ」世界では、力強い言葉がリーダーシップとみなされるわけではない。改革や行動を訴え、実際に政策に反映してこそ信頼できるリーダーシップと言えるのだ。

グアンタナモ収容施設閉鎖が難航している問題であろうと、シリアの化学兵器使用をめぐる「レッドライン(越えてはならない一線)」であろうと、米国の言行不一致は海外から批判を招く。機能不全の内政を擁護することすら大変なのに、自国の価値観を世界中に投影しようとするなら、どんな過ちでも、それはいっそう目立つことになる。

こうしたリーダーシップが問われる数々の問題を通じ、オバマ大統領は実践より理論に長けていることを証明した格好だ。オバマ氏のスピーチは確かに感動的だ。だが、米国が推進する価値観とその行動における矛盾は、外交交渉において同氏の影響力を弱めている。

オバマ大統領が、国連演説で国際システムにおける「リーダーシップの真空状態」を認めたことは正しかった。同様に、米国内のリーダーシップ不在についても、もっと正直になれたのではなかったか。一部政府機関が閉鎖され、最も基本的なことが機能しない中、米国政府が政治システムのあり方を描けるわけがない。

米国が例外的であるために、世界の警察である必要はない。米国に必要なのは、国家が立つ原理のアウトラインを明確に提示でき、過ちの責任を誠実に取ることができるリーダーである。最近の米国はこの水準よりはるかに劣っており、米国例外論がそのハードルを可能な限り高くしている。少しばかり謙虚になっても傷つくことはないのだ。

[4日 ロイター]

*筆者は国際政治リスク分析を専門とするコンサルティング会社、ユーラシア・グループの社長。スタンフォード大学で博士号(政治学)取得後、フーバー研究所の研究員に最年少で就任。その後、コロンビア大学、東西研究所、ローレンス・リバモア国立研究所などを経て、現在に至る。全米でベストセラーとなった「The End of the Free Market」(邦訳は『自由市場の終焉 国家資本主義とどう闘うか』など著書多数。

*筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

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